- 作者:大澤 正彦
- 発売日: 2020/02/15
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
子供のころから漠然と「ドラえもんをつくりたい」と夢見ていた著者。小学生のころからロボットをつくり始めて大学在学中から本格的に研究を行い、「みんなとドラえもんをつくる」ことを決意する。単なるロボットとしてではなく、人とのかかわりや人間がもつ感情や心に注目。「人間」を徹底的に研究し、現在は最新のAIやHAIをもとに、本気でミニドラづくりに取り組む。各分野のエキスパートや仲間の力を借りて、誰にも相手にされなかった夢を一歩ずつ現実に近づけていく。新進気鋭の研究者が語る人とロボットの未来論。
以前、「『ドラえもん』の最終回」というのがネットで拡散されていました。
これは、藤子・F・不二雄先生が描かれた「公式」ではなく、ファンのひとりが描いた(と思われる)「私家版」だったのですが、そのストーリーは、ある日、ドラえもんが機能停止してしまい、のび太がドラえもんを再び目覚めさせるために、世界的なロボット研究者になる、というものだったのです。
この本を読んでいて、僕はその「最終回」を思い出してしまいました。
私は、「目の前で困っている人を助けたい」という気持ちは強いのですが、「世の中全体をよくしたい」という欲求はほとんどありませんでした。それが、私自身のコンプレックスでもありました。
ときどき、こんなふうに言われます。
「目の前の人を助けることばかりにとらわれていると、世界を大きく変えることはできない。目の前の人にとらわれるのをやめて、もっと世界全体を見て、世界をよくすることを考えろ」と。
私は、「目の前の困っている人を放っておくくらいなら、自分が世界を変えなくてもいい」と思っていました。
もちろん、社会全体をよくするべきだという考え方は理解できます。理解できるからこそ、自分にとってのコンプレックスだったのです。
目の前の人と向き合い、目の前の人を助けることを一生懸命にやっても、社会全体をよくすることはできないのではないかと言われると、もどかしさを感じずにいられませんでした。
私は、ドラえもんがその解決策になると考えています。
ドラえもんは、のび太にとことん向き合って、のび太という一人だけを幸せにするロボットです。たった一人しか幸せにできませんが、ロボットですから、たくさんつくることができます。ドラえもんというロボットができれば、目の前に人にとことん向き合い、目の前の人を助けるということがスケールしはじめると思うのです。
これは、人を幸せにする方法にイノベーションを起こすはずです。
読んでいてあらためて考えさせられたのは、ドラえもんとはどういう存在なのか、ということなのです。
ひみつ道具をお腹の四次元ポケットからどんどん出してくれる、未来の国から来たネコ型ロボット。
でも、そういう「外観」や「機能」を説明しても、僕が知っている『ドラえもん』を、正しく表現できていないような気がします。
著者は、HAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)」というテクノロジーを、この本のなかで紹介しているのです。
人間がコンピュータに100万件のデータを教え込むようなことはとてもできません。二十四時間寝ないで、一ヵ月間、コンピュータに教えつづけても、100万件のデータを教えられるかどうかはわかりません。でも、コンピュータが自動的に学習すれば、100万件、1億件のデータを学習することができます。
しかし、人間が介入すると、投入されるデータ量はかなり減ってしまいます。人間とかかわらないほうが、大量のデータを処理できて精度が上がるのがディープラーニングの技術です。
つまり、ディープラーニングは、人とかかわらないほうが性能が上がるという性質をもっています。言い換えれば、ディープラーニングだけでは、人との接点を消す方向に進んでいくかもしれません。
私たちが考えているのは、その逆で、人と深くかかわるためのAIの技術です。それが「HAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)」と呼ばれる技術です。大きく分けると、次のような違いがあります。(1)人とかかわることが苦手なディープラーニング
(2)人とかかわることが得意なHAI人とかかわることが苦手なディープラーニングを利用しながら、人とかかわることが得意なHAIを使えば、さらなるブレイクスルーになるはずです。
HAIの一例は、「弱いロボット」です。
たとえば、ゴミをなくすために、ロボットを導入することを考えてみます。スーパーマーケットやショッピングモールで、ゴミをなくしたいというときに、自動的にゴミを拾って回収してくれるロボットがあれば便利です。
言うのは簡単ですが、つくるのはかなり大変です。ゴミであるものを正確に認識し、アームをうまくコントロールして、つかんで捨てる技術が必要になります。また、スーパーマーケットの中で人とぶつからないように、安全に配慮したロボットにしなければなりません。
仮にそういうロボットが開発できたとします。ここで、もう一つ問題が出てきます。
完璧なゴミ拾いロボットをつくってスーパーマーケットの中で動かすと、お客さんに邪魔者扱いされる可能性が高いのです。子供の場合は、ロボットをいじめて動けなくするなど、いたずらをすることもあります。
あまり知られていませんが、カメラの視界を遮ったり、前に立ちはだかって進めなくしたり、直接叩いたりするなど、「ロボットいじめ」の問題は研究者にとってかなり深刻で、それ自体が一つの研究テーマになっているほどです。
すばらしいロボットをつくったのに、人から邪魔者扱いされて、いじめられて、うまく使えない。そんなオチが待っています。
HAIのソリューションは、ゴミを拾い機能がないゴミ箱型のロボットです。これは豊橋技術学大学の岡田美智男先生の研究ですが、ゴミ箱型のロボットがゴミを認識して、ゴミのほうに歩み寄っていくのだけれども、ゴミを拾えずにモゾモゾする。
そうすると、モゾモゾしている姿を見た人が「かわいそう」と思い、「助けてあげたい」という気持ちになって、ゴミを拾って捨ててくれるのです。ゴミに近寄って人を気にせずにモゾモゾするだけですから、開発する際の技術的な難易度は下がります。
実験をしてみると、実際にみんながゴミを拾ってロボットのゴミ箱に入れてくれるそうです。ゴミを拾う機能を持っていないのに、ロボットと人が協力することによって、スーパーマーケットのゴミがなくなっていくというわけです。
ロボットがあまりにも優秀だといじめられるのに対して、ちょっとバカなところがあると、みんなが助けてくれる。ロボットを賢くつくることだけが、必ずしも問題解決につながるわけではないのです。
この話、すごく面白いし、人間ってややこしいなあ、と考えさせられます。
「ロボットいじめ」をするのが人間なら、ゴミを拾えずにもどかしそうにしているのを見ると、拾ってあげたくなるのも人間なのです。
技術的に、ゴミを見つけて自分で拾うロボットよりも、ゴミを見つけると、その場でモゾモゾするロボットのほうが、ずっと簡単だそうなので(ものを適切な力で掴む、というのはけっこう難しいことなのです)、うまく人間の協力を引き出すようなロボットを設計することができれば、人もロボットも幸せになれる。
著者は、小学館の『ドラえもん』24巻収録の「ションボリ、ドラえもん」というエピソードを紹介しています。
のび太の子孫であるセワシくんが、のび太とドラえもんが喧嘩ばかりしているのを見かねて、ドラえもんとドラミちゃんを交代させようとするのです。ドラミちゃんは優秀なので、のび太をうまくサポートしてくれ、何をやってもうまくいくようになります。それを見たセワシくんは、そのままドラミちゃんをドラえもんと交代させようとするのです。
ところが、のび太は「いやだ!! (ドラえもんを)ぜったいに帰さない!!」と、その提案を拒否するのです。
僕もこのエピソードは記憶に残っていて、「そうだ、そうだよな、のび太!」と心の中で頷いていたのです。
「のび太の人生がうまくいくようにする」という目的のためには、ドラミちゃんにサポートしてもらえったほうが良いはずなんですよ。
でも、のび太にとって必要なのは、完璧には程遠い、ドラえもんだった。
著者によると、日本は、AI開発ではアメリカや中国に遅れをとっているものの、HAIの分野では日本が世界のトップなのだそうです。
HAIの研究領域は日本から始まり、日本が世界に広げています。諸外国が日本を追いかけていますが、やはり日本が強いです。この分野は、日本的な発想がとくに生きる研究領域だからです。
たとえば、日本語に「人目を気にする」という言い方がありますが、欧米の留学生に聞くと、「人目」という言葉は英語にないそうです。
ですが、これはHAIにおいて、とても重要な概念といえます。外国の人たちからしたら、母国語にないような概念を研究することになりますから、日本人が得意であるということもうなずけます。
他人に見られていると思い、他人とのかかわりのなかで自分の言動を律していく意識が強いのが、「人目を気にする」ということです。これはまさに、人とのかかわりを強く意識しているHAIの領域といえます。
「自分は自分」「他人は他人」という考え方が強い国では、独立性の強いAIが開発されやすいですが、日本のように「他人とのかかわり」をいつも意識している国では、人とかかわりをもつことを前提にしたHAIの技術が発展しやすいはずです。
ディープラーニングのような、人がかかわるHAIのパラダイムに入れば、状況は変わります。いま、お話したように、欧米には「人目」という概念や言語が存在しないのですから、HAI分野を研究するのは容易ではありません。HAI分野では日本が強みをもっているのです。
『ドラえもん』が誕生した国からHAIが生まれ、そこから、「本物のドラえもん」が、いつか、僕たちのところにやってくるかもしれない。
僕も、長生きして、いつかそれを見てみたいものです。
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