琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】パルプ・ノンフィクション: 出版社つぶれるかもしれない日記 ☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
すべての働くひとに捧げる、ほがらかでクレイジーな、ほとばしるエネルギー!!「原点回帰」を標榜する野生派出版社・ミシマ社は、ある日危機に立たされていた―。やれるだけやっても、売れない。好きだけじゃ、仕事にならない。組織が大きくなるにつれ生まれる歪み。気が付けば鈍くなる感覚。“イノベーション”を追い求めた先の息苦しさ…。どこにでもある「組織の落とし穴」と、「斜陽業界」に押し寄せる荒波に追い詰められた男は、それでもこれからの面白い働き方を信じ奔走する!創造と経営の奇書!


 書店で見かけて購入。
 このタイトルと著者が「ミシマ社」の三島邦弘さんということで、パラパラとめくり、「ああ、ミシマ社のこれまでの歴史について、三島さんが書いた本なんだな」と勝手に解釈してしまったんですよ。

 家で読み始めて、「あれ?」と。
 このタイトルが、『パルプ・フィクション』のパロディであるということはわかるのですが、なんというか、「うまいタイトルを思いついたぞ!」と書き始めたものの、なかなかうまく進まず、さりとて、三島さんとしては、普通の社史みたいなものは書きたくない、ということであれこれ脱線してみたものの、とっちらかってしまって何が言いたいんだか伝わってこない本になってしまった、という印象です。

 僕も含めて、「ミシマ社」に興味がある人しか手に取らない本ではあると思うのだけれども、オビに書いてある「マグマだ!」というような熱量よりも、「せっかくここまで書いたんだから、なんとか一冊の本にして出してやろう」みたい感じしかしなかったんですよ。

 ものすごくつまんないかというと、断片的には、けっこう心惹かれるところもあるし、本には絶対にテーマが必要だ、なんて主張するつもりもないけれど、「創造と経営の奇書」なんてオビに書いてあると、「支離滅裂=奇書」って言うのは、もうやめませんか?と言いたくなるのです。

 この文章も、紙の本となって、そこで読んでもらう前提で書いている。むろん、2016年の現時点において、電子書籍はすでに広まっている。おいおい、じゃあおまえはなぜに、本といえば紙の本しかないような語り口をとるのか。電子書籍で読んではいけないのか。電子書籍で読む本を、本を読んだ、というふうに言いたくないのか。率直に言おう。
 言いたくない。
 断じて、言いたくない。
 動物としての私の反応はまったくそのとおりである。事実、自社ではまだ一冊も電子書籍化していない。もっとも、理性を持ち合わせた人間としての私が、まあそう言いなさんな、共存共存、と諌言する。ああ、そうだった、自分の感覚を世間の常識ととらえるなかれ、だ。しかし……。
 自分の感覚に素直にしたがえば、紙の本は電子書籍と同列に並べるなんて不可能でしかない。まったく別物。その理由はいくらでも挙げられる。けど、ひとつだけ理由を述べよ、と言われたら、こう言うしかない。
 紙の本を前にすると、身体が喜ぶ!


 物質としての紙の本への愛着は、僕も理解できます。僕も大事な本は、紙で持っていたい。でも、スペースの問題とか、携帯性を考えると、電子書籍は便利だし、紙の本だから感動したけれど、電子書籍だったらつまらない、ということも、僕に関しては無かったような気がします。
 装丁のすばらしさに感動したり、だんだんと少なくなってくる残りページに寂しさを感じたりするのは、紙の本ならでは、なのかもしれませんが。
 
 いろんな電子データが、それを再生するデバイスの栄枯盛衰によっていつのまにか失われているのを僕は体験しているので、ずっと残るのは、紙の本なのかな、とも思うんですよ。紙の本は捨てないかぎりなくならないけれど、データは、いつのまにか使えなくなったり、無くなったりしてしまう。それこそ、マメにバックアップをとったり、大事なものはちゃんと整理しておけば良いのでしょうけど。

 ちなみに、この本の後半では、ミシマ社でも、WEBサイトを収益化する試みに取り組むようになったそうです。
 面白い本を出してくれる出版社が生き残るために、紙の本にこだわり続けるよりも、ちゃんと稼げる会社であってほしい。


 著者がミシマ社を立ち上げることを決めたのは2006年なのですが、出版業界も、この14年間で、大きな変化がみられています。
 そして、会社を続ける、というのは、理想だけでは立ち行かないことも多いみたいです。
 とはいえ、その理想を捨ててしまっては、あえて「自分の出版社」をつくった意味がなくなってしまう。
 まあでも、世の中って、理想をもって起業したり転職したりしたはずが、生活のために、「稼ぐための仕事」にどんどんシフトせざるをえなくなり、何のために自分は前の会社をやめたんだろう?と思うようなことって、少なくないですよね。

 創業期に掲げた、絶版をつくらないという方針。その思いは、読者が「読みたい」と思ったときに、「どうぞ」といつでも本を届けたいから。出版社側の都合で、欲しい本が手に入らないという状況をあまりにしばしばつくってきた。読者に「なーんだ」と思わせ、「残念……」という気にさせた。読みたいときに読めない。そのことが、本離れの一因となったのでは? こういう思いもあり、在庫が切れたら増刷をして、絶版にしないようしてきた。だが、創業から十年を超え、そろそろ痩せ我慢の域を越えつつある。
 在庫が切れたので、1500部増刷したものの、そのまま1500部が残る。そんな本は一冊や二冊ではない。
 こうした例が、仮に年に一冊ずつ生まれ、十年たまるとどうなるか。動かぬ在庫が、15000部、常時倉庫にあることになる。
 創業十年を超えた今では、初期のころに出た本の在庫が減ってきてはいるが、増刷するにはリスクが高い。年間、十数冊くらいの実売なのに、在庫が減ったという理由だけで1500部増刷したら、結局、十年後の在庫は1000部は残るだろう。それでもする(刷る、「絶版にしない」をする)か?という問題だ。
 ちなみに、増刷単位が1500部なのは、それくらいでないと、原価率が合わないからだ。仮に、本体価格1500円の本のばあい、100部をオフセットで刷ると、タイヘンなことになる。原価率90%とかになりかねない。うちのように書店と直取引している出版社は、残り10%から販促代、広告費、人件費だけでなく、商品の発送料までまかなわなければいけない。刷れば刷るほど大赤字……。
 だから、オンデマンド印刷で、100部ほどの単位で増刷できたらたいへんありがたい。出版社にとって長年の念願成就ということになる。それが実現しなかったのは、印刷のレベルがオフセット印刷と比べ、はるかに劣るものだったからだ。ところが、この数年、ずいぶんと改良され、一部ではオフセットと遜色のない印刷ができるようになった。ある文庫出版社では、すでにずいぶん使っているらしい。オンデマンド印刷の進展たるや目をみはるものがある。
 ただし、使える紙の種類はかぎられている。紙でその本の個性を出すのがむずかしい。


 電子書籍なら……と言いたいところですが、電子書籍のなかには、紙のページをスキャナで取り込んだだけで、地獄のような読み辛さのものもあるんですよね。最近は、あまりにもひどい電子書籍はだいぶ少なくなった気がしますけど。
 本を大事にし、紙の質や装丁などの個性を活かそうとすればするほど、「小回り」がきかなくなるのは間違いありません。

 ミシマ社は、本好きには名前を知られていてファンも多いですし、ベストセラーも少なからず出しているので、経営も順調なのだろうな、と思いきや、この本のなかには、一時的にお金が足りなくなって危機を迎えたときのことも出てきます。
 「以前に比べて、予想していたほど売れなくなってきている」とも著者は述べています。出している本のおもしろさは替わらないはずなんだけど、と。

 この五年間、ひたすらもがいた。何に、かといえば、本書執筆に、である。もがきつづけの五年間だった。
 そのもがきを振りはらうかのように、日々の仕事では、「実験の時代」と位置づけ、さまざまなとりくみをおこなった。
 一冊読み切る感覚をもう一度、と謳い100ページ前後の本をつくる。書店のマージンを増やそう。買切りで卸そう。最初から最後まで読み切りたくなる雑誌をつくろう。少部数レーベルをたちあげよう……。もう少しさかのぼれば、東京一極集中に風穴をあけようと京都府城陽市にも拠点(数年後、京都市内へ移転)。サポーター制度の開始。紙でしかできない本づくりとその展開を仕掛け屋とともに摸索。ものの売り買いの原点は手売り、それならばと、大型書店のなかの一角で自ら「手売り」したり。そもそも、以前より出版社でありながら、本屋を細々営んだりもしている。


 この本も、そういう「もがきつづけていること」のひとつなのでしょう。 
 支離滅裂さこそが、「リアルな、もがいている姿」であるとも言えそうです。
 正直、ミシマ社や三島邦宏さんに興味がない人にはお薦めしかねるというか、ミシマ社の本をけっこう買って読んでいる僕でさえ、「うーん、これは……あまりに痛々しい……」と思うのです。
 でも、こうして感想を書いていると、その痛切さが、癖にならなくもない、ような気もします。

(最後にもう一度付記しておきますが、「ミシマ社のことを三島さん自身がきちんと振り返る」みたいな内容を期待していると「何これ」と言いたくなりますので御注意ください)


うしろめたさの人類学

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