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【読書感想】香港デモ戦記 ☆☆☆☆

香港デモ戦記 (集英社新書)

香港デモ戦記 (集英社新書)


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香港デモ戦記 (集英社新書)

香港デモ戦記 (集英社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
逃亡犯条例反対に端を発した香港デモは過激さを極め、選挙での民主派勝利、コロナウイルス騒動を経てなお、混迷の度合いを深めている。お気に入りのアイドルソングで気持ちを高める「勇武派」のオタク青年、ノースリーブの腕にサランラップを巻いて催涙ガスから「お肌を守る」少女たち…。リーダーは存在せずネットで繋がり、誰かのアイデアフラッシュモブ的に実行する香港デモ。ブルース・リーの言葉「水になれ」を合い言葉に形を変え続ける、二一世紀最大の市民運動の現場を活写する。


 香港の立法会(日本の国会にあたる)に、2019年7月1日に学生を中心とするデモ隊が突入し、立法会の内部を徹底的に破壊し、逃亡犯条例の改正(香港が犯罪人引き渡し協定を締結していない国・地域の要請に基づいて、容疑者引き渡しを可能とするもの)の審議入りを阻止しました。
 香港での「反中国・反共産党」の政治犯が中国に移送され、裁かれ、香港の自由が奪われるのではないか、という懸念が、香港の人々、とくに若者たちを動かしたのです。

 香港では、2014年に、「普通選挙(香港の選挙は、あらかじめ中国政府が指名した親中派の数人しか立候補できなかった)」の実現を訴えた「雨傘運動」が起こり、世界中に大きな反響をもたらしたのですが、「実際には何も得られなかった」と多くの香港の人々は落胆していました。

 僕は香港でのデモのことを知って、香港の若者たちの政治的な意識の高さに驚いたのですが、この本を読むと、彼らの行動の背景にあるのは、「政治的な自由・自治を求める気持ち」だけではないということもわかってきました。

 一時の日本でも爆買いが揶揄されたのと同様に、香港人でも中国人の彼らに否定的なイメージを持つ者もいる。街中にて北京語で大声で話し、道端に痰を吐き、立ち小便すら珍しくない、と香港でもそんなマイナスイメージが存在した。
 さらに、「水客」と呼ばれる、大陸側から香港に入境し、行き来を繰り返しながら粉ミルク、紙おむつなどの日用品を買い漁り、大陸側で転売して稼ぐ中国人による商売も横行している。特大のキャリーバッグを二つ三つ抱えて、深センとの境界近くの上水(ションスイ)などのドラッグストアを回り、高値で売れる商品を買い漁るのだ。日本製の紙おむつや粉ミルクなどは、そのために品薄となり、彼らが香港の物価をあげてしまったとまで言われている。ここ最近、こうした中国人観光客、水客への抗議デモも上水などで発生しているという。貴金属店とドラッグストア。気づくと、香港の繁華街は、中国人向けのこの二つの店ばかりになっていたのだ。
「今の香港は大陸からの観光客が落とす金に依存してしまっています。そして、大陸人たちの投資によって、香港の地価は今や世界トップクラスです。香港の若者は実家を早めに出て20代のうちに家かマンションを買うのが典型的な人生設計でした。でも、今では給料生活者では家は一生かかっても買えません。実家暮らしの若者ばかりです」
 彼自身も実家暮らしだという。香港での地価の高騰は深刻な問題となっている。旺角(モンコック)でもメインストリートから一本入った道には、空き物件がかなりある。これは、日本の千穂のシャッター通りの商店街などとは理由が違う。地価があがり過ぎて、入居していた店舗が家賃を払えなくなって出て行くのだが、次の店舗もまた、高過ぎる家賃のためになかなか決まらないのだという。書店、おもちゃ屋、CDショップなど、香港人が小さいときから馴れ親しんでいた個人商店はことごとく通りから姿を消した。


 ここに出てくる「彼」は、旺角のバリケード内で占拠に参加していたボランティアの社会人男性です。
 彼は、「香港人が香港を取り戻す。そんな戦いなんです」とも言っています。
 香港の若者たちは、中国の中央政府の支配強化に対して反発しているのと同時に、その経済的な影響力のおかげで、自分たちの生活が変わってしまったことに危機感を抱いているのです。
 これまで中国の「一国二制度」のなかで、豊かで希望があったはずの香港が、中国の富裕層の爆買いや不動産投資の対象となり、親たちの時代には「ふつうに働けば持てたマイホーム」にも手が届かなくなってしまった。
 「格差の拡大と希望の消失」が、香港の若者たちをデモに駆り立てている、とも言えそうです。

 
 この本を読むと、逃亡犯条例の改正に反対している香港人たちも一枚岩ではないことがわかります。
 香港では、毎年7月1日(1997年に香港が中国に返還された日付)に返還の記念式典と同時に、民主派の大規模なデモも行われているそうです。

 この7・1デモは、香港の民主派活動家たちの見本市の様相を呈している。主催自体は「民間人権陣線」(略称・民陣)という民主派の団体であるが、この団体は政党ではなく、デモの呼びかけを各民主派団体に行うのみである。ひとまとめに民主派と言うが、統一された団体がある訳でもなく、その主張はまた様々で、いろんな立場の団体が参加している。旧来からの民主派(汎民主派とも呼ばれる。「公民党」「民主党」など)に、香港の未来は香港人が決定すべきという自決派(民主自決派ともいう。「香港衆志」など)、近年台頭してきた本土派(本土民主前線)「青年新政」「熱血公民」など)、ユニオンジャックをはためかせる帰英派(英連邦への復帰を主張する「香港帰英運動」など)、数年前からマスク姿でゲリラ的に参加している独立を主張する独立派(港独派ともいう。「香港民族党」など)までいる。

 ここで語られている本土派とは、その主張も幅広いのだが、ごく簡単に説明すると「香港人の本土は、中国大陸ではなく、ここ香港である」「香港人中華民族ではなく、香港民族である」「香港の民主化と中国大陸の民主化は無関係」「民主化実現のためには、香港は独立も辞さない」などの主張を持つ、多分に民族主義的な傾向がある「民主派」である。雨傘運動の数年前あたりから目立っていた水客への抗議デモ(といっても、その実態は排外主義的でヘイトスピーチに近い)などを行うことすらあった。
 この本土派支持者は、香港中文大学の調査によると、2016年で8.4%に上っている。ちなみに、穏健な民主派は31.9%である。本土派は10代から20代の若者に支持者が多い。雨傘運動のときは、学連などのリーダーたちは、いわゆる穏健な民主派と考えられており、本土派はそれに反発するように旺角(モンコック)などで活動していた。雨傘運動の末期、突発的に立法会突入を企てたのも、本土派の若者たちだったと言われている。この雨傘運動時の立法会突入作戦は、まったく市民の支持を得られずに終わった、だが、2019年は、おおかたの市民が立法会突入を支持しているのである。香港の新聞「明報」の世論調査では、立法会突入後でも、67.7%が「警察の暴力は過剰」と回答し、「デモ隊側の暴力は過剰」は39.5%でしかない。香港の新聞は親中派、民主派とそれぞれ党派性が強いものが多い。その中で、中立紙と言われている「明報」の世論調査によって、市民が心情的にデモ隊を支持していることを証明したのだ。


 「雨傘運動」では何も変わらなかった、という苛立ちと将来への不安もあるのか、若者のほうが、過激な実力行使を容認する「本土派」に共感する割合が高くなっているのです。
 香港が中国に返還されてから、もう20年以上経っているわけですから、返還以前の時代を知らない人たちも、どんどん増えているわけですし。

 今回の香港のデモでは、これまでのような「明確な指導者」がおらず、SNSなどで小さなグループが集まるようになってきているとか、画像認証で同定されることをおそれて、参加者の写真は断固拒否されるようになった、ということも紹介されています。

 著者は、このデモに参加している勇気ある学生たちの姿を活写するのと同時に、彼らのこんな態度も紹介しています。

 警察が市民から罵倒されるとき、どこかで聞いたメロディーが聞こえてきた。誰もが知るイギリスの童謡「ロンドンブリッジ」だった。その曲にのせて何度も歌われるのは、「毅進仔」(アイチョンガイ)という言葉だ。これは香港中学文憑考試で落第点を取って、進学を諦め、職業訓練組になった出来の悪い生徒のことを指すスラングである。つまり、その替え歌は、日本語だとこういう意味だという。
「落第組、落第組」「よい子は黒警にはならないよ」
 これを香港のエリートである大学生のデモ隊から言われるのだ。進学したくとも諦めて就職した者もいる警官たちの学歴コンプレックスをきつくえぐってくるのである。
 また、これは、親類に警察官がいるという香港人の話だ。
「夏頃から警察は、香港の悪の代名詞になっている。通常の職務中にも時として罵声を浴びせられる。ネットには市民からの悪口ばかりです。職場で同僚と過ごすときはまだいいのですが、問題は家に帰ってからです。マスコミが撮影する動画には、はっきりと警察の暴力行為が映っており、それを見た家族の目すら冷たい。そのため、家庭不和になって離婚となった警官も多いといいます」


 こうして、エリート学生たちが警官をバカにしている、というのを読むと、もうオッサンになってしまった僕は、香港の警官たちに同情せずにはいられないのです。学生たちにとっては、これは「戦争」みたいなものでしょうから、相手が嫌がる悪口を言うのは致し方ないのかもしれませんが……
 そもそも、本当の敵は、末端の警官なのだろうか……
 こういうのは、日本の学生運動でも行われてきたことなんですよね。
 正直、僕は「意識の高い若者たち」に、反感を覚えるところもあるのです。 
 それでも、香港の若者たちにとって「中国共産党の支配が進み、自由が失われ、経済的にも追いつめられる」という危機感は、僕が想像しているよりも、ずっと大きいのだろうな、ということは伝わってきました。


池上彰の世界の見方 中国・香港・台湾

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