琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか~トッププロゲーマーの「賢くなる力」~ ☆☆☆


Kindle版もあります。

「たかがゲーム」って思っていませんか?
実は、プロゲーマーには有名大卒の高学歴が多い。

麻布高校から東大へ進学、そしてプロゲーマーとなり『ストリートファイターV』で世界チャンピオンに輝いた、ときど選手。2018年に『シャドウバース』の世界大会で優勝し賞金1億円を獲得した、現役明治大生のふぇぐ選手……彼らに代表されるように、「ゲームが強い人」は、「勉強もできる人」なのだ。

「ゲームを頑張る力と、勉強を頑張る力には相関があるに違いない」――自身もプロゲーマーである著者は、さまざまなゲームのトッププレイヤーにインタビュー。世界を代表するトッププロゲーマーの頭の中を明らかにした。

同時に、近年では「ゲーム依存症」が社会問題となっている。どうすれば避けられるのか。また「ゲームのやりすぎで目が悪くなる」は本当か――医師にも取材、不安を全てぶつけた。


 もう30年くらい前の話なのですが、僕が通っていた高校の寮で、ゲームボーイの『テトリス』が流行っていたのです(本当は持ち込み禁止だったのですが、さすがにもう時効ということで)。みんながプレイしているのをみて僕が感じたのは、数学をはじめとする、理系の科目を得意とする人には、『テトリス』がものすごく上手い人が多い、ということでした。どういう思考回路で、あんなに速くブロックを「置くべき場所」を判断して操作しているんだろう?と、ゲームが大好きだったけれど、そんなに上手くはない僕は、なんだか異次元の世界を見せつけられているような気分になったものです。
 
 学問の世界に限らず、スポーツでも、テレビゲーム(eスポーツ)でも、「地頭の良さ」とか「学習能力の高さ」って、上手くなるには大事なんですよね。テレビゲームは「娯楽」ではあるけれど、極めるには「試行錯誤」が必要とされるので、反射神経だけである程度のところまでは上達しても、それだけでは頂点には立てないのです。

 僕は梅原大吾さんや、この本でもインタビューされている「ときど」さんの著書も読んでいるので、彼らの頭の良さや上達するための自分なりの仕組みをつくっていく能力も(理屈としては)理解しているつもりです。
 僕にそれができるか、と言われると、対戦格闘ゲームやレースゲームで小学生の息子に負けて、内心イライラしながら、「ま、今日は調子が悪かったかな」なんて言い訳をしてしまっているのが現実なのですけど。

 私の身近な例を挙げると、本書に後ほど東登場する日本初のプロスマブラプレイヤー「aMSa(あむさ)」は東北大学の宇宙地球物理学科卒業だし、日本を代表するプロスマブラプレイヤー「Abadango(あばだんご)」は東京農工大学大学院でプログラミングを学び、修士号を得ている。ほかにも、元GameWith(ゲームウィズ)所属のトッププレイヤー「Shogun(しょーぐん)」は京都大学卒業であるなど、スマブラ界だけで見てもトッププレイヤーで高学歴の人は多いし、大卒というくくりで見ると、その割合はかなり高くなる。
 スマブラ以外の例を挙げると、本書で話を聞いた「ときど」は東大卒プロゲーマーとしてさまざまな大会で実績をあげる傍ら、著書を複数出版しており、ゲーマー以外の層からも人気と支持を得ている。ニンテンドースイッチソフト『ARMS』の世界大会で優勝した「KHU(こへう)」も東大卒だが、彼はそれに加えて法科大学院を修了後、司法試験に合格した──など、さまざまなジャンルで最上位かつ高学歴というプレイヤーが存在する。


 中学校のときにファミコンが発売されてから37年。「ゲームで遊んでばかりいないで、勉強しなさい」という親や世間の声にさらされて生きてきて、僕も自分の子どもにも同じことをつい口にしてしまうのです。
 でも、こうして高学歴プロゲーマーが大勢いることを考えると、勉強とゲームというのは、時間を取り合う関係であるとしても、「両立」することは十分可能なように感じます。
 僕が知っている他のジャンルでいえば、将棋に近いイメージです。
 プロ棋士として活躍しながら、京大や阪大で学んでいる(いた)人たちもいれば、中学を卒業後は、高校に進学せずに将棋を究めようとしている人たちもいる。
 オンライン化によってプレイヤーとファンの裾野は広がっているけれど、プロになれるのはごく一握りです。
 そして、テレビゲームの場合には、ずっと同じルールの将棋とは違って、種目となるゲームそのものが何年かおきに新しいものに替わっていくという点で、ずっと続けていくのはかなり難しい仕事なのではないか、とも思うのです。
 
 実際、東大を卒業したのであれば、プロゲーマーになるよりは、一般企業に就職したほうが(あるいは、起業すれば)、生涯収入は高くなる可能性が高いと思うんですよ。
 プロゲーマーとして稼げるのは、大会で好成績を収め、スポンサーがつく、ごくひとにぎりのトップだけです。
 それでも、多くの高学歴の若者たちが「やっぱりテレビゲームを仕事にしたい」とプロゲーマーの道に進んでくるのです。すごい覚悟だなあ、と思うし、それこそ「よっぽどゲームが好きじゃないと、続けていけない世界」なのです。


 東大卒で、高学歴プロゲーマーの代表格ともいえる「ときど」さんは、著者によるインタビューのなかで、こんな話をされています。

 進学校ゆえ、多くの友人が自分を置いて現役で東大へと進んでいった。強烈な挫折感を抱きながら始まった浪人生活だったが、そこで彼は「強靭なメンタル」の礎を築いた。
「格ゲー(格闘ゲーム)の大会に比べれば、受験なんてたいしたことないんじゃないか」と考えるようにしていきました。受験には模擬試験があって、合格ラインに達しているかどうかを教えてくれたり、克服すべき分野をアドバイスしてくれたりする。だけど、格ゲーはそんなことは誰もしてくれないんです。それに、当時の格ゲーは『1先(1試合先取制)』が多かった。それに比べれば、本番さながらの練習が何度もできる受験はずいぶん楽に思えました。
 共通項もあります。僕には東大しか見えていなかったから、受験勉強は東大対策に絞る。格ゲーだって、倒したい相手がいたら、その相手の対策だけをやって、ほかの無駄は徹底的に省く。そして徹底的な反復練習。世界一になれた『ゲームで培った考え方』に自信があったから、その考え方を受験に応用して、勉強を頑張れました。きっと僕は『ゲームをしていたから東大に受かった』のだと思います。朝10時から19時まできっちり勉強して、それから23時まできっちりゲーセンでゲームもやる。さすがにそれ以上は残りません。帰ると決めた時間には必ず帰ってました」


 「効率的にやる、コツをつかむ」能力と、「ゲームをやる時間と勉強をやる時間をきちんと切り替える」という自制心が、「ときど」さんを支えてきたのです。まあでも、こういう人は、どの世界に進んでも、成功したのではないか、という気もします。


 『Fortnite』を中心に活動しているプロゲーマー、ネフライトさんは、こんな話をされています。

「普段の練習でも、いろいろな人とプレイするようにしています。Fortniteは人口が多いうえに年齢層も幅広くて、若い人だと小学生のプレイヤーもいたりします。そういう人たちとオンラインで繋がって会話をするので、年齢の垣根みたいなものは基本的にありません。オフラインで会って話をする時も自分が年長者だからとかは関係なく、フラットに交流していますね。今、デュオ(2人1組のチームによる対戦ルール)の大会で組んでいるパートナーは15歳の中学生です。僕が25歳なので、10歳差になりますね。ただ別に年齢は関係なくて、その人の実力が高くて、パートナーとして一番良いと思ったから組みました」
 実力や考え方が自分とマッチしているかが大事であり、それ以外のことはやはり”こだわらない”」のだ。
「自分が中学生の時からオンラインのゲームに触れて育ってきて、そのなかで多くの人と交流してきたから、上下関係の概念がなくなっているのかもしれない。インターネットにはいろいろな人がいるんで、たまに煽られますが別になんとも思わないかな。まあ、そういう人もいるよねって思う程度です。このあたりの考え方はゲームをやってこないと身についてこなかったと思うので、続けていてよかったなと思います。
 ゲームを通じて得られた、上下関係にこだわらない”ネフライト流コミュニケーション術”。練習においても余計なことに”こだわらない”のだという。
「普段の練習での負けとか、目先のことはあまり気にしないですね。あまりにも負けすぎると気になっちゃうというか、原因が何なのかと考えてやり方を変えたりしますが、どんなトッププレイヤーでも勝率100%なんてことはありえないので、練習で負けたとしても、負けた事実自体は気にならないです。大事なのはそこから敗因を分析して、次に繋げること、大会で緊張せずに自分が持てる最大のパフォーマンスを発揮するために練習をしているので、練習で負けを怖がってもしょうがないと思います。本質的に『強い』っていうのは、『結果を残す』っていうことじゃないですか」
 あくまでも大事なのは成長することであり、勝ち負けを気にしすぎてもしょうがないという割り切った考えは、彼以外にもトッププレイヤーたちが持つ考え方のように感じる。


 僕がインターネットにはじめて触れたのは20代後半だったのですが、創成期のインターネットでは、「相手の年齢や国籍にこだわらずに、『正しいことは正しい』という原則で議論ができるようになるのではないか」と期待していたのです。
 ところが、現実はそんな簡単なものではなくて(そもそも、外国の人とは言葉の問題もありますし)、インターネットは言葉だけの世界で誤解や諍いを生みやすく、議論には向かない、と今は考えています。
 でも、物心ついたときからネットに触れ、オンラインでゲームをやってきた世代のネフライトさんは、僕が捨てきれなかった「相手の肩書きにこだわらないコミュニケーション」を成立させている。
 ネットが人生の途中で登場してきた世代と、存在するのが当たり前の世代とでは、意識が大きく違っていて、若い世代のなかには、無意識に「創成期のネットの理想」を身につけている人がいるのかもしれませんね。
 個人の考え方は変わらなくても、世代交代によって、人間は進歩していくのだろうか。

 結局のところ、「トッププロゲーマーは勉強ができる」というよりは、「物事を成し遂げる能力には共通点があって、成功するコツを知っている人は何をやっても成功する」ということなのかな、とも思いながら読みました。


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