琥珀色の戯言

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【読書感想】さらば愛しき競馬 ☆☆☆☆

さらば愛しき競馬 (小学館新書)

さらば愛しき競馬 (小学館新書)


Kindle版もあります。

さらば愛しき競馬(小学館新書)

さらば愛しき競馬(小学館新書)

内容(「BOOK」データベースより)
開業3年目に菊花賞を勝って以来、日本ダービージャパンカップからドバイワールドカップまで内外の大レースを次々に制覇してきた名門厩舎の解散発表には、誰もが驚いた。本書では稀代の名伯楽が、数々の名馬と厩舎人を育て、多くの名騎手を見つめてきた経験を余すことなく伝える。

 そうか、日本ダービーを二回も勝った(ウォッカ、ロジャーバローズ)、名門・角居厩舎は、2021年2月で解散してしまうんだったな……角居調教師が、競馬界から離れて、「家業」の天理教の仕事に就く、という話を聞いたときには驚きました。
 信仰のためとはいえ、これだけ競馬の世界で成功している人だし、1964年生まれですから、定年まではまだだいぶ時間もあります。競馬ファンとしては、もったいないなあ……とは思うのです。
 扱いが難しそうなサートゥルナーリアとか、転厩しても大丈夫なのだろうか。
 ただ、この本のなかで、角居先生は「競馬界でやり残したことはない」と、清々しい気持ちで語っておられます。桜花賞に縁がなかったことを残念がってはいるけれど、レースに馬を合わせるのではなくて、馬の仕上がり具合をみながらレースを使っていく、というのが信条でもありましたし。
 個人的には、角居厩舎の馬って、大レースに強いので馬券を買わざるをえないのだけれど、サートゥルナーリアを買ったら、同じ角居厩舎所属のロジャーバローズやキセキのほうが好走して馬券は外れる、なんていうことが多かったのです。良血馬が多く、人気にもなりやすい厩舎でした。

 この本、角居先生が、競馬界を去るにあたって(引退馬のサポートの仕事などは、今後も続けていくそうですが)、自分のこれまでのやり方や競馬界について、けっこうざっくばらんに語られているのです。もう中央競馬から離れるのであれば、もっとぶっちゃけてほしい気もしますけど。

 角居厩舎は2001年に開業しているのですが、それまでの自分自身のさまざまな失敗(ちょっとうまくいったら天狗になってしまったことや人付き合いが苦手なところなど)を踏まえて、厩舎を運営していったそうです。

 馬は強くなればなるほど、気性も強くなります。そうなると、そのスタッフでは手に負えなくなることがある。しかし馬は言葉を持たないので、「この人ではダメだ」と言うことはない。だから調教師としては、このスタッフではダメだという馬の様子を見極め、スタッフのプライドを折らないように「乗り下ろす」、つまり担当を変えなければならない。有無を言わさず下ろすこともあれば、本人が納得するまで話し合うこともあります。そのためには、普段からスタッフ一人一人の行動や考え方を把握していなければならない。
 どんなかたちで言われたにせよ、それまで担当していた馬と引き離されるのは本人にとってはショックで、その結果不貞腐れたり、ひねくれたりするものです。そうすると当然仕事能力が落ちます。かつての私がそうでしたから、よく分かる(笑)。
 だからといって、そのスタッフを不貞腐れたままにしておいてはいけない。辞めさせて新しいスタッフを入れることなどできないのです。10人で10やっていた仕事を、9人で回さなければならなくなると、効率が落ち、細かい見落としも出るなど、いずれどこかで無理が生じます。だから、このスタッフにも意欲をもって別の仕事に取り組んでもらわないといけない。仕事をいい加減に終わらせて、琵琶湖でウインドサーフィンばかりやられてはたまらない(笑)。
 学習意欲を維持させつつ、やるべき仕事を与えて、その過程もしっかり見守りました。オープン馬は無理かもしれないけれど、入厩したばかりで怖がりの馬をトレセンの環境に慣れさせるのには適任かもしれない。あるいは、テンションの上がりがちな馬を落ち着かせるのが上手かもしれない。何より、皆もともと馬が好きで、大変な仕事だと知りつつ、この世界に入ってきた若者たちです。
 そういうふうに、人と馬との関係性を見極めることができたのだと思います。


 中央競馬の場合には、馬の世話をする厩務員になるのも競馬学校の厩務員過程を卒業していなければならず、欠員が出たら新しい人を簡単に入れる、というわけにはいきません。
 そういう事情もあって、スタッフを切り捨てるのではなく、適材適所にどうやってあてはめていくのかが大事なのです。
 その一方で、合わないと判断した馬の担当からは容赦なく外す、という冷徹さも必要なのだと角居先生は仰っているのです。
 競馬の世界に限らず、リーダーとか、人を雇用する立場にある人にとっては、身に染みる話ですよね、これ。
 

 また、騎手については、こんな話をされています。

 レースが終わると、調教師は検量室に下ります。続々と帰ってくる馬を出迎え、下馬したジョッキーと言葉をかわします。「1」のレーン(1着)に戻ってくる馬ならば、ジョッキーも調教師も笑顔です。「2」や「3」だと、ジョッキーは「惜しかった」という様子で、苦笑いの中に悔しさが見える。
 では、いいところなく着外だった馬の鞍上はどうでしょう。
 凡走の原因が自分の手綱にあるとき、ジョッキーの表情は神妙で、がっくりと落ち込んでいる。顔に「すみません」と書いてあって言葉が少ないジョッキーもいるし、「追い出し、遅かったです」と反省を口にするジョッキーもいる。ただし調教師もその場でジョッキーを責めたりしない。勝負は時の運ですから。
 ところが、ものの3分と経たないうちに、ジョッキーたちは変わります。
 神妙だったのに破顔一笑。ジョッキー仲間と話しながら爆笑する様を見ると、とても惨敗した直後の鞍上には見えません。あまりの変わり様に、「こいつ、アホちゃうか」などと思ってしまう(笑)。
 しかしジョッキーはこうでなくてはいけない。
 気持ちの切り替えの早さこそが、いいジョッキーの基本です。反省すべき点は反省して、決してネガティブな気持ちを引きずらない。すぐにやってくるレースへ気持ちが向いているわけです。一日に何鞍も乗る競技者の特性でしょう。
 そんな一流ジョッキーが、しばらく勝ち鞍に恵まれない場合、「調子が悪い」という判断は早計でしょう。勝てないことを引きずってはいないはずですから。
 ただし、なかなか勝てないジョッキーに「勝ち焦り」が出ることはあるようです。本来なら40m先を見ていなければいけないのに、20m先しか見えない。勝ちたいという気持ちが強いあまりに、どうしても追い出しが早くなり、狭いところを抜けようとする。外から見ていれば「あと少し(ほんの少しです)我慢していれば、前が空くのに」というケースもあります。
 そういったメンタルは、一つ勝つことで解消します。


 馬券を買っている側からすれば、「一番人気の馬を飛ばして(人気に応じた結果を出せなくて)、やらかしてしまったのに、何ヘラヘラしているんだ!」と言いたくなるところではあるのですが、そのくらい切り替えが早くないと、騎手(ジョッキー)という仕事はやっていけない、といいことみたいです。
 むしろ、「勝っても負けても平然としているような騎手の馬を買え!」と。

 ちなみに、ルメール騎手やミルコ・デムーロ騎手といった外国人騎手(最近はとくにルメール騎手への実力馬の集中がすごいですね)に関しては、「彼らは経験や才能、腕っぷしの強さだけで勝っているわけではなくて、とても勉強熱心で、その姿勢が厩舎の人たち(馬主や調教師や厩務員)から歓迎されているのです」と仰っています。
 逆に、外国人騎手が、みんなルメール級に活躍しているわけでもないですし。


 2020年、新型コロナ禍での無観客(あるいは、少観客)競馬について。

 ところで、レースに出る馬にとって無観客であることでのマイナスはほとんどありません。むしろプラス面のほうが多い。
 トレセンとは違って、見知らぬ人が大勢見つめているパドックや、大歓声が沸き起こる馬場が恐ろしくて、パニックになってしまうことも珍しくありません。パドックで馬っ気を出したりしている馬が大観衆の前に出ると、さらにテンションが高くなりますが、無観客の間は通路にも人が少ないし、馬場入り後の歓声もないので、落ち着いてくることがある。
 G1などで立錐の余地もないほどの大観衆を前にすると、圧迫感から動けなくなってしまう馬もいる。肉食動物(人間です)の視線は、それだけ馬にとっては怖いものです。無観客だったり、あるいは規制があってガラガラだったりすると、逃げるスキがいくらでもありそうで、落ち着いてきます。
 しかし、いずれは元の大観衆を前にした競馬に戻ります。
 無観客の間にデビューした2歳馬は大観衆の前で走ったことがありません。これからお客さんが入った時に、イレ込みがきつくなって、初めて「この馬はメンタルが弱い」というのが判明するかもしれない。3歳になって古馬と走るようになった時にもそれを克服することができず、競馬のたびにイレ込んで成績が上がらない馬が多くなると、この年の3歳馬は弱い世代だということになってしまいます。馬は観衆によって鍛えられる面もあるのです。


 今年(2020年)の3歳馬はレベルが低いのではないか、と言う人もいるのですが、それは無観客競馬の影響もあるのかもしれません。ジャパンカップでは、引退レースのアーモンドアイの2着にコントレイル、3着にデアリングタクトという無敗の三冠牡馬・牝馬が入ったのですが。
 まあ、大観衆が埋め尽くす競馬場でどうなるか、というのは、やってみないとわかりませんよね。角居先生の話を読むと、少なくとも、馬にとって大勢の観客や大歓声はプラスにはならないとしても。

 角居先生の調教師引退は寂しいかぎりですが、今後も、可能な範囲で競馬についても発信してほしいな、と思うのです。トップ調教師のまま、若くして引退した人って、他にはいないのだし。


fujipon.hatenadiary.com
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