琥珀色の戯言

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【読書感想】山奥ビジネス ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

人口減? 地方消滅? 悲観する必要はない。日本には「山奥」という豊かなフロンティアがある。「なにもない田舎」も、地域資源を再発見し、角度を変えて眺めれば、宝の山に変わるのだ。ハイバリュー&ローインパクト(高付加価値で環境負荷が低い)なビジネスを山奥で営む事例や、明快なコンセプトで若い世代やユニークな事業を呼び込んでいる自治体事例を紹介し、「一流の田舎」を創るストラテジーを提示する。


 僕は生まれてから半世紀の間ずっと、人口数万〜数十万人クラスの地方都市(転勤で数年間住んだところも含めて、記憶にある限りでは10箇所くらい)で生活してきました。東京はたまに用事や遊びで行くと人酔いするし、書店やゲームショップがなく、ご近所付き合いが密な田舎では、息苦しくてやっていられない、というのが率直な気持ちだったのです。「山は自然があって、空気が綺麗でいいなあ!」なんて言う人がいても、心の中で、「目の前にマムシが出てきても、同じこと言える?」と毒づいていたのです。子供の頃に見かけて以来、ヘビが苦手なんだよ本当に。

 50年も生きていると、一度くらいは、東京に行って電車で通勤するような生活をしてみてもよかったかな……と思うこともあるんですけどね。

 著者は、「はじめに」で、「いまの『山奥』は、かつての不便な山奥ではなくなっている」と述べています。
 確かに、そうなんですよね。
 インターネットは、情報の流れを劇的に変化させたのです。その変化は、今も続いています。

 僕が中高生の頃、博多の紀伊國屋書店は憧れの存在で、そこに置いてある多種多様な本を見るだけで心が躍ったものです。
 地方の郊外型書店には、ちょっとマニアックな本はなかなか置かれていなくて、取り寄せてもらうと買わなければならないので、悩むことも多かったんですよね。

 Amazonなどのインターネット書店やネットでの本の評価を利用すれば、大きな書店がなくても大概の本はある程度の情報をもとに買えるようになりました。だからこそ、地方の中規模書店はどんどん潰れているのですが。
 最近は、レンタルビデオ(DVD)も、ゲームソフトも、店に行かなくても、オンデマンド配信やダウンロード販売で家にいながら入手できるようになったのです。レンタルビデオの返却忘れで高額の延滞金を払ったこともあったよなあ。
 演劇の公演や美術展、イベントなど、都会(東京)に集まってくる情報、というのもあるのは事実なのですが「格差」はこの半世紀でだいぶ縮小されています。
 家賃や満員電車などの負荷を考えて、「田舎で生活して、オンラインで仕事をする」という選択肢を選ぶ人も増えてきました。
 新型コロナウイルス感染拡大によるリモートワークの普及も進んでいます。

 本書に登場する山奥ビジネスは多様である。移住したITエンジニアやデザイナー、アーティストたちは自然とともに暮らし、クリエイティブな環境で優れた仕事をしている。食や住まいの職人たちは地域資源を活かしながら、その土地でしかできない価値あるビジネスを展開している。
 本書の「山奥」とは、人が住んだことがない山奥ではなく、かつて銀山や炭鉱、林業などで栄えていた地域のことを指す。例えば50年前と比べ、人口が半減した李域は全国にたくさんあるだろう。本書は人口が減少した地域に、これからどんなビジネスを呼び込んで、地域をどのように活性化していくべきかについての道標となるものである。

 本書に登場する山奥とそのビジネス事例を挙げておく。第一章の熊本県山都町は、九州の真ん中にある人口1万4000人弱の町、第二章の石川県能登町は奥能登にある人口1万6000人弱の町である。2014年に出版された『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』では、若年女性人口の減少率が山都町はマイナス74.2%で熊本県第二位、能登町はマイナス81.3%で石川県第一位となっている。そうした「消滅可能性が高い自治体」であっても、山都町では東京から移住した若い世代がIT企業を立ち上げ、能登町の山之上にある牧場からは、世界一のジェラート職人が誕生している。第三章の北海道岩見沢市美流渡地区は、かつて炭鉱があって栄えたが、現在の人口は400人弱である。第四章の島根県大田市大森町は、世界遺産である石見銀山で栄えたが、現在の人口は同じく400人弱だ。これらの地区には、山奥であっても行列ができるパン屋さんがあり、都会から編集者やアーティストが移住し、全国のデパートやショッピングモールに30店舗以上も展開しているアパレル企業の本社があったりするのである。


 著者が紹介している、「山奥ビジネスの成功例」を読んでいくと、人口が減り、不便な田舎だと思われがちな場所でも、創意工夫によって、「不便な場所だからこその物語」を求めてくる人たちに向けた仕事や情報発信ができるのだな、と感心せずにはいられません。

 著者は(1)「ハイバリュー・ローインパクト」(環境や地元の文化への悪影響を抑えて、価値が高い商品やサービスを生み出すこと)、(2)「SLOC(Small, Local, Open, Connected)シナリオ」(小規模でローカルな(狭い地域ではじまった)プロジェクトが、他の地域の人々に浸透していくこと)、(3)「越境学習」(自分が育った土地を離れ進学や就職をして、新しい技術を学び、新しい価値観を得ること)、という3つの「キーコンセプト」を挙げています。
 これらは、近年頻繁に耳にするようになった、持続可能な開発目標(SDGs)とも通じるコンセプトなのです。

 とはいえ、正直、「山奥ビジネス」で活躍している人たちの物語を読んでいて、「ああ、意識高いなあ……」と僕は圧倒されてしまったんですよね。

 イタリア最大のジェラート大会でアジア人として初めて総合1位となった柴野大造さんは、金沢市から車で2時間かかる石川県能登町で「マルガジェラート」を創業されています。遠方から、ここのジェラートを食べるために大勢の人がやってくる人気店なのだそうです。
 ジェラートそのものは、有名店とはいっても、超高級レストランのような敷居の高さもありませんし、「世界一」と言われれば、「食べてみたい!」と思いますよね。

 そして柴野のもとには毎日のように「都会のショッピングモールに出店しないか」と電話がかかってくるが、すべて断っているという。「世界一になったからといって、石川県から出て全国展開するなんてカッコ悪いでしょ」と柴野は笑うが、モール出店をしない理由はそれだけではない。柴野は石川県から美味しいものを発信していくことに意義を感じており、「作りたてのジェラートを食べに、石川県に来て欲しい」という強い気持ちを持っているのだ。
 柴野のジェラート作りの原点は、「目の前にいる人に、美味しいジェラートを提供して喜ばせたい」ということにある。まだ売れていないころの能登本店に、「私は病気で余命宣告されていますが、ここのジェラートが食べたくて来たんですよ」という客がいたという。柴野は売上の最大化ではなく、「地方のジェラート職人としてどう生きるべきか」という姿勢を追求しており、その姿勢はイタリア各地で活躍しているジェラート職人たちと同じなのである。


 「いい話」だと思うのですが、「美味しいものを、より多くの人に届けたい」とか「全国展開して、お金を儲けたい」というのも、悪いことではないんですよね。
 全国に支店があったら、余命宣告された人も、もっと手軽にこの店のジェラートを食べられたのではないか?
 でも、そんなに簡単に食べられるようになったら、この人にとって、柴野さんのジェラートは、ここまでの価値を持っていただろうか?

 「山奥ビジネス」は魅力的だけれど、そこで成功を収める、あるいは「食べていける」レベルになるには、都会や地方都市で「普通の生活」をするよりも、大変な努力と才能、運を要するのではないか、と僕は感じます。

 山奥ビジネスの取材を始めるにあたり、筆者は「山奥ビジネスで成功している人たちは、スキルが高く精神的にもタフな人が多いだろう」と推測していた。(建築デザイナーの)ベンクスはまさにそういう人である。本書の第二章マルガージェラートの柴野大造は、製菓学校に行かずに世界一のジェラート職人となった。第三章の画家のMAYA MAXXも全くの独学で独創的な絵を描き続けている。そして第四章の群言堂デザイナーの松場登美は雑貨製作からアパレルのデザイナーになって成功している。
 ベンクスを始め、こうした独学の人々に共通することは、「自分がやりたいと思ったことを、仕事として続けながら技術を向上させる」ということだろう。技術を学ぶために学校に行くことはせず、自らのセンスを活かして仕事に取り組みながら、技術を向上させていくのだ。それが独学の強みである。
 さらに4人に共通していることは、「夢を持っていること」だ。夢を持って困難な状況にも立ち向かい、ワクワクしながら仕事をしているのである。


「田舎で自然に囲まれて、のんびり暮らしたい」
 そのくらいの動機で、「山奥ビジネス」をはじめても、成功するのは難しい。
 そんな現実を思い知らされます。
 結局、大都会でも十分やっていける能力とやる気がある人が「田舎の長所」を活かして仕事をしているだけのようにも思われるのです。
 僕自身は、地方都市くらいの環境で流れに乗ってなんとかやっていくくらいがちょうどいいのかな、と考えずにはいられませんでした。


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