琥珀色の戯言

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【読書感想】亀裂 創業家の悲劇 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

時代を読み、需要を先取りする動物的な勘。
多くの人を惹きつけ、統率する牽引力。
そして、強烈な自負心と強運。
日本を代表する有名企業をつくった「創業社長」には、どこか共通するカリスマ性がある。
しかし、創業社長のカリスマ性が大きければ大きいほど、その去り際、そして去ったあとには、巨大な陥穽が残されることになる。
セイコーの服部家、国際興業小佐野賢治、ロッテ・重光武雄といった昭和を象徴する創業者の後継者たちは、いずれも大きな混沌を経験した。
ソニーを創業した盛田昭夫氏の長男・盛田英夫氏は、ソニー株をはじめ多額の資産を父から相続したが、それをスキー場開発やF1レースへの参戦などに膨大な資金をつぎ込み、ついにそのすべてを費消しつくした。盛田家の祖業である醸造業に取り組んだがそれもうまくいかず、それでも都心の高級ホテル住まいをつづけ、最後はその滞在費を払うこともできないところまで追い込まれた。
英夫氏は、「盛田昭夫」という巨大な存在から逃れ、克服するために自分だけの成功を追い求めたのかもしれないが、結局それは果たせなかった。
ユニバーサル・エンターテインメントの岡田家、大塚家具の大塚家、大戸屋の三森家、ゲオの遠藤家も、会社の経営権をめぐって、激しい内紛を展開している。


 「創業家の争い」といえば、最近では大塚家具のことを思い出します。
 父親と娘の経営方針の違いから、「骨肉の争い」となってしまい、ワイドショーでもかなり大きくとりあげられました。
 親子なんだから、もっとしっかり話し合って、協力してやっていけば良いのに……と思うのですが、実際は「身内だからこそ」譲れない、という場合もあるんですよね。
 この本にも出てくる大塚家具の事例では、僕も大塚家具の創業者の大塚勝久さんの経営方針は、もう時代遅れだろう、と思っていたのです。

 父・勝久が埼玉県春日部市で「大塚家具センター」を創業したのは1969年のことで、以来、40年にわたって馬車馬のように働いて会社を率いてきた。1980年に株式の店頭登録を果たしてからでもすでに30年近くが経っていた。東京・有明の店舗をはじめ臨海部の広々とした物件にヨーロッパから輸入した高価格帯の家具調度をずらりと並べ、店舗スタッフが会員顧客に付きっきりで商品説明を行う独自の販売スタイル──1990年代半ばに確立し急成長を演出したそれはもはや会社のアイデンティティともなっていた。


 その大塚家具も、2000年代半ば(2006〜2007年くらい)から、業績に行き詰まりがみられてくるのです。
 『ニトリ』や『イケア』のような、自由に店内をみてまわることができ、価格も安い家具店が増えてきましたし、付きっきりの接客を「めんどくさい」と感じるお客さんには、『大塚家具』は敷居が高かったのです。
 ただ、創業者の大塚勝久さんは、「高級志向」をセールスポイントにしていたのも事実です。
 娘の久美子さんは、時代に合わなくなってきているし、もっとお客さんの幅を広げたい、ということで、店の改革を目指すようになり、両者の対立は不可避となりました。

 僕も「今の時代に高級家具なんてそんなに売れそうもないよなあ。『ニトリ」とか、店内を見てまわるわけでも結構楽しいし」と、「内心、久美子派」だったのです。

 当時の報道では「老害」的な扱いを受けることが多かったお父さんの勝久さんなのですが、結果的には、久美子さんが勝って経営権を握った『大塚家具』は経営不振で『ヤマダ電機』のヤマダホールディングスに吸収合併されました。
 勝久さんが、自らの経営方針に基づいて立ち上げた『匠大塚』は、現在も存続しています。
 
 「経営」をめぐる創業者とその親族、子供たちの「骨肉の争い」を読んでいると「お金や権力」を得たら「信頼できるのは身内」になりがちな一方で、「裏切るのも身内」なんだよなあ、と考えずにはいられなくなるのです。

 そして、「経営者」とくに「裸一貫から大きな企業を創業した人」は、みんな、良くも悪くも「只者ではない」のです。
 超一流大学を卒業した偏差値が高そうなエリート、ではなく、破天荒な生き様や圧倒的な努力、人たらしの能力で、のしあがってきた創業者。
 しかしながら、その子どもたちは、エリート教育を受け、一流大学に入って、いろんな「理論」を学んでくるのです。
 正反対の生き方をしてきた親子は、お互いに理解するのが難しくなる。
 しかも、会社のさまざまな勢力が「勝ち馬に乗ろう」として、新旧両勢力に見方をするので、亀裂は深まっていくことが多いのです。

 この本で紹介されている「創業家に悲劇が起こった大企業」では、創業者や経営者の多くは離婚歴があって母親が違う子供がいたり、怪しい占い師を信奉していたり、いかにも詐欺っぽい融資話をあっさり信用したりしているのです。

 大企業の創業者・経営者が、なんであんなおかしなことをやるんだ?
 外野にはそう見えるのだけれど、「大きな組織・企業を創り出し、成功をおさめる」というのは「常軌を逸したこと」であり、「普通の人や常識人であってはできないこと」なのかもしれません。

 『大戸屋ホールディングス』の項では、実質的な創業者の三森久実さんが病で急逝した後、こんな事件が起こったことが紹介されています。

 さらに1週間余り後の(2015年)9月8日、異様な事態が起きることになる。
 JR三鷹駅近くの本社に現れた、(三森久実さんの妻)三枝子さんと(息子の)智仁は何やら手に持っていた。三枝子が手に持っていたのは位牌と遺影だった。ふたりはそのまま社長室に向かい(社長の)窪田との面談を求めた。智仁がいったん退室した後、三枝子は窪田を難詰した。
「あなたは大戸屋の社長として不適格。ふさわしくないので智仁に社長をやらせる。あなたは会社にも残らせない。亡くなって四十九日の間にお線香を上げにも来ない。なぜ、智仁が香港に行くのか。私に相談もなく、勝手に決めて。智仁は香港には行かせません。9月14日の久実のお別れ会には出ないでもらいたい」
 これが世に言う「お骨事件」である。3日後に智仁が引き取りに車で遺骨と位牌、遺影は社長室に置かれたままだった。三枝子によるこの唐突な振る舞いは社内での評判が良かったアメリカ在住の智を意識しての行動と見る向きもあった。


 事実は小説より奇なり、とは言いますが、こんな一昔前のお昼のドラマみたいなことが実際に行われていたのです。

 そして、この『大戸屋』の買収に動いた『コロワイド』の創業者・蔵人金男さんの「強烈な個性を世間に知らしめたエピソード」も紹介されています。

 それは社内報に載った蔵人による「商魂」と題するコラムの一文で、「牛角」を運営するレインズインターナショナルの社員を難じる内容だった。
コロワイドが、レインズを買収して5年。未だに挨拶すらできない馬鹿が多すぎる。お父さん、お母さんに躾すらされた事がないのだろう。家庭が劣悪な条件で育ったのだろう。閑散とした家庭環境の中で育ったのか。蚊の無く(ママ)の様な声で●△×…挨拶。個人的に張り倒した輩が何人もいる」
 そんな罵詈雑言がなおも続き、最後はこう締め括られていた。
「制裁与奪の権は、私が握っている。さあ、今後どうする・どう生きて行くアホ共よ。昼飯時間は、11:30〜13:00迄に済ます事」
 人格すら否定するような歯に衣着せない物言いは品性のかけらも感じさせない。経営者の振る舞いとしては非難されるのが自然で、現に一文が流出したSNS(交流サイト)ではそうした反応が大勢だった。もっとも、一方で蔵人は病弱な妻の看病のため土日は自宅を空けない生活を長年続けるという人間味に溢れた側面もあり、例の一文の受け止めは社内と世間の間でかなり温度差があったのかもしれない。ただ確かなのは、蔵人がどんな言葉で何を言おうと、その絶対的な一声で会社組織がこれまで動いてきたということである。


 これはひどい、そりゃ炎上するだろ……むしろこの人の方が、どんな家庭で、いかなる躾を受けてきたのか……と言いたくなります(これがSNSで炎上していたのを見た記憶もあります)。
 「社内報」だからといって、社員と今のインターネット時代を舐めすぎている。でも、この人が『コロワイド』という会社を成長させてきたのも事実なんですよね。
 スティーブ・ジョブズ堀江貴文さんをみても、起業をして大きな成果を挙げるような人は「異様」な存在であることが多いのです。
 常識人や八方美人、単なる「いいひと」では、「起業家として驚くべき成功」をおさめるのは難しい。
 「異様な成功」を成し遂げた人は、「異様な人、正規分布から外れた人」であるほうが自然な気もします。
 それとも、莫大な資産や大きな権力を握れば、人は誰しも、「異様」にならずにはいられないのか……

 さて、国税庁の会社標本調査(2020年度)によれば、全国278万社余りのうち96.3%は「同族会社」だ。資本金100億円超の会社をとってみても、その割合は49.9%を占めている。つまり戦前から生き延びてきた一握りも、戦後次々と生まれたその後大多数も、日本企業のほとんどは創業一族による経営が続いており、企業が成長するとともにその割合は減っていくものの、大企業でも依然ほぼ半数は一族経営なのである。そしてその多くは今後も世襲を当然視していくと考えてよいだろう。


 278万も会社があるなかで、「みんなが知っている」大企業は、ごくわずかな数でしかありません。
 そんな「公共性」がありそうな大企業でも、経営しているのは、やっぱり「人間」なんですよね。そして、自分が築き上げたものは、血縁者に継いでもらいたい、それが自然なことだ、という人が大部分なのです。
 みんな、起業・創業したときは、そんな「血縁至上主義者」じゃなかったのかもしれないけれど。


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