琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】たちどまって考える ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

パンデミックを前に動きを止めた社会。世界を駆ける漫画家・ヤマザキマリもこれほど長期間家に閉じこもり、自分や社会と向き合ったのは初めてだった。しかしその結果「たちどまることが実は必要だったのかもしれない」という想いにたどり着く。ペストからルネサンスが開花したようにまた何かが生まれる?混沌とした日々を生き抜くのに必要なものとは?自分の頭で考え、自分の足でボーダーを超えて。あなただけの人生を進め!


 『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリさんが、新型コロナウイルスに対する「自粛生活」で考えていたこと。
 
 ヤマザキさんの御家族はイタリアに住んでいて、ヤマザキさんは、もともと、イタリアと日本を行き来しながら生活しておられたのです。
 ヤマザキさんが、日本にいるときに新型コロナウイルスによりイタリアに戻ることが難しくなり(イタリアは世界でも新型コロナウイルスの犠牲者が多い地域でもあります)、こんなに長く家族と離れて、日本に居るのははじめて、という状況に置かれてしまうのです。
 ヤマザキさんの夫は学者であり、感染症に対する知識も持っておられたため、ヤマザキさんに「今はイタリアに戻ってこないほうがいい」とアドバイスし、ネットでやりとりしながらの別居生活が続いているそうです。
 「ステイホーム」で、ずっと一緒に家野中にいることで我慢できなくなる家族もいれば、ヤマザキさんのように、引き離されてしまう家族もいるのです。

 ヤマザキさんにとって縁が深い国、イタリアは、長年中国とのつながりが深く、それが、ヨーロッパの国のなかでも今回の新型コロナウイルスが蔓延した理由のひとつだと考えられています。
 新型コロナウイルスが中国から広まった、ということで、世界各地で「中国人差別」「東洋人差別」が行われ、日本人も差別されていたのですが、ヤマザキさんによると、イタリアでは、中国に対する反感はほとんどみられていないそうです。

 資金繰りに困った工場が中国人に買収され、北イタリアに”中国の街”ができ始めた頃(30年くらい前)、たしかにイタリア人のなかには中国への怨嗟のような感情があったように思います。
 しかし、今回のパンデミックに際して驚いたのは、イタリア国内で「中国に出張に行ったイタリア人が帰国後、会食した相手へ最初に感染させた」ことが確認されても、中国に対するネガティブな感情はあまり見られなかったことです。ましてアメリカと中国のように、戦争を仕掛けそうな勢いでの政府同士の中傷合戦もありません。
 悪感情がないどころか、医療崩壊が起きたあと、キューバと並んで中国から医療団が送られてきたことに、「いやあ、中国から来てくれて、本当に助かったよ」とうちの舅からも感謝の声を聞きました。日本でこの話をすると「危ない。イタリアは中国に飲み込まれつつある」と警鐘を鳴らす人もいます。でも実際、今のイタリアは中国に頼らなければ経済が成り立たないし、もうほかに手段がない。そう考えると、現代のパンデミックには経済というものが、いつの時代にもまして密接に関わっていることを実感させられます。


 イタリアは「中国に飲み込まれつつある」なんていう時期をもう越えてしまっている、ということなのでしょう。そして、歴史上、さまざまな国の人を受け入れたり、侵略を受けたりしてきたイタリアという国は、もうジタバタしないことにしているのか、懐が深いのか。
 まあでも、時間が経っていけば、他の国の人がどんどん入ってくる状況にも、慣れていくのでしょうね。

 ヤマザキさんが日本のテレビ番組でこの話をすると、司会者から「イタリアの人たちは中国に腹を立てているでしょう」と尋ねられたそうです。
 それに対して、「いや、それが特別腹を立てたりはしていないんですよ」と答えると、その場にいた人たちはポカンとした表情になっていたのだとか。


 日本にずっと住んでいると、「外国からどう思われているか」は、すごく気になるのだけれど、「外国人に日本のことをとやかく言われたくない」という矛盾を抱えてしまいがちになるのです。

 自分たちが考えている意見と違った行動をする人は、動揺のもととなり、不安を募らせる存在以外の何者でもない。特に日本は、自分たちの共同体にとってそういった異質性をもった人間を排除しようとする力学が働きやすい社会です。パンデミックにおいても、医療従事者の家族を遠ざけたり、感染者を差別したりする動きが指摘されていましたが、そうしたことも感染リスクへの心配以前に、異質なものへの拒否反応からきているのではないでしょうか。
 日本文学の大家だったドナルド・キーンさんは、2011年の東日本大震災をきっかけに日本国籍を取得しました。日本を愛するゆえに、と聞いていましたが、そこにはある強い覚悟もあったと亡くなられたあとに知り、驚いたものです。生前アメリカの友人に送ったというキーンさんのメールがニュース番組で取り上げられたことがありましたが、そこには彼の言葉で「日本の人は、私がいかに日本を愛しているかを語ったときしか、耳を傾けてくれません」といった内容が綴られていたと報じられていました。
 キーンさんは、近年の日本が戦争の教訓を忘れつつあることへの懸念と、「日本が大好きだから、アメリカ人でなく、日本人として責任をもって批判的なことでも意見ができるように」という、民族的先入観を払拭するべく帰化したのです。日本を深く理解しようとするキーンさんの姿勢には真摯さしか感じられませんが、それでも彼が日本への批判を口にすれば「アメリカ人に言われたくない」と叩く人が出てくる。その分類は「漫画家のくせに」と同様で短絡的です。
 自分たちにとって異質な者に「攻撃」という形で反応をしがちなのは、島国という”群れ”の社会性をもつこの国の特徴です。鎖国が日本に一定のメリットをもたらしたことはたしかですが、時に現れる部外者や異文化との交流に消極的で「排除してしまいたい」と湧き上がる感覚が、今も続く西洋化との軋轢の要因なのも間違いありません。


 実際は、西洋は西洋で、キリスト教文化圏では、イスラム教を信仰する移民たちとの軋轢が起こっていますし、「排他性」は日本人だけの特徴ではないと思います。
 とはいえ、10代後半で絵の勉強をするためにイタリアに留学し、外国人として長年海外で生活してきたヤマザキさんは、日本の「排他性」を強く感じているのです。

 この「ステイホーム期間」中に、Twitterでもさまざまな争いがみられたのですが、そのなかでも、「政治のこともよく知らない芸能人が政策の批判をするな」とか「感染症の専門家でもないのに、素人考えで発言するな」などという「他人の口を封じようとする人」が目立ったように思います。
 そうやって、「お前にそんなことを言う資格はない!」と批判する人も、ほとんどはそのジャンルの専門家ではないんですよね。
 ただ、「余計なこと言うな!黙ってろ!」って恫喝するだけです。
 ある意味、そういう「自粛警察」的な存在が、日本の感染対策の効果を増強していた面もあるのかもしれませんが……「コロナ対策は戦争なんだ」ということであれば、こういう状況の延長に、太平洋戦争中の日本のような社会があったのかもしれないな、とも想像してしまいます。

 パンデミックという地球レベルでの人類における危機的現象と、どう折り合いをつけていくべきか。試行錯誤をいまだに続けている世界ですが、日本や日本人に相応しい対応がどういうものか、それを模索するうえでも、私たちはまず自分自身についてもっと知る必要があると思うのです。
 10年近く前のことですが、イタリア中部の沖合、ジリオ島付近で大型クルーズ船「コスタ・コンコルディア号」が座礁するという海難事故がありました。浅瀬で横転したままになっている巨大なこの船を港まで牽引するという日、国民放送が中継番組を組んでいましたので私も家で何気なく観ていました。しかし、待てど暮らせどクルーズ船を牽引するはずの船が一艘もやってこない。何事も時間通りに始まることはありませんから、「まあそのうち現れるだろう」と気長に待っていました。
 ところがスタジオのキャスターと中継記者とのやりとりが何度かあった末に、「今日はもう作業が行われる目処は立たない」ということがわかった。中継を受けた報道局のキャスターがそのときに冷静に口にした言葉が秀逸でした。
「皆さんよくご存じだとは思いますが、これがイタリアという国です」
 予定通りにいかないことに動じないばかりか、”起きなかったこと”を冷静に報道する。自分たちの国の欠点と性質を俯瞰して顧み、そのことを公然と指摘していますが、誰かを傷つけるでも、侮辱するでもなければ、自称”愛国者”からの非難でネットを騒がせるわけでもない。自分の国のあらゆる性質を熟知した一言に、私はイタリアの成熟を見た気がしました。


 正直、僕はこれを読んで、「イタリアの成熟」よりも、「こんないいかげんなことが『イタリアだから』で済んでしまう国に住むのは僕にはストレスが大きすぎるな」と感じたのです。
 日本人は、なんでもきちんとやろうとしすぎる、効率が悪いし、生産性も低い!とかいう本の影響を受けつつも、自分の感覚としては「やっぱり、ちゃんとやってくれないと、居心地が悪い」のですよね。
 たぶん、多くの人がそういう感覚だから、日本は変わらないし、変われないのでしょう。

 何か特別なことが書いてある、というわけではないのですが、すごくヤマザキマリさんらしい本だと思いました。


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