琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】遊廓と日本人 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

人権無視の悲哀の場か、日本文化の聖域か。
「日本史の陰影(タブー)」を再考する。

江戸学の第一人者による「遊廓入門」の決定版!

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遊廓は二度とこの世に出現すべきではなく、
造ることができない場所であり制度です。

一方で遊女が、高い教養を持ち、輸入香木を焚きしめ、とても良い香りを放ち、和歌を作り、三味線を弾き、生け花や抹茶の作法を知っており、一般社会よりもはるかに年中行事をしっかりおこない、日本文化を守り継承してきた存在でもあったことを忘れてはなりません。


 この本のKindle版がAmazon売上ランキングの上位になっていて、そんなにみんな「遊郭」に興味があったのか……と思ったのです。

 著者は、いま、この新書を刊行した理由を2点、このように述べています。

 ひとつは、大正・昭和の𠮷原のイメージから、単なる娼婦の集まる場所と考える誤解です。この後、具体的に書いていきますが、遊郭は日本文化の集積地でした。書、和歌、俳諧、三味線、唄、踊り、琴、茶の湯、生け花、漢詩、着物、日本髪、櫛かんざし、香、草履や駒下駄、年中行事の実施、日本料理、日本酒、日本語の文章による巻紙の手紙の文化、そして遊郭言葉の創出など、平安時代以来続いてきた日本文化を新たに、いくぶんか極端に様式化した空間だ、と言えるでしょう。
 しかしもう一方の面から言えば、華やかな面だけではなく、前借金をはじめ、お金にからむさまざまな問題や、遊郭内の格差すなわち高位の花魁から場末の遊女まで、暮らしの様子は決して同じではなかったという面、性病対策が必要な空間だったという面、客たちが贅沢な飲食をしている一方、遊女たちは酒はともかく、健康に必要な食生活を得られなかったという面などは、見逃してはならないでしょう。
 漏れ聞くところによると、2021年末に放送が始まる人気アニメ『鬼滅の刃』第二期では遊郭が舞台になり、親御さんたちは子供にどう説明すれば良いかわからないそうです。ぜひ本書をお読みになることで、二つの側面を説明してあげてください。


 そうか、『鬼滅の刃遊郭編』に便乗した企画だったのか……
 とはいえ、「遊郭って、どんなところ?」と子どもに尋ねられたら、大人としてはちょっと困りますよね。
 たしかに、この新書で紹介されているような背景を知っていれば、少しは説明しやすくなるかもしれません。
「性」についての現在の常識で判断すると、「お金で売られた女性たちが、厳しい管理のもとに借金を返すまで働かされ、性的なサービスを強要される」というのは、あってはならないこと、ですよね。
 著者も、この本のなかでこう書いています。

 さて、本編を始める前に読者の皆さんにお伝えしたい大事なことがあります。それは、「遊郭は二度とこの世に出現すべきではなく、造ることができない場所であり制度である」ということです。


 この「遊郭はあってはならないもの」という前提が何度も繰り返される一方で、「遊郭のなかで繰り広げられる人間模様や文化の魅力」も語られているんですよね。
 遊女というのは、とくに高級店の遊女というのは単に売春を生業としている女性ではなくて、高い教育を受け、それぞれの「個性」を認められて、敬意を払われる存在だったことがわかります。
 
 著者は「遊郭やそこで働かされる女性たちは、本来あってはならないもの」であるのと同時に、当時の「黙して家庭に閉じ込められていることが当たり前とされていた女性たち」よりも、「自分らしく生きる」ことが許されていた面もある、とも述べているのです。
 もちろん、どちらかが正しいとか間違っているとかいうのではなく、現代の感覚からいえば、どちらも間違ってはいるのでしょうけど。

 現代の風俗産業にも共通する面はあると思うのですが、世間から注目されやすい業界で、そこを「自己表現の場」にしている人も少なからずいたのです。

 「だから、正しい存在だった」とは言えないところではありますが……
 そういう「魅力はすごく感じるし、語りたいこともあるのだけれど、現代人の感覚としては正しくない存在」を語ることの歯切れの悪さ、というのが、この本全体に感じられるのです。
 開き直って、「売春とスパイは人類最古の職業!人類には必要なんだよ!」と言えるような著者なら、もっと面白おかしく書けそうなんだけど……

 江戸時代の京都の島原遊郭に、吉野太夫という人がいました。太夫(のちに「花魁」「呼び出し」とも言う)とは、遊郭で最高位の遊女のことです。吉野太夫はある豪商から結婚を申し込まれました。しかしその豪商の親族に反対されましたので、諦めて郷里に帰ることにしました。そして最後だから、とその親族の女性たちを集めてもてなしたのです。
 前掛けをして自ら立ち働き、女性たちが集まると琴を弾き、笙を吹き、和歌を詠み、茶を点て、花を生け、時計の調整をし、碁の相手をし、娘さんたちの髪を結い、面白い話で人を引き込みました。
 ちなみに「時計の調整」とは、江戸時代の大名家や大店にだけあった和時計の、歯車の調整のことです。和時計は太陽の動きに時計を合わせるので、常に調整が必要でした。この技術を持つということは、大名家や大店の夫人なみの見識があるということでした。
 そのような吉野を観て遊女に偏見を持っていた親族の奥方たちは、吉野の面白さ、やさしさ、品格、教養にすっかり引き込まれ、むしろ結婚を勧めるようになりました。この吉野は実在の人物で、京都の文化人で豪商であった佐野紹益の正妻になった人です。


 吉野太夫だけが特別だったわけではなく、当時の太夫は和歌や書、俳諧や琴、三味線、踊りなど、さまざまな芸事に通じていたそうです。
 
 彼女たちが、遊郭に売られることもなく、実家でふつうの暮らしをして、結婚したとしたら、まったく別の人生をおくっていたはずです。
 とはいえ、このような「頂点にいた人」を基準に考えてしまうのも、プロ野球選手がみんなイチローだと思い込むようなものですよね。
 こんな「太夫」もいたけれど、性的に搾取され、使い捨てられた遊女も大勢いたのです。
 
 ただ、「遊郭」という場所が、日本古来の文化を色濃く保存する温室になっていたのは間違いありません。


 僕は「こんなに繫盛していた遊郭は、どのように衰退していったのか?」に興味があったのです。

 明治維新のあとも、大きな変化はなかった遊郭ですが、1872年(明治5年)に起きた「マリア・ルス号事件」をきっかけに、問題視されるようになったそうです。
 
 ペルー船籍のマリア・ルス号が故障で横浜に入港した際に、中国人の苦力(クーリー:アジア系の出稼ぎ労働者)がイギリス船に助けを求めたことにより苛酷な労働が発覚し、問題視されました。
 イギリスの要請を受けた日本政府は、中国人苦力を「救助」したのですが、ペルー政府は、損害賠償を求めて、この件を国際裁判所に提訴したのです。

 その裁判のなかで、マリア・ルス号の船長が雇ったイギリス人弁護士・ディケンズが、遊郭で働く女性たちの存在を指摘し、日本政府を批判したのです。

 ディケンズは遊女が前借金の返済のために働く方法であり、自由意志でやめることができないこと、年季奉公契約や6~8年であって、その間、女性を拘束するものであること、未成年が含まれていること、鞭で打ったり食べ物を与えないなどの虐待が見られることなどを挙げ、苦力への対応と同じであると言ったのです。
 それに対して大江(卓:日本で判決を出した裁判長)はアメリカの奴隷制を挙げながら、苦力の問題は自国の保護を受けられない他国への人身の輸出であり、遊女の問題とは異なると反論しています。この裁判で、苦力の開放が覆ることはありませんでしたが、しかしディケンズの遊女に関する見解は、明治政府に衝撃を与えたのです。


 日本という国は、昔も今も、「外圧」がないとなかなか変われないのだなあ、なんて考えてしまいます。
 結局は、太平洋戦争での敗戦まで、形を変えながら遊郭的な場所は存続していったのです。
 まあ、今も「借金を返すために無理やりやらされているわけではない」としても、風俗業は存続しているわけですが。
 「無理やり」ではなくても、「風俗しかまともに稼げる仕事がない」という状況に置かれている人にとっては、江戸時代と似たようなもの、なのかもしれません。


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