琥珀色の戯言

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「ナショナル・トレジャー」と日本の「宝探し」の話

ナショナル・トレジャー 特別版 [DVD]

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たぶんベタなハリウッド的な冒険映画なんだろうなあ、と思っていたし、客観的にみればその通りではあるんですけど、なんというか隙がない心地よさと冒険心に満ち溢れた映画で予想外に面白かったです。やっぱり宝探しってロマンですよね、うん。
しかし、この映画を観て思ったのですが、やっぱりハリウッド的な考え方と日本文化というのはけっこう違うみたいで、ハリウッド映画って、こういう宝探しって、最後にそれなりに「本物の宝」が出てくるじゃないですか。それに比べて、日本人がつくった映画では、結局は「青い鳥」的というか、「人の気持ちこそが宝なのだ!」みたいなオチになりがちですよね。
僕の記憶に残っている「宝探し」といえば、「ルパン3世・カリオストロの城」の「オレのポケットに入れるには、大きすぎるわ〜」の「お宝」とか(そういえば、「あなたの、心です」っていうのもあったな」)。マンガ「コブラ」の「見たものに進化していく『最終兵器』」とかで、結局、その「宝」そのものもひとひねりされているんですよね。宝探しの話でも、「普通の財宝」が出てきてめでたしめでたしっていうのは、ほとんどありません。
ちょっと教訓チックになりがちな例として、アニメ「一休さん」では、3代目くらいのバカ息子が家の金を使い果たしてしまい、先祖がいざというときのために隠しておいた財産を探すという話がありました。この話、最後は「おもいやり」と書かれている紙が出てきて、一休さんは「お金じゃなくて、思いやりが大事だということですよ」とドラ息子に説くのですが、実は、倉庫に置かれていた「重い槍」の中に砂金がつまっているというダブルミーニングのオチを観たことがあります。
そういう意味では、普通にお宝が出てくると、ちょっとガッカリしてしまうのですが、たぶんアメリカだと、ちゃんとお宝が出てこないとみんなガッカリしてしまうのでしょうね。

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