琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

新・ある中堅サイトの光芒(5)

新・ある中堅サイトの光芒(1)
新・ある中堅サイトの光芒(2)
新・ある中堅サイトの光芒(3)
新・ある中堅サイトの光芒(4)

↑の(1)〜(4)の続きです。

<最終章>ある中堅サイトの終焉

 『テキストコンテスト』の効果もあって、そこそこ人が来てくれるようになった『プロジェクトF』だったのだが、そうやって少し人気が出てきてくれたことに「喜び」があったのと同時に、「まだまだ」というような欲がさらに増してきたのも事実だ。
 僕が最初にサイトを作り始めたとき(2000年くらい)には、「個人サイトは1日30アクセス、月間1000アクセスあれば『成功』といえる」と言われていて、当時の僕には、その数字すら夢のような世界だったのだが、結局のところ、その10倍くらいの人が毎日来てくれて、自分で「宣伝活動」をしてまわらなくてよくなり、「人が人を呼んでくれる」ような状況になってさえも、そこで満足することは難しかったのだ。僕は自分では「アクセス厨」ではないと思っていたし、あからさまにアクセス稼ぎをするような宣伝書き込みやHなタイトルをつけたりするのは恥ずかしいと考えていたのだが、少しずつ「もっと過激なことを書かなくては……」というような強迫観念に駆られていったのかもしれない。

 破綻は、いきなりやってきた。
 ちょうど夏休み、家でゴロゴロしていたときに、その「サイトバレ」が発覚したのだ。
 「そんなに簡単にバレるわけない」「これだけたくさんの人がいるのだし、気をつけているのだから、大丈夫大丈夫」と自分に言い聞かせてきたにもかかわらず、それはある日、突然に起こったのだ。しかも、単に「知り合いにバレた」のであれば「まあいいか」と気を取り直して継続することもできたのだろうが(でも、当時の僕は、「知り合いに読まれている」と思うだけで書くことに躊躇してしまって本当に当たり障りの無いことしか書けなくなってしまったと思う)、そのバレたときの内容というのは、上司の噂話を書いたもので(もちろん実名を出したりはしていないが)、冷静になって考えれば「そんなことがバレたら大きな問題になることは目に見えている」ようなものだった。そういうことを「社会に告発する!」(ってほどのことでもないんだけど)というような覚悟があったわけでもなく、ただ「こういう業界の内輪話のほうがウケるかな?」というような感覚で、僕は「暴走」してしまったのだ。
 ちょうどサイトの勢いも「右肩上がり」だったし、僕自身もサイト運営が楽しくてしょうがない時期だったので、当時は「余計なこと伝えてくれて……」とその「報告者」を少し恨んだのだけれど、今から考えれば、あの時気づいて注意してくれる人がいなければ、僕の「暴走」は続き、もっと火種が大きくなってから大爆発を起こしてしまった可能性も高い。それこそ、あの「ヤクで眠らせちゃうよ」の人みたいに、社会的に「大炎上」していた可能性も十分にある。

 該当ログだけ削除しようか、とも思ったのだけれど、知っている人に読まれている以上、もう書きたいことを書くことはできまいと考えて、すぐに『プロジェクトF』は閉鎖することにした。いままでそれを作り上げるのにかかって手間や時間に比べれば、それを「削除」するのは拍子抜けするほど簡単だった。閉鎖のページには、メールだけ送れるようにしておいたのだが、こういうのは「未練」だったのだなと思う。僕のなかでは「閉鎖」すらひとつのイベントだったのかもしれない。どんな反応が返ってくるのだろうか?と少し期待していたりもしたのだ。本当に失礼な話なのだが。
 サイトに縛られて自分の時間が無かったように思うこともあったけれど、実際にそれが無くなってみると、とてもとても淋しくなってしまった。「閉鎖」したときは気分もネガティブに高揚していたのだけれど、時間が経ってくればくるほど、その「淋しさ」を語る場すらないことが、さらに淋しさに拍車をかけた。

 結果的に、僕はわずか1ヶ月後に、また新しいサイトをはじめることになる。「たった1ヶ月!」なのだけれども、正直、その1ヶ月はものすごく長かった。


 なんだか尻切れトンボみたいな終わり方になってしまったけれど、僕が「中堅サイト」をやっていた時代の話はこれで終わりだ。「どこにでもある普通のサイトの開設から閉鎖までの歴史」でしかない。僕自身も「どこにでもいる普通の人間」でしかないから、いたしかたないところなのだが。
 それでも、今から考えると、僕にとっては「いちばんインターネットが面白かった時代」だったのかもしれない。

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