琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

それでも、「真実」を知りたい?


「新風舎問題」と「素人と専門家の深すぎる溝」というエントリにつけられた、こんなコメントについて。

> 人生の最後に、そのくらいの「希望」を買うことは、はたしてそんなに悪いことなのでしょうか?

悪いことです。
新風社は口や態度に出さないだけで心の中で笑ってますよ。
「またカモがひっかかった」って。
目を覚まさせてやるのが幸福かどうかは判りません、
でも何かおかしいなと日々思いながら暮すのも幸福とは思えません。

マトリックス』という映画を観たことがある人は、けっこう多いのではないでしょうか?
僕があの映画を観て最も疑問だったのは、「それでも、みんなは『真実』を知りたいと思うのだろうか?」「『真実』を知った人は、そのことで『幸福』になれたのだろうか?」ということでした。
あんな原始的なライフスタイルで、みんなで暗くて狭いところに集まって乱交するような生活より、たとえそれが「機械によって与えられた夢」であっても、「現代的で物質的に恵まれた生活」のほうが良くない?

僕はこんなことをときどき考えるのですよ。
「現実」と「虚構」っていうけどさ、その「現実」っていうのも、所詮、感覚器によって受容された情報を脳で処理しているだけのことなんじゃないの?って。
現実っていうのは、ある意味、「人間が生きているあいだ、もっとも見ている時間が長い夢」でしかないのです。

僕はこの「名無しさん」のコメントについて感じたのは、こんなふうにまっすぐに「悪いことです」って言い切れるのは羨ましいなあ、ということでした。
たぶんね、この人は、「新風舎みたいな連中が、うまくやって儲けている」のが気に入らないのだと思うのです。その気持ちはよくわかる。こういうふうにして「恵まれた(あるいは、「うまくやった」)他者への攻撃」というのは、多くの人の共感を得るためのひとつのテクニックです。「郵便局員は恵まれているから」という理由で「郵政民営化賛成!」と叫んだ人も、けっして少なくなかったでしょうし。郵便局が民営化されたって、僕たちの生活は全然良くならないんだけど、少なくとも他人を引きずりおろす快感はある。

確かに、新風舎は「またカモがひっかかった」って笑っていると僕も思います。
でも、そう言いはじめたら、世間の「商売」の大部分の売り手は、内心、似たような気持ちなんじゃないかと。
パチンコや競馬、宝くじなんかもそうだし、受験産業なんかもそう。飲食店だって、本当に「お客様のために」だったら、タダで飲み食いさせているはず。
もっと現実を見ろ、というのは、まさに「正論」なのでしょう。
でも、「そのままの現実」っていうのは、あまりにも「夢がなさすぎる夢」なんだよね。
「そんな本売れるわけないじゃないか!」と「思い知らせる」のが正しいことなのかもしれないけれど、だからといって、70過ぎの人に、ひたすら「節約」「倹約」を他人が強要しなくてもいいだろう、と。
僕が新風舎に言いたいのは、「どうせ騙すなら、もっとうまく騙せよ……」ということなんですよ。こんなふうに、すぐにメッキが剥がれて相手を失望させるような騙し方じゃなくて。こう言っちゃなんだけど、酒造メーカーやタバコ会社、日本中央競馬会やパチンコ産業は、もっと上手にたくさんの人を「騙して」いるわけですから。彼らは「客を笑っている」姿を想像されないように細心の注意を払っているだけのことです。
たぶん、世界の大部分の人たちには、「騙される」ことが必要なんじゃないか、と僕は思っています。飢え死にしたり、他人にあまり迷惑をかけない程度にね。
僕は、『マトリックス』の「現実世界」であんな暗くて狭い中、変な機械にガジガジやられるよりは、仮想でも居心地のいい世界で機械に少しずつ脳みそチューチュー吸われているほうを選びます。

「他人の目を覚まさせてやる」という発想って、すごい「妄想」じゃないのかい?
そんなことを考えるなんて、いったい、どんな夢みてるのかな……

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