琥珀色の戯言

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「生きづらさ」について ☆☆☆☆


「生きづらさ」について (光文社新書)

「生きづらさ」について (光文社新書)

出版社/著者からの内容紹介
フリーター、ハケンなど非正規雇用者が1700万人を突破。
超不安定、希望ゼロの「蟹工船」時代を生き抜くには?
いま多くの人が「生きづらさ」を感じています。1998年以降、自殺者数は毎年3万人を超え、毎日のように練炭自殺や硫化水素自殺のニュースが報じられています。鬱病など、心を病む人も増える一方です。これらの現象は、現代社会に特有の「生きづらさ」とは無縁ではありません。その背景には、もちろん経済のグローバル化に伴う労働市場の流動化が生んだ、使い捨て労働や貧困、格差の問題もあるでしょう。他方で、そういう経済的な問題とは直接関係のない「純粋な生きづらさ」もあるでしょう。本書では、さまざまな生きづらさの原因を解きほぐしながら、それを生き延びていくためのヒントを探っていきます。

■人間扱いされない職場■粉々になるアイデンティティナショナリズム■排除の線■フリーターの意味の変化■所属、アイデンティティ、承認----なぜアカデミズムはフリーターの問題に対応できないか■コミュニケーション重視型の社会と貧困の深刻化■自己責任に陥るなら、ナショナリズムにいくほうがいい■右傾化さえできない若者たち■右翼と左翼の違い■「希望は戦争」論争■格差とルサンチマン■セキュリティと移民排斥■ナショナリズムは一過性のもの?

 現代の「生きづらさ」について、気鋭の2人、雨宮処凛(あまみやかりん)さんと萱野稔人(かやのとしひと)さんが対談されたものを書籍化した本です。
 この本を読みながら、僕は「なるほどなあ」と納得するのと同時に、「でも、みんなが立ち上がって『生きづらさ』や『働かなくても生きる権利』を主張したとしたら、誰が彼らを『食べさせる』のだろう?」と感じてしまったのも事実です。結局のところ「生産する人」がいないと社会は先細りしていくばっかりですし。

 でも、こんな話を読むと、「お前ら『生きづらい』なんて言ってないで働けよ!」と言う自信も僕にはなくなってしまうのです。

萱野:不安定な労働現場のなかでもとくにスポット派遣(携帯電話のメールアドレスを登録しておくと、「明日仕事できませんか?」というメールがきて日雇いの仕事を斡旋され、そのつど現場にいく、という派遣形態)に特徴的だと思うんですが、そういう労働現場では賃金などの条件が悪いだけじゃなく、ほとんど人間扱いされないんですよね。そもそも名前で呼ばれないし、いきなり怒鳴られたり罵倒されたりする。『生きさせろ!』(雨宮さんの著書)では、そのあたりのこともすごくよく書かれていました。


雨宮:私が聞いて一番びっくりしたのは、引越し屋のケースです。スタンガンで脅されながら働かされた、と。これは犯罪ですよね。引越し屋さんは派遣の人が多くて、現場の正社員の指示で働きますよね。そのときに「おまえら、ぜったいお客さんとしゃべるな」とかいわれるらしいんです。そもそもお客さんとしゃべることを禁じられていたら働く喜びはないですよね。「ぜったいしゃべっちゃいけない」という縛りを与えて、とにかく黙々と俺の言うことだけを聞いて働け、と。しかも、スタンガンで脅されながらというのは……。


萱野:派遣の人たちが荷物を運んでいるところをスタンガンで脅すんですか? すさまじいですね、それ。


雨宮:最近、私は、22歳の派遣の男性が、労災の事故で亡くなった裁判にいっています。ジュースの缶の製造工場に派遣でいって、彼一人だけ昼休みに、真夏の猛暑のなかで働かされていた。そして踏み台から転落して頭を打って、3ヵ月間意識不明のあと亡くなったという事件です。
 本来、二人一組でやらなくちゃいけない危険な作業だったそうです。だけど、現場にいる正社員は昼休みをとっていて、彼は一人で危険な作業をやっていて転落した。
 現場の正社員は、裁判で「なんで派遣の彼を一人で働かせたのか」と聞かれても、「なんで自分たちが、関係ない、よその会社の人の面倒までみなくちゃいけないんだ」と平然としていました。
 派遣で一番怖いのは、受け入れる側A(派遣先)のそういった意識ですね。受け入れる側は、派遣の人はよその会社の人だから関係ないと思っているし、派遣会社も人を「商品」として「いくらでも使ってください」とどこかに勝手にぶち込むだけですから。

 スタンガンですよスタンガン!これは極端な例(であってほしい)と思うのですが、「こういう仕事で働く」のと「引きこもる、あるいはホームレスになる」という2つの選択肢のうちのどちらを選ばなければならないとしたら、それでも「働く」ほうを選ぶか?という話です。
 いや、僕は正直、「それでも働く」という人がいるのが信じられない。人間って、本来は「はたらきたい」存在なのでしょうね、たぶん。自分がやっている仕事を基準に、他人に「働け!」と言うのは、傲慢なことなのかもしれません。「そりゃあ、お前と同じ条件なら、俺だって働くさ」って人も多いはずで。
 まあ、「じゃあ、俺と同じ仕事をお前もやってみろよ!」とか言い返したくなるのも僕の本音ではあるのですけど。
 みんな、けっしてラクじゃないから、どこかで「優越感」に浸りたいのかもしれません。


いまネットで話題になっている、こんなエントリがあります。

図書館がホームレス排除に苦心しているとかいう件についての私からの提案 - planet カラダン

このエントリを読んで、僕は、この『「生きづらさ」について』の中のこんなやりとりを思い出しました。

萱野:下へ下へと向かう圧力については、フランスにも似たような現象があります。
 たとえば、まえにもお話しましたが、フランスで移民排斥を唱える極右政党の支持者の多くは、移民と同じ地域に住み、同じような生活環境のもとで暮らしている貧困層です。
 貧困層にとってみれば、生活保護などの社会保障は唯一の頼みの綱ですよね、でも、日本と同じようにフランスでも福祉や社会保障の予算はどんどん削減される傾向にあって、年々、受給資格は厳しくなるし、受給額も少なくなっています。貧困層にとっては厳しい現実です。しかし彼らは、そうした現実を移民のせいだと考えてしまう。自分たちがもらうべき社会保障を、本来はもらう権利のない外国人の移民たちが不当に横取りしている、だから自分たちがもらう分が減っているんだ、と。
 つまり彼らは、自分たちの生活を守るために、移民という、より不利な立場におかれている人たちを排除することに向かうわけです。
 ちなみにフランスの場合、いまの時代をよくあらわしていると思うのは、そうした移民排斥が「セキュリティをむしばむ外国人」というイメージとむすびついているところです。日本でもしばしば「治安が悪化したのは外国人犯罪の増加のせいだ」というようなことがいわれますが、フランスではそれが社会保障の問題にもかかわっているのです。

(中略)

 2005年の秋にフランスで大規模な暴動が起こりましたよね。そのとき車がたくさん燃やされました。でも、あの燃やされた車のもち主って、隣に住んでいる貧困層なんですよ。


雨宮:ベンツなどの高級車ではなく。


萱野:そう。中古の中古みたいなものを何年ものローンでやっと買ったのに、それが暴動で燃やされてしまった。


雨宮:そこの町全体が貧困地域ということですね。


萱野:そうです。燃やされてしまったほうが、いきおい移民に反感をもちますよね。で、治安(セキュリティ)を守るために移民を排斥せよ、という声が貧困層からさらに強く出されるようになる。
 ただこれはちゃんと確認しておいたほうがいいのですが、あのときの暴動って、フランス全体で見ると白人系のフランス人もかなりそこに参加していて、「移民の暴動」と考えるのは本当はまちがいなんですよ。でも現実には「移民の暴動」というイメージが流布し、それが貧困地域における「白人」対「移民」という人種的な対立へと帰着してしまった。

件のエントリのコメントやトラックバックでは、「図書館を避難場所にしているホームレス」と「図書館の一般利用者」が「対立するもの」として言及されているものがみられました。実はそれって、「弱いものたちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く」という構図になっている点では、この「フランスの外国人労働者問題」とよく似ているように感じるのです。
こうやって、「善良な一般市民」が「ホームレス」を叩くことによって漁夫の利を得ているのは、企業に遠慮して中途半端な貧困対策しかできていない「権力者」の側なんですよね。今の世の中のシステムだと、現在ホームレスをやっている人が撲滅されたら、そのすぐ上の階層の人たちが次のホームレスになるだけのことです。
図書館からホームレスを排除すること」だけでは、たぶん、何も変わりません。
ホームレスと一般市民が図書館の使用権について争っているのを横目に、読みたい本はAmazonでどんどん注文して、読み終わったら片っ端から捨てるかブックオフに売る人もいる。そもそも、本当に「抗議すべき相手」は、図書館には寄り付かないよ。


それにしても、いまの日本というのは、労働力が大安売りされている国ですよね。
(ところが、中国で製品を作ったり、外国人労働者を雇うと、もっと安くあがると企業側は主張するわけです)

100円ショップは、原価100円以上の品物を「100円」で売っています。
なぜそれが可能かというと、彼らは「倒産した、あるいは倒産しそうな製造業者の在庫を現金で安く買い上げている」のです(業者は少しでも現金が欲しい状況なので、原価500円の包丁でも50円で売るわけです。「お金にならないよりマシ」だから)。
しかし、そうやって安い包丁が流通することによって、製品を正価で売っている業者は、どんどん売上を落としてしまうのです。そして、彼らもまた潰れていく。
消費者にとっては、いま「安くて良質な包丁が手に入る」ことは喜ばしいことのように感じられるかもしれませんが、これが続けば、最終的には、包丁を作る人は絶滅してしまいます(最後に残った企業の寡占になる、という可能性もありますが)。
長い目でみると、それが消費者にとって、プラスになるのかどうか?

僕は最近、「モノの値段があまりに安くなりすぎること」が怖いんですよ。
それは「企業努力」だと言うけれど、物資の原価が急激に下がることは考えにくいので、いちばんそのしわ寄せがきているのは、そこで働いている人たちなんですよね。
消費者は、もう少し「痛み」を共有すべきなんじゃないか、あまりに劣悪な環境で作られた「安すぎる商品」を拒絶すべきなのではないか、と僕は感じています。「慈善」じゃなくて、「近い将来の絶望を防ぐため」に。
でも、「労働力を安く買い叩かれている人たち」もまた「消費者」なわけで、みんな「お金が無い」から、「安いものを選択せざるをえない」のも現実なんだよなあ……まさにネガティブスパイラルだ……

某有名人材派遣業者の「登録カード」の甘い罠(活字中毒R。)
↑のようなエピソードを読んでいると、ほんと、いまの世の中って、「自分の足を食って喜んでる蛸」みたいなものだと思うよ。

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