琥珀色の戯言

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網間村の物語


 この広い世界のどこかに、網間村という小さな村がある。
 この村のはずれに、ひとりの男が住んでいた。
 この男、滅法力が強くて乱暴者だが悪知恵もあり、周囲の村人たちにさかんに狼藉をはたらき、盗む、犯す、殺すのやりたい放題。
 村人たちも頭をかかえ、あるときには一念発起してこの男の家に夜討ちをかけたが、どこから漏れたのか返り討ちに遭い、多くの血が流れた。
 困り果てた村人たちは、男にひとつの提案をすることにした。
 「一年に一度、村の若い娘を生贄として差し出すから、これ以上村の者たちに迷惑をかけないでほしい」と。
 男はその提案を受け入れ、生贄にされた娘たちは、新しい娘が贈られると使い古しの草履のように殺され、捨てられた。

 村人たちは、生贄になる娘たちの境遇を憐れみ、涙した。だが、家に戻ると、「今年の生贄はうちの娘じゃなくて、よかったのう」と囁き合った。
 村人たちは、身近なところで起こる「悲劇」を、内心、楽しみにさえしていたのだ。
 どうせ、うちには娘はいない。うちの娘の器量では、選ばれることはない……

 ある年のこと、娘が生贄となることに決まった父親は、泣きながら叫んだ。
「私はこんなやりかたには、ずっと反対だったのに」と。
 周りの人々は、彼をたしなめた。
「この村が平和なのは、生贄を出すようにしたおかげだ。だいたい、お前だって、自分の娘が生贄になるまで、反対だなんて言ったことはなかったじゃないか」

 父親は首を吊り、娘は生贄にされた。父親の遺体には、数えきれない傷とアザがあったという。

 人々にとって、この父親の悲劇もまた、感傷の涙を流せる良い機会でしかなかった。
 そして、人々は翌年もまた同じように生贄を出した。
「かわいそうに」「綺麗に生まれてしまったから……」と嘆きながら。

 村人たちは言う、「生贄のおかげで、この村は平和なのです。だから、生贄になるのは名誉なことだし、生贄はみんなのために耐えなければなりません」


 たしかに、この村は、いまも「平和」だ。

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