琥珀色の戯言

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【読書感想】ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか ☆☆☆☆


ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか (PHPビジネス新書)

ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか (PHPビジネス新書)

内容紹介
DeNA社員の著者が、ソーシャルゲーム・ビジネスの実態をエキサイティングに解説!
日本中が不況に泣いていた時期から右肩上がりを続けるソーシャルゲーム市場。
それはいま、日本の産業のなかで唯一世界を牽引しているといってもいいほどに進化した市場なのである。
毎日目にするソーシャルゲームのテレビCMを見ていても、ユーザーでない人にとっては、一体なぜここまで儲かっているのか不思議でならないだろう。
本書では、その秘密について、ゲームをしない人にもわかりやく解説、他産業へのヒントとなるノウハウを可能なかぎり抽出した。
無課金ユーザーの重要性や、高学歴ゲームクリエイターの存在、そしてリアルタイムマーケティングの実態など、これからのビジネスのヒントがつまった一冊。


ああ、これは本当に「容赦のない本」だなあ、と読みながら考えていました。
ファミコン時代からの「ゲーマー」である僕は、「ソーシャルゲーム」に対して、「単純な内容の手抜きゲームに、ガチャなどの中毒性を加えて、ハマった人からお金を巻き上げまくる悪のシステム」みたいなイメージをずっと持っていました。
(とはいえ、「少しは遊んでいる」のですけどね実際は)


この新書、ありがちなタイトルではありますが、内容は、東大卒で実際にDeNAで働いていた著者が「ソーシャルゲームがお金を生む仕組み」を書いたものです。
ソーシャルゲーム」というと、ネット上などでも叩かれがちで、これまで、さまざまなメディアで言及される際にも「依存症患者に対する取り組みが求められる」という「合法ドラッグ」的な扱いばかりでした。
しかしながら、著者は、そういう「社会的な問題」にあえて踏み込まずに「産業としてのソーシャルゲームのすごさ」を淡々と語っています。
「盗人猛々しい!」なんて怒る人もいるかもしれませんが、これを読むと、「ソーシャルゲームがあれだけの収益をあげている秘密のは、優秀な人間が、いかにユーザーにお金を使わせるかを、シビアに追究しつづけているから」だということがわかります。


この本の最初の部分を読んでいて驚かされたのは、「ソーシャルゲーム産業」の規模の巨大さでした。

 実態として、この10年の間、日本中他のどこを探してもこの業界ほど急成長したものは他にはない。2008年に突然現れ、降って湧いたようなお祭り騒ぎが始まった。
 DeNAは7期連続の売上・営業利益の最高記録更新中で2011年度決算は売上1452億円(対前年129%)、営業利益634億円(対前年113%)、GREEは売上1582億円(対前年246%)、営業利益827億円(対前年166%)。
 2000年12月末から2011年12月末、このおよそ10年の間で上場企業5000社弱の売上高成長率をランキングにしてみる。そこで1位に輝くのは、ほかでもないDeNAの4977%である。2位の楽天3739%や5位のカカクコム1499%を大きく引き離す数字である。
 まだ社歴10年にも満たない2004年設立のGREEはこのランキングには当てはまらないが、2011年9月に時価総額5000億円を突破し、ゲーム業界では任天堂ソニーに次ぐ規模にまで躍り出た。
 ゲームは日本を代表する産業、そう考えると海外で大きく成長しているのでは? という声もあるだろう。だが二社ともその売上の大半が日本でのものなのだ(海外では2007年に設立したシリコンバレーZyngaが最大手のソーシャルゲーム企業であり、DeNAGREEと近い軌跡で成長を遂げている)。

 「ゲームが売れなくなった」「開発費が高騰するばかり」と、不景気な話ばかりのゲーム業界のなかで、「ソーシャルゲーム」の大手二社、DeNAGREEは「ふたり勝ち」なのです。
 しかし、いままで長年日本のゲーム業界を引っ張ってきた任天堂ソニーの次にGREEというのは、マイコン時代からのゲーマーである僕にとっては、衝撃的な話ではあります。
 あんなすぐに作れそうなカードゲームみたいなのばっかりの会社に、カプコンコナミセガが負けているのか……って。


ソーシャルゲーム嫌い」の人こそ、この本を読んでみるべきなんじゃないかと、僕は思うんですよ。
ソーシャルゲーム」=「社会問題」という切り口にばかりなりがちで、「嫌悪派」は、ハマる人たちは愚かなのだと、半ばバカにしてきたところがあります(すみません、僕もちょっとそう思っていました)。
でも、この本を読むと、「ハマる理由」もわかるし、どこまでがセーフなのか、と考え込んでしまうのです。
いまの「見えないものに値段がつく社会」で、「ソーシャルゲームのヒーローになって、承認欲求を満たすこと」は、そんなに愚かなことなのだろうか?
著者が述べているように、「ソーシャルゲーム」というのは、これからの日本にとって、大きな「産業」となりうるのではないか?


著者は「ソーシャルゲーム開発の現場」を、こんなふうに語っています。

 彼らはゲームクリエイターというよりも、ウォールストリートのヘッジファンドアナリストだ」と評されることも多い。ソーシャルゲーム大手の採用基準に数学科の博士号という項目が並んだのは、採用担当の気まぐれではない。
 DeNAの2011年新卒入社44名のうち東大卒19名、京大卒6名と、半分以上がトップ国立大学で占められる。2012年に打ち出した「新卒でも年収1000万円」は優秀なエンジニアを採用するための破格の待遇である。
 なぜクリエイティビティを尊ぶゲーム業界において、これほど高学歴な人材を求めるのか。それはマーケティングのあり方が変わり、クリエイティビティよりも情報集積やパターン認識といった学歴と符合する能力が問われるようになったからだと言える。

2009年にZyngaからリリースされ、6週間で1日のアクティブユーザー数が1000万人に達したという「Farm Ville」というゲームの開発現場は、こんな様子だったそうです。

 この「Farm Ville」、1タイトルのためだけに1000台以上の仮想サーバーが活用され、クラウドコンピューティングインフラが整備された。一体何をするのか。
 ユーザーがクリックして耕して育てた農作物を収穫したり、友人にアイテムを送ったりすると、10分以内にデータを取り込んでデータウェアハウスに反映し、ゲームプランナーや開発者たちが分析に用いる。700テラバイトにもおよぶ超大量のデータベースの分析を通して、アイテムの出現率や出現に必要な時間、など「チューニング」と呼ばれるパラメーターの可変作業が行われる。
 ソーシャルゲームにとってゲームを開発してリリースするまでは「前工程」に過ぎない。
 二割の完成度でリリースしたゲームを、開発人員よりも多くの企画・デザイナー・プログラマー人員を投じて、ゲームの内容やパラメーターをユーザーの最適値にまでブラッシュアップし続ける。
 必要なのはゲーム史や遊びに詳しい発想豊かなアイデアマンではなく、多変量解析によって要素の重点抽出ができる人間、モンテカルロ解析を使った無数の乱数シミュレーションで確率的問題を解答に導ける人間。
 博打要素が強く投資の見極めが難しいゲームの世界にも、左脳の世界が侵食し、確率的にそのリスクをおさえこもうという動きが始まっている。

この本を読んでいると、ソーシャルゲームというのは、運営している頭の良い人たちからすれば、壮大な「社会実験」をやっているような興奮を味わえるものなのかもしれないな、という気がしてくるのです。
彼らにとっては、「数学的、統計的な理論を実社会に反映させて、結果をみることができる、絶好の機会」。
とはいえ、その「駒」として、多額のお金を使ってしまい、生活が苦しくなる人や、未成熟な子どもが熱くなってしまうことによる「被害」も、現実には存在します。
「俺たちで『実験』しやがって!」と憤りたくもなるけれども、ソーシャルゲームを運営する側も、僕が思っていた以上に「必死でやっている」のも事実です。
この「ソーシャルゲームのシステム」は、日本にとって、次の「輸出産業」になる可能性もあります。


ソーシャルゲームを「輸出」するのが正しいのかどうか?
それが退屈な日常の気分転換になっている人も、まちがいなく存在するわけで、「遊びにお金がかかる」ことは、仕方が無いことではないか?


これほど、課金する側の「手口」(といっては人聞きが悪いので、「テクニック」と言い換えましょうか)を、わかりやすくちゃんと明かしている本は、ほとんど無いと思います。
そして、そのテクニックは、別に違法なものではありません。
ソーシャルゲームというのは、ゲームとしてはシンプルに見えるけれど、「人はなぜゲームというものに夢中になるのか」を、突き詰めていって、さらに「お金を払ってプレイしてもらうためのノウハウ」を加えた、まさに「最先端の情報産業」なのです。


著者は「日本でソーシャルゲーム(でお金を稼ぐシステム)がこれだけ繁栄した理由」を、こう述べています。

「人を集める力」「人を熱狂させる力」「熱狂をお金に変える力」という21世紀型商品の成功要素を、日本のソーシャルゲームという業界が達成できた要因には、まず携帯電話をとりまくインフラのイノベーションがあった(「ハード」「プラットフォーム」「コンテンツ」の三つのインフラが日本でのみ整っていた)。
 次にその土台の上にのせる「人を熱狂させる」ゲームという商品では、売り方の劇的な革命、マーケティングイノベーションが起こった(アイデアから顧客までの距離が史上類を見ないスピードで縮まり、商品の売り方が劇的に変わった)。
 そして売り方の変化は、消費者の使い方の変化へと導かれる。人は関係性から生まれ、関係性を慈しみ、関係性に執着する。ソーシャルを集客の道具ではなく、価値を生みだす源泉として、そのソーシャル自体を商品にしたソーシャルイノベーション(「関係性を遊びとする」「ユーザーがコンテンツになる」「ユーザーが成長する」)、これらの背景があって第一章で見たような日本ソーシャルゲーム市場の栄華の時代が生みだされた。


正直、いまのソーシャルゲームの形で、この繁栄がどこまで続くかは疑問です。
でも、「人を集め、熱狂させ、熱狂をお金に変えるシステム」は、いまの「カードゲーム主体のソーシャルゲームの時代」に終わりが来たとしても、さまざまな形で、繰り返し、登場してくるはずです。

ソーシャルゲームなんて、ゴミみたいなものだ」
そう思っている人にこそ、ぜひ読んでみていただきたい新書です。

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