琥珀色の戯言

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【読書感想】向井理を捨てた理由 ☆☆☆


向井理を捨てた理由

向井理を捨てた理由

内容(「BOOK」データベースより)
普通のバーテンダーをスカウトし俳優・向井理に育てたマネージャーはなぜ「別れ」を選んだのか?向井理のインタビュー「決断」収録。


僕は向井理さんのファンというわけではないのですが、この強烈な「釣りタイトル」と、『ナインティナインの上京物語』を読んで、「芸能マネージャーの仕事」に興味がわいてきたので購入。


1時間くらいで読める、字も大きめで読みやすい本です。
いきなり結論を言ってしまうと、「向井理さん関連のものなら、何でも欲しい」という大ファンか、芸能マネージャー志望の人、そして、著者の田島さんの関係者以外にとっては、ちょっと割高な本だな、という感じです。


向井さんのファンではなく、芸能マネージャーの仕事に興味がある僕としては、「芸能マネージャーって、具体的にどんな仕事をするんだろう?」という詳細な内容とか、「有能なマネージャーだった著者の仕事術(どうやって仕事を取ってくるのか)」などを期待していたのですが、「とにかく熱意が大事!」「私はがんばった!」みたいな話が大部分です。
いや、本人にとっては、多分その通りだったのでしょうけど、他人が読んで参考にするのは難しい。


向井さんをスカウトした経緯から、売れっ子になるまでの過程は、ファンならすごく楽しめると思います。
端からみると、「こんなに順風満帆な芸能人生もあるんだな」なんて驚いてしまうのですが、それでも、当事者からすれば、いろんな迷いもあったみたいです。


この本のタイトルにもなっている「著者が向井理さんのマネージャーをやめた理由」は、出産・育児のためでした。
敏腕マネージャーとして活躍していた著者に、会社も、夫も、「仕事を続けること」を勧めます。
子供のころ、両親の離婚を経験しており、何事も中途半端にはできない性格の著者は、「子どもとずっと一緒にいたほうがいいのではないか」と悩みます。


そんな著者が、最後に相談した相手が、向井理さんだったのです。

「私ね、実は迷っているんだ……」
 電話に出た向井は無言で話を促します。
「仕事に復帰するか、子育てに専念するか……」
 向井にはずっと「復帰する」と話をしていたのです。
 私は唇をギュッと噛みました。そうでもしないと、涙があふれてきて、歯止めが利かなくなりそうだったのです。
 向井は即答でした。
「こうちゃんとの時間は今しかないし、かけがえのない宝物な時間だと思う。
 母親に許された特権。
 もし、自分に子どもがいたら、妻にはそうして欲しい。
 だから、今はこうちゃんとの時間を大切にして。
 数年前の俺なら、辞めないでと言ったかもしれないけれど、今は大丈夫だから。
 俺のことは心配しないでください」
 その言葉に救われました。


この本を読んでいると、向井理さんの「大人っぷり」が伝わってきます。
(まあ、最初の仕事に大遅刻してきた、なんてエピソードもあるんですけどね)
このとき、著者は「仕事をとるか、育児をとるか」で追いつめられていたのですが(本当に真面目な人なのです、田島さんって)、向井さんは、このときのことを、こう語っています。

 この仕事を続けることで、マネージャーとしての願望を満たし、幸せを得ることはできるかもしれません。でもマネージャーとしての幸せは、本来の人間としての幸せに比べれば、根本的な幸せじゃないですから。
 それに、子どもが大きくなればまた仕事もできますし。マネージャーは人と人との仕事なので、一度やめたからといって、田島さんが培ってきたつながりを全部捨てなければいけないってものじゃないですからね。

「幸せ」を定量化し、比較するのは、難しいことだと思います。
ただ、向井さんは、「どちらかに決めること」に取りつかれてしまっている著者を冷静にみて、「将来的には、両立させることも可能なんだから」と視野を広げてアドバイスしていたのです。
 また、橋本さんというマネージャーに対して、この本のなかで、こう話しています。

 現在は、田島さんはもう仕事のパートナーではないので、いま仕事の上でいちばん信頼している人間は橋本さんです。
 橋本さんでなかったらここまで来ていない、そういう実感もあります。

もちろん、橋本さんは有能なマネージャーなのでしょう。
でも、こういう本のなかで、「今のマネージャー」にも、ちゃんと気くばりをしている向井さんは、たいしたものだなあ、と僕は感心してしまいました。
そして、田島さんの著書でそう明言できる、向井さんと田島さんの信頼関係にも。
「著者を圧倒的に美化しないといけない雰囲気」になるじゃないですか、こういう本に載せる話って。


先日読んだ『ナインティナインの上京物語』の著者は、ナインティナインの上京直後を献身的に支えたにもかかわらず、結局、吉本興業に「更迭」されてしまいました。
僕はあの本を読みながら、「なぜ、ナインティナインは、その更迭に抵抗しなかったのか?」と疑問だったのです。
もちろん、良い気持ちはしなかったでしょうけど、ナインティナインは、マネージャー交代を結果的には受け入れたんですよね。
あれだけ強い信頼で結ばれていたはずなのに。


この本を読んで、あらためて考えてみると、タレントとマネージャーは、お互いの性格的な相性だけではないんですね。
そのタレントが現在いるポジションによって、必要なマネージャーのタイプが変わってくるのです。
デビューしたとき、売れっ子になっていくとき、安定期に入ったとき、それぞれ向いているマネージャーは違う。


田島さんの場合は「育児のための辞職」だったのですが、向井さんは「卒業」の時期であることを理解していたのかもしれません。
そこで、うまく別れることができたからこそ、その後もプライベートでは良い関係が続いているという面もあるのです。


実は、僕がこの本のなかで、いちばん面白いと思ったのは、著者の元上司である、ホリエージェンシーの社長、小野田丈士さんの話でした。
以下、小野田さんの話から。

 マネージャーという職業自体、定着率はあまり高くありません。やっぱり、大変な仕事ですからね。
 合う・合わないがいちばんでしょう。
 適性があるかどうか、それがすべてです。
 マネージャーに向いているのは、エンターテインメントの世界が好きな人。それしか言いようがないです。
 性格的なことは関係ありません。明るいマネージャーもいますし、暗いマネージャーもいます。そういうことはまったく関係ない。資質としては唯一、好きか嫌いか、それだけです。
 タレント側の適性というのも、好きという以外には何もないと思います。
 僕が知っているタレントはほとんど無口で、人見知りですから。和田アキ子がそうだし、向井もそう。慣れるまで口を利かない人が多いんです。
 だからこれも、性格的なことは関係ないのだと思います。


売れない時期から、ずっと一緒にやってきた和田アキ子さんが、レイ・チャールズと共演するコンサートを開催したときの話。

 さっきのレイ・チャールズの話でいうと、レイ・チャールズを呼んでコンサートを開くことになったとき、やっぱり和田本人は緊張するわけです。
 本番の数日前、和田はイライラしていて、誰がレイ・チャールズなんて呼んだんだ!って周囲に当たり散らしたりしていました。
 こちらは、こんなにスゴイ仕事を実現させたのにと思うんですけど、そこでカチンときちゃダメです。タレント本人はプレッシャーでイライラしているから、誰かに当たりたい。そういうこともマネージャーは理解していないといけません。
「何言ってるんだ!」と自分がキレてしまったら、それこそダメなんです。
 そのとき、僕は和田に謝りました。頼まれてもいない仕事を勝手に進めてゴメンナサイって。
 それでいいんです。
 いま、和田は酔っ払って家に帰って、自分がこれまでにしたいい仕事のビデオを見ることがあるのだそうです。
 見るのはレイ・チャールズとのコンサート映像。
 その話を聞いたときは、やっぱり通じ合っていたのだと、照れくさくもありましたが、うれしく思いました。

 タレントとマネージャーの関係は、「マネージャーがタレントに、永遠の片想いをしている」のだと、小野田さんは仰っています。
 小野田さんの話には、「マネージャーという存在の喜び」や「裏方の美学」が溢れていて、「裏方好み」の僕には、すごく面白かった。
 今度はぜひ、小野田さんが書いた本を読んでみたいものです。

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