琥珀色の戯言

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キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー ☆☆☆☆



あらすじ:アベンジャーズ』から2年後、スティーヴ・ロジャースはワシントンD.C.で暮らし、諜報機関S.H.I.E.L.D.の下で働いていたが、現代社会への適応に苦労していた。朝のジョギングの際にベテラン軍人でPTSDカウンセラーのサム・ウィルソンと知り合った後、ロジャースはジョージ・バトロック率いるアルジェリア系海賊からS.H.I.E.L.D.隊員たちを救出する任務に招集される。

参考リンク:映画『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』公式サイト



2014年14本目の劇場での鑑賞作品。
平日のレイトショー前の夕食どきの回で、観客は僕も含めて6人でした。


正直なところ、『アベンジャーズ』関連作品のなかでも、『キャプテン・アメリカ』というのは、もっとも優先順位が低いというか、「『アベンジャーズ2』の前にDVDで観ればいいかな」と思っていたのです。
予告を観ても、「まあ、いつものアメコミ映画だよな」という感じだったし、アメリカ人は、こういうの好きなんだろうけどねえ、っていう。


それでも観に行ったのは、仕事が早めに終わったし、ゴールデンウイークまで当直や祝日などの関係で、映画を観に行けそうな日がなかったので、せっかくなので消去法で選んだのです。
ネットでの評判もけっこう良かったので。


この『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』、そんなに期待していなかっただけに、観てみると、けっこう面白くて得した気分になりました。
キャプテン・アメリカの武器は「70年前レベルでは超人的な肉体」と、象が踏んでも壊れない、やたらと頑丈な盾。
この盾、フリスビーのように投げて武器としても使えるのですが、殺傷能力はかなり低い。
アベンジャーズ』仲間のアイアンマンやソーなどの「歩く大量破壊兵器」と比較すると、頼りなくて見ていられなくなります。
いいヤツで真面目なのに、弱い(っていっても、あくまでも『アベンジャーズ比』ですが)キャプテン・アメリカ
このキャラクターでヒーロー映画をつくるのは、けっこうつらいよなあ、なんて、思いながら観ていたのです。


でも、この映画は、そのハンディキャップを逆手にとって、「アナクロなヒーローだからこそ持っている、正義とか自由への信念」みたいなものを観客に強く訴えてくるのです。
いまの世の中では「世界の敵」として、人類を力で支配しようとする悪の親玉みたいなのは流行らなくて、「テロリストを根絶するための監視社会」というような「人々の自由を奪おうとする存在」のほうが、リアリティのある「敵」なのかもしれません。
で、アベンジャーズのなかで、あまり圧倒的な力を感じさせず、「人間らしさ」を持っている『キャプテン・アメリカ』が、その「もっとも非人間的な敵」と対峙することになります。
「アイアンマン」トニー・スタークが、ハイテク監視システムにハイテク兵器で立ち向かう、なんていうことになると、この映画のテーマは失われてしまいそう(というか、トニーなら、むしろそういうシステムを推進する側にまわってもおかしくない)。


「データの集積の結果、将来、犯罪を起こすことが高確率で予見される人物を、何もしていない段階で『危険を未然に防ぐ』という目的で排除することは、ゆるされるのか?」


10年ちょっと前に、トム・クルーズ主演で映画化された、フィリップ・K・ディックの短編小説『少数報告』(The Minority Report)を大掛かりにしたような計画が、キャプテン・アメリカの前に立ちはだかるのです。


ハイテク満載の車を使ったカーアクションや、ちょっと『マトリックス』っぽい、マッドサイエンティストの登場シーン、巨大宇宙船に、裏切りの連鎖のスリル。
レトロ感とハイテクが交錯し、めまぐるしく移り変わる場面に、観ていて退屈する時間がほとんどありません。
よくできているんですよ、この映画。
「でも、『キャプテン・アメリカ』じゃねえ……とお悩みのあなたにも、観終えてみると『キャプテン・アメリカ』だからこそ、こういう映画にできた」ということがわかっていただけるのではないかと。
ただ、個人的には、今回の悪いヤツ側は、やりかたが最終段階であまりにも強引だったことで「悪認定」しやすいところはありましたが、その主張そのものは「まちがっている」とは言いがたい気もするんですよね。
彼らはこう言うのです。


「もしあなたの娘が、テロリストに拉致され、命の危険が迫っている状況でも、このシステムがあれば、娘を指一本で救い出すことができるのですよ?」


この映画を観ていると、「安全」よりも「自由」のほうを優先するのが当然だと、アメリカの多くの人は確信しているということに、違和感さえあるのです。
僕だって、いつも監視されたり、「悪いことをするに決まっているから」ということでいきなりレーザーで撃たれたりしたら嫌だけれども、通り魔に襲われたり、子どもが傷つけられたりすることのリスクを想像すると、「自由は、そこまで絶対視されるものなのだろうか?」とか、考えてしまいます。
「相手は誰でもよかった」という異常者による犯罪でも、刺されたり、撃たれたりすれば痛いし、さまざまな形で、致命的に傷つけられることはある。


これからの人間は、「得体の知れない、敵にも味方にもなりうるもの」と、うまく付き合っていくしかない。
もしかしたら、「アイアンマン的なもの」こそが、最大の敵なのかもしれません。
キャプテン・アメリカは、70年前のアメリカが、今のアメリカに問いかける映画なのです。


ところで、この映画の最大の難点は「どうせ主要人物は、『アベンジャーズ2』までは死なないんだろ?」と、いう安心感を持って観てしまうことなんですよね。
今回の映画の状況は、どうみても、キャプテン・アメリカだけでは荷が重い、『アベンジャーズ案件』じゃないかとも思ったのですが……


いやほんと、なかなかの傑作ですよ『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』。
……って、あんまり観る前にハードルを上げると、「期待はずれ」になっちゃうかな。

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