琥珀色の戯言

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【読書感想】殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 ☆☆☆☆☆

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)


Kindle版もあります。

内容紹介
犯人が野放しになっている? 「桶川ストーカー事件」を手掛けた記者が迫る! 5人の少女が標的になった知られざる大事件。それを追う記者が直面したのは、杜撰な捜査とDNA型鑑定の闇、そして司法による隠蔽だった――。執念の取材で冤罪「足利事件」の菅家さんを釈放へと導き、真犯人を特定するも、警察は動かない。事件は葬られてしまうのか。5年の歳月を費やし、隠された真実を暴きだす衝撃作。


内容(「BOOK」データベースより)
栃木県足利市群馬県太田市という隣接する2市で、4歳から8歳の5人の少女が誘拐または殺害されているという重大事件。その中の一つが、あの「足利事件」である。一連の事件を同一犯による連続事件だと喝破した著者は、「足利事件」冤罪の可能性を報じて菅家さんを釈放へ導くとともに、徹底した取材によって、ついに「真犯人」を炙り出した―!


参考リンク:足利事件(Wikipedia)


 「桶川ストーカー事件」を告発した清水潔記者が、「足利事件」そして、「北関東連続幼女誘拐殺人事件」を追った記録。
 いや、「追った」というのは不正確で、清水記者は、いまでも、この事件を「追い続けている」のです。


 冤罪事件のニュースを耳にするたびに、「そんなことがあっていいのか!」と僕も憤っていました。
 自白を強要する取り調べ、有罪前提の裁判……
 でも、内心では「そういうのって、太平洋戦争後の混乱した時代だからこそ起こったことだったのだよなあ……今は、そんなことないだろうけど」と、それなりに「安心」していたのだということに気づきました。
 

 関東地方の地図を広げ、北部のある地点を中心に半径10キロほどの円を描いてみる。そこは家々が立ち並び、陽光の中で子供達が笑い声をあげる、普通の人々が普通に暮らす場所だ。
 その小さなサークルの中で、17年の間に5人もの幼女が姿を消しているという事実を知ったらあなたはいったどう思うだろうか。彼女たちはいずれも無惨な遺体となって発見されたり、誘拐されたまま行方不明となっている。しかも犯人は捕まっていない。 
 これは小説ではない、事実だ。


(中略)


 現実に、そんな状況が生まれた。いわゆる「足利事件」をめぐって。
 警察は菅家利和さんという男性を「誘拐殺人犯」として逮捕し、検察は起訴し、最高裁無期懲役の判決を下してマスコミは大きく報じた。凶悪事件に怯えていた市民は胸を撫で下ろし、それぞれの日常生活へと戻っていった。
 だが実際、菅家さんは冤罪だったのだ。不当な捜査と杜撰な証拠、虚偽の自白を根拠として、菅家さんは17年半もの間、刑務所に閉じ込められた。恐ろしいことだ。国家は、そうと決めればひとりの罪もない人間の自由を奪い、時間を奪うことができる。もっと恐ろしいことに、国家は同時に「真犯人」に特典を与えた。「時効」という名の砂時計だ。後に司法は誤りを認め、菅家さんの冤罪が判明したにもかかわらず、「真犯人」は不逮捕のライセンスを得た。
 だが――それでよいのか?
 冤罪が確定したのならば、警察は事件を再捜査すればよいのではないか? 検察も動けばよい。メディアはこの危険性を報じる必要がないのか。


足利事件」が起こったのは、1990年、いまから24年前です。
 当時、僕はもう大学生でした。
 太平洋戦争が終わった直後ならともかく、僕が大人になってからも、「冤罪」は無くなっていなかったのです。
 この事件で、有罪の大きな決め手となったのは「容疑者の自白」そして、「DNA型鑑定」でした。
 自白に関しては、取り調べのプレッシャーに耐えきれずに、という想像もできなくはないのですが、「DNA型鑑定」については、それが「客観的で、科学的」だと思い込んでいただけに、この本で詳述されている「当時のDNA型鑑定の未熟さ、杜撰さ」には、驚かされるばかりでした。

 元大幹部の反応が示すように、どこでもDNA鑑定は「絶対」だった。当時の科警研の鑑定で犯人と菅家さんは「16ー26」型で一致したとされ、「だから犯人だ」というわけだ。
 菅家さん有罪のもう一方の根拠、「自供」については、取材の結果、さまざまな矛盾点も浮かび上がってきたが、DNA型鑑定の方はどうにも壁が厚いように見える。
 しかし、調べを進めるごとに、私には綻びのようなものが見えつつあった。
 前述した通り、鑑定はあくまで「型」についてだ。同型異人は存在しうる。
 しかも、そのMCT118法はその後データベースのサンプル数が増えていくにつれて何やら危うげなことになっていた。出現率が変化しているのだ。犯人の血液型と「16ー26」型を持つ者は逮捕当時「1000人に1.2人」と言われていたが、それが93年になると「1000人に5.4人」とトーンダウンしている。4倍強である。菅家さんの弁護団の試算によれば、同じ型は足利市内だけで200人以上もいたはずだという。
 科警研が行っていた実験方法についても重大な問題を孕んでいたことが指摘されていた。92年の「DNA多型研究会」で信州大学の研究者が発表している。
 科警研の鑑定ではバンドの「型」を読み取るため、「123塩基ラダーマーカー」と呼ばれる一種の「ものさし」を使っていた。


(中略)


 ある法医学者が分かりやすく説明してくれた。
「123マーカーは、ものさしの目盛りが荒すぎたんです。分かりやすく例えれば、1センチ単位のものを計りたいのに、ものさしの目盛りが約8センチだった。それだけならともかく、目盛り自体すら狂ってしまうんです。ここが致命的でした」
 科警研も問題を認めざるを得なくなり、以後、科警研は「ものさし」を「アレリックラダーマーカー」という別の物に変更した。つまり、旧来の123マーカーの欠陥を認めたわけだが、これまで捜査に投入され、すでに裁判に証拠として提出された結果については問題ないとした。
 どういうことか。
 科警研の主張によれば、旧マーカーの結果は新マーカーに一定の法則で対応するというのだ。


 「一定の法則で対応するから」という理屈で、犯人と菅家さんの型は、再鑑定も行われることもなく、両者とも「18ー30」ということに変更されたのですが、後日、新しい鑑定法法で行われることになった再鑑定では、菅家さんは「18ー29」、真犯人は「18ー24」だったのです。
 科警研は、この「18ー24」という鑑定結果そのものを「誤って混入したDNAと考えられる」と否定しているのですが……

(菅家さんの)逮捕直後の新聞にはこう書かれていた。
<菅家容疑者 ロリコン趣味の45歳><”週末の隠れ家”借りる><この「週末の隠れ家」には、少女を扱ったアダルトビデオやポルノ雑誌があるといい、菅家容疑者の少女趣味を満たすアジトとなったらしい>(読売新聞1990年12月2日)
 警察から出た情報で書かれた記事であろう。
 西巻さんに聞けば、借家にはテープが200本以上あったという。『男はつらいよ』『インディ・ジョーンズ』『座頭市』など、一般向けの映画もあったのだが、警察は当然のようにそれらに目もくれず、アダルト系のビデオ133本を押収していった。テープは1本1本ビニール袋に入れられ、証拠品の番号が添付されている。時が止まったままの、古びた淫靡な写真が印刷されたパッケージ。外国人や熟女っぽい女性がこちらへ向かって笑みを浮かべている。記録も兼ねて、杉本純子が一本ずつタイトルを読み、手塚カメラマンがそれを撮ってゆく。『巨乳ベスト10』『Eカップ伝説』『オッパイの逆襲』『Gカップハリケーン』『妹はホルスタイン』……延々続くが、その場に立ち会いながら私は胸の中で呟く。やはり声は出さないでもらいたい。どのみち放送できない。
 とにかく、133本すべてチェックしてみたが、いわゆる巨乳系とでも言うのだろうか、一本残らずグラマーな女性のビデオだ。ロリコン物など一本も無いではないか。パッケージには定価も書かれており、容易に手に入るような市販品ばかりだ。

 清水記者は、菅家さんがよく利用していたレンタルビデオ店にも取材をしたそうですが、ロリコン物を借りた事実はなかったそうです。

 ロリコンなのか否かは、犯人像の根幹を成す重要な要素のはずだった。
 当時の捜査幹部にこの疑問を当ててみた。
 玄関先で「菅家容疑者は、本当にロリコンだったんですか?」と尋ねると、元幹部は自信満々に口を開いた。「ガサの結果もいろんなものが出てきたからね。ロリコンのビデオだとか……」
 捜査指揮をしていた幹部は、押収されたビデオはロリコン物だと思い込んでいた。この話がマスコミに流れたのか……? 疑念を感じながら、「我々も調べましたが、ロリコン物のビデオなど一本もありませんでしたよ」と伝えると、少し表情を強ばらせ、今度は特に根拠も占め様今まで「まっ、ロリコンだよ」と押し切った。重ねてその根拠を尋ねると、元幹部はいよいよ面倒臭そうに私の顔をじっと見てこう言い放ったのだ。
「だってさ、殺害した相手はみんな幼稚園児なんだからさ。三人とも幼女だからね。ロリコンに決まってるさ」
 私は、相当の間抜け面でそれを受け止めたはずだ。根拠と結論が逆転していたのだから。

 この本を読むと、「まず結論ありき」という警察・検察の強引なやり方ばかりが印象づけられてしまうのです。
 警察側としては、この「足利事件」の有罪判決でDNA型鑑定が証拠として重視され、その後もさまざまな事件において「決定的な証拠」として採用されているため、「当時の鑑定に未熟なところがあった」ことを認めるわけにはいかない、というのも事実なのでしょう。
 もう死刑が執行されてしまった事件にも、DNA型判定が「決定的な証拠」とみなされたものがあるのですから。
 しかしながら、「組織を守り、過去をほじくり返させないため」に、無実の人を罪に陥れたままでいることが正しいとは思えません。


 著者は、この本のなかで、「ルパン三世に似た雰囲気の男」を真犯人として告発しています。
 これを読んだ限りでは、その男が犯人の可能性はかなり高そうなのですが、疑問なのは、ひとりの記者に調べられたことが、警察という大組織を使っても、わからなかったのだろうか?ということなんですよね。
 この事件に関しては、警察も面子をかけて犯人を捜し出そうとしていたはずなのに……
 

 清水記者は、免田栄さんを取材したときのことを、こう語っています。
(免田事件は、1948年に起こった、初めて死刑判決に対する再審無罪が確定した冤罪事件)

 1983年に免田栄さんを取材した時のことが、忘れられない。
 脳裏に、今も焼きついているその表情。
 熊本市内で夕食を一緒に取り、帰路タクシーを拾った。後部座席で車窓に目をやっていた免田さんが、ふと思い出したように前方に顔を向けるとこう言った。
「あんた、免田って人、どう思うね?」
 尋ねた相手は運転手だった。当時熊本で「免田事件」を知らない人はいない。免田さんは続けた。
「あの人は、本当は殺ってるかね、それとも無実かね?」
 ハンドルを握る運転手は、暗い後部座席の顔が見えない。まさか本人が自分の車に乗っているとは微塵も思わなかったのだろう。
「あぁ、免田さんね。あん人は、本当は犯人でしょう。なんもない人が、逮捕なんかされんとですよ。まさか、死刑判決なんか出んとでしょう。今回は一応、無罪になったけど……知り合いのお巡りさんも言ってたと」笑ってハンドルを廻した。
「そうね……」免田さんは、視線を膝に落とした。
 人は、ここまで寂しい表情をするものなのか。
 車の移動に合わせて街灯の灯りが横顔を照らし出す。かける言葉を懸命に探してみたが、まだ若かった私は、何ひとつ口にできなかった。
 車を降りてから、免田さんはぽつりと言葉を吐いた。
「あれが、みんなの本心とですよ」


 僕は、この運転手さんを責められません。
 これまでの人生で、自分が誤認逮捕されたり、冤罪で裁判を受けたりした経験がない僕も、この運転手さんと同じくらい、日本の警察や司法を信じている、いや、信じたいと思っているのです。
 そうじゃないと、あまりにも日常が不安になってしまうから……
 何も後ろ暗いところのない人が、逮捕されたり、死刑判決を受けたりすることはないはず。
 日本の「お上」は、そんなに腐り果ててはいないだろう、と。


 この本を読んで、そんな根拠のない「自信」みたいなものが、一挙に崩れていきました。
 特定の誰かを陥れようという陰謀などなくても、組織を守るため、あるいは、個人の思い込みの積み重ねで、冤罪は生まれてしまうのです。

 
 韓国の旅客船事故への韓国政府の対応をみて、「ひどい国だ」と呆れている人は、ぜひこの本を読んでみてください。
 日本だって、そんなに立派なものじゃないのですよね。残念ながら。