琥珀色の戯言

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【読書感想】紅蓮館の殺人 ☆☆☆☆

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)


Kindle版もあります。

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

内容(「BOOK」データベースより)
山中に隠棲した文豪に会うため、高松の合宿をぬけ出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つために避難した館で死体が発見された。これは事故か、殺人か。葛城は真相を推理しようとするが、住人と他の避難者は脱出を優先するべきだと語り―。タイムリミットは35時間。生存と真実、選ぶべきはどっちだ。


 名探偵対、「探偵」という存在を嫌悪する、元名探偵。
 最近はトリック云々よりも、「いかにして密室をつくるか」がミステリのテーマになりつつあるのですが、この『紅蓮館の殺人』では、「山火事」を利用しています。
 ある日突然ゾンビが大量発生して……とかいうよりもはるかに実現する可能性はありそうですが、この作品では「事件の犯人を見つける」ことと、「生きて火に囲まれた館から脱出すること」の2つの目的を達成しなければならない、という、かなり複雑な構成になっています。
 名探偵であれば、さっさと犯人を指摘して、みんなでそいつを拘束して脱出法を考えればいいじゃないか、と思う読者もいれば、状況が状況だから、探偵ごっこよりも、まず脱出を優先すべきだろう、と考える人もいるでしょう。

 この物語はそんな簡単なものではなくて、「真実を知る、伝える人は、本当に『みんなを幸せにする』のか?」という疑問を突き付けられるのです。
 
 読みながら、僕は、アガサ・クリスティの名作『オリエント急行の殺人』を思い出していました。


 2017年の映画版の感想です。
fujipon.hatenadiary.com

僕は観ながら、ずっと考えていたんですよね。
ポアロにとって、もっともラクな選択肢は、「いやー、この事件は難しすぎて、私には解決できなかったなあ」って、みんなの前で匙を投げることだったと思うんですよ。
内心では真相がわかっていても。

しかしながら、ポアロは、やっぱり、解決せずにはいられなかった。
真実を追求せずにはいられなかったのです。
そして、解決してしまったことが、これまで「世の中には善と悪しかない」と考えていたポアロを苦しめます。
人間的な迷いを捨てて(あるいは持たずに生きて)きたポアロは、この事件を通じて、人間として生きることのもどかしさ、言い換えれば「人間らしさ」を身につけたのかもしれません。
たぶん、名探偵という仕事は、「推理マシーン」になってしまったほうが、ラクなのではないだろうか。


 この『紅蓮館の殺人』では、ふたりの探偵は、「真相をかなり早い時期に見抜いている」ようです。
 この舞台設定、とくに「元探偵がなぜここにいるのか」というのは、その偶然すぎる邂逅や予想外に隙だらけの知能犯などとともに、「やりすぎじゃない?」と思うところはあるのですが、「真実を暴かずにはいられない生き方」というのは「重苦しくて、いたたまれない」ものだよなあ、と考え込まずにはいられないのです。
 医者とかをやっていると、いろんな「告知」をしなければならないのですが、それが「事実」あるいは「統計上、もっとも可能性が高いこと」であっても、「それを伝達する存在」として、疎まれたり憎まれたりするのです。僕だって、患者として医者に会うのは、なるべく遠慮したい。
 
 行く先々で事件が起こる江戸川コナンと一緒に旅に出たいと、僕は思いません。だって、事件に巻き込まれそうだし。名探偵が必要とされるのは、大概、事件が起こったあとで、どんな名推理で犯人がわかっても、被害者は生き返らない。事件を未然に防いでしまっては、「名探偵」たりえない。

 それでも、(僕を含めて)多くの人が、名探偵の知性や、大広間に容疑者を集めて「犯人はあなたです!」と指さす行為に憧れてしまうのです。もちろん、それはフィクションの世界だから、なのだけれども。
 
 名探偵っていうのは、なろうとしてなれるようなものじゃなくて、生まれつきの「業」みたいなもののようにも思われます。
 フィクションのなかにはこんなに大勢の「名探偵」がいるのに、現実には(たぶん)存在しない。
 ほとんどの人は、警察か軍隊か病院に就職しなければ、人が死ぬような事件に直面することって、ほとんどないわけですし。

 

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オリエント急行殺人事件 (字幕版)

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  • 発売日: 2018/02/23
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