琥珀色の戯言

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【読書感想】女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち ☆☆☆☆


女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち (光文社新書)

女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち (光文社新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
「うちの子には関係ない」
「うちの孫がそんなことをするはずがない」
「うちの生徒は大丈夫」
「うちの地域は安全だ」
――そう思っている大人にこそ、読んでほしい。


◎ 本書概要
児童買春や犯罪の温床になるような仕事に就く少女について、
「特別な事情を抱えた子どもが働いている」とイメージする人は少なくないだろう。
しかし、今、家庭や学校に何らかの問題を抱えているわけでなく、
家族との仲も学校での成績もよく、将来の夢もあって受験を控えているような
「普通の」女子高生が、「JK リフレ」や「JK お散歩」の現場に入り込んできている。
「JK産業」で働く少女たちの身に何が起きているのか――。
子どもたちを取り巻く危険が大人の目に触れにくい時代、
私たちは何を考え、どう行動すべきか。
取材した少女たちの本音から、解決策を探る。


 僕は通勤で駅を利用することもほとんどないので、「都会には、こんな『JK産業』なんてものがあるのか……」と、まず驚いてしまいました。

 (秋葉原)駅の電気街口から3分ほどの場所にある神田一丁目から末広町駅までの辺りにリフレやお散歩店が密集している。
 街には、「学園系リフレ」や「メイドリフレ」「JKカフェ」など、少女が接客する男性向けの店が集まった雑居ビルがいくつもあり、外には少女たちの写真が並んだ大きな看板が出ている。
 店のチラシやホームページに詳しい住所はないので、調べて住所が確認できた店に行ってみると、2店舗はビルの中にあった。もう1店舗はマンションの一室にあり、こちらは大きな看板は出ておらず、1階のポストに店名が書かれた小さなカードが貼り付けてあるだけだった。
「こんなところで働いているのか……」
 私は少女たちの身に起こっていることを案じた。
 次に、彼女たちがいつも客引きをしている場所を探すことにした。ツイッターで「今日もケンタ前に立ってるよ!」「ケンタ前でビラ配り中。誰かお散歩連れてって〜」という書き込みをよく目にするので、スマホで近くのケンタッキーを検索する。アイドルやアニメのグッズを販売する店やゲームセンターなど、秋葉原らしい店が並ぶ通りの先に、その場所はあった。
 近づいてみると、通りの両側に6人の少女が立っているのが見えた。4人は制服で、2人は私服。1人ずつ2メートルほどの間隔を取りながら立ち、道行く男性に声をかけていた。彼女たちの前をゆっくり通り過ぎながら、様子を観察する。少女たちは上目遣いで男性たちに何かをねだっている。
 その日、ここで客引きをしていたのは6人だけではない。通りの角を曲がって見えてきた光景に驚きを隠せなかった。なんと、そこではさらに18人の女子高生が客引きをしていた。


 こんなことになっていたのか……
 「JK(女子高生)お散歩」、名目上は「女子高生が観光案内をする」ということになっているのですが、客の男性と女子高生がスカイツリーを一緒に観光するはずもなく、実際には一緒にカラオケに行ったり、食事をしたりという「デート」で、(禁止、ということになってはいるそうですが)性的なサービスが行われることも少なくないそうです。
 また、「JKリフレ」というのは、(JK(女子高生)によるリフレクソロジー=個室でのマッサージ)なのだとか。

 
 著者は、この「JK産業」で働いている少女たちを、こんなふうにみています。

「JK産業」で働く少女は、次の3つの層に分けられる。


(1)貧困層:貧困状態にあり、生活が困窮している層。

(2)不安定層:経済的困窮家庭の子ではないが、家庭や学校での関係性や健康・精神状態に不安や特別な事情を抱えている層。

(3)生活安定層:経済的にも家庭や学校における関係性的にも困窮しておらず、その他特別な事情も抱えていない層。


貧困層」の子どもたちはいつの時代も、こうした現場に取り込まれやすかった。高校時代の私は「不安定層」だったが、家庭や学校に何の問題も抱えていない「生活安定層」は、当時の現場にはいなかった。
 しかし、この1年間で出会った少女の3分の1以上、31名中11名が「家庭や学校に何らかの困難を感じていますか」という質問に「いいえ」と答えた。


 もちろん、この11名が、本当に「困難を感じていない」のかどうかは、わかりません。
 ただ、「普通」の範疇に入るような子が、割の良いアルバイトとして、「お散歩」をやっている、というのは、まぎれもない現実のようです。
 この新書のなかには、中学校時代にソフトボールで全国2位になった、という「元スポーツ少女」も採り上げられています。
 あるいは「待ち時間にはずっと勉強をしていて、短い時間で稼げる割の良いアルバイトとして『お散歩』をやっている」という少女も。
 「お散歩」という名目であっても、性的な接触を強要されるケースは少なくありませんし(実際に、多くの少女が被害に遭っています)、見知らぬ異性と二人っきりになるリスクや、金銭感覚が狂ってしまうことなどを考えれば、けっして「割が良い」とも言えないアルバイトだと思うのですが、周りの大人は、誰もそれを教えようとはしません。
 この本を読んでいて驚いたのは、「娘がどこからか稼いできたお金を巻き上げて、その5万円とか10万円の出所を確かめようとしない親」が、少なからずいることでした。
 大人の常識で考えれば、高校生がやる、ファストフードなどのアルバイトで、そんなに稼げるはずもないのに。

 私が働いていた頃から「お散歩」はあった。働いていたメイドカフェには「出張サービス」や「デートコース」といって、客の指定した場所に少女を送り、デートできるオプションがあった。しかし、当時の私たちにとってそれは、「売春するような子がするもの」であり、人目を避けて行われていた。それなのに今、お散歩やリフレで働く少女たちは堂々と街に立ち、客引きをしている。それだけで、私にとってこの光景は事件だった。
 裏社会の大人たちが「普通」の女子高生を取り込むことに力を入れたのではない。お散歩もメイド同様、一般化しているのだ。
 また、スマホSNSが普及するとともに、店はそれらを用いて求人情報を流したり、少女たちに声をかけたりするようになった。それにより、「普通」の少女が介入するようになった。

 
「家庭や学校に居場所や社会的なつながりを失った高校生を『難民高校生』と呼び、さまざまな事情や苦しみを抱えた10代の少女たちの自立を後押しする活動を行っている」著者は、この「JK産業」で働いている女子高生たちに取材をし、その生の声を紹介していきます。
 1989年生まれの著者は、女子高生たちと年齢が近く、「渋谷ギャル」生活を送り、高校を中退したのち、大学に進学し、この活動をはじめたそうです。
 僕にとっては、「何を考えているかわからない」女子高生たちなのですが、著者は、まさに「お姉さん」のように、女子高生に接し、信頼を得ていくのです。


 読んでいると、この女子高生たちの「他人との関係の危うさ」が伝わってくるんですよね。
 ある女子高生の項の最後に、著者はこう述懐しています。

「取材」として依頼し、話を聞いているにもかかわらず、この先私はほぼすべての少女に「お姉ちゃんみたい」と言われ続けることになった。そう思ってもらえるのは嬉しいが、その度に彼女たちが「関係性の貧困」の中にいることを痛感させられた。

「自分から面接に行く子もいるけど、スカウトされたほうが優先して採用されるんです」
 あまりにも嬉しそうに話すのでこの時には言い出せなかったのだが、実際にはスカウトメールは誰にでも送られてくる。店は手当たり次第に高校生を狙ってメールを送っている。


――それで面接に?


「はい。すごく緊張しました。最初は、なんでマンションの中にお店があるんだろう、変なことをされないかなと不安でした。事務所の中も普通の家みたいで全然会社っぽくなくて『本当に会社なの?』って思いました。店長も見た目が怖くて、ヤクザかと思ったんですけど、話してみたら優しかったし、ちゃんと仕事をしているって聞いたから信じました。


 初対面の人に、いきなり「お姉ちゃん」と距離を縮めてしまい、「話してみたら優しかったし、ちゃんと仕事をしているって聞いた」だけで、「店長」を信頼してしまう。
 にもかかわらず、両親や、学校の先生との溝は、深まっていく一方……
 もっと人間を、自分にとって大事な人間を、しっかり見ろよ!
 そう言いたいのだけれど、取材で浮かび上がってくる、彼女たちの周囲の大人も、彼女たちのほうを向いてはいないんですよね……
 だから、人間関係における駆け引きみたいなものにも、慣れていない。
 相手にどんな下心があるかを想像することもできず、「自分を必要としているようにみえる人」「優しくみえる人」を、ひたすら信頼してしまう。

 ーーお散歩は、週何回くらいやっているの?
「部活次第、ほんと超きまぐれです。一応出勤する前に連絡くれとは言われますけど、その他はあまり制約ないですね。遅刻しても怒られたりしないし」
 お散歩の特徴の1つは「自由出勤」。好きな時に出勤して、好きな時に帰ることができる。前の週までにシフトを出すように店から一応言われているが、客から指名予約が入っていない限り、遅刻や欠席を注意されることはなく、突然出勤してもよい。
 危険を感じたり、親に説得されたりしてやめていく子もいるが、「自由出勤」のこの仕事いは「やめる・やめない」の正式な区別がなく、出勤をやめても所属はなくならない。いつでも復帰できるため、お金が必要になると数日間だけ働いて稼ごうと戻ってくる少女も後を絶たない。巧みな手口で誘い込み、始めると簡単には足を洗えないようになっている。


 著者が取材した少女のなかには、「お散歩」をやめて、普通の飲食店でアルバイトをはじめた、という子もいます。
 でも、その子はすぐに、「お散歩」に戻ってきました。
 なぜなら、その「普通の飲食店」で、店長からセクハラを受けたから。


 今の世の中って、「普通に働くこと」への絶望感をつのらせている人が、たくさんいるのだと思います。
 というか、こんなセクハラとか、ブラック企業とかが横行しているのなら、「せめて、稼げる仕事を」っていうのは、むしろ、自然なことだと感じてしまうのです。
 ひどい目に遭って、しかもお金にもならない「普通の仕事」よりは、「お散歩」のほうが、マシじゃないのか、と。
 もちろん、そんな職場だけじゃないことは、わかっているのだけれども。

 
 著者は、現場で少女たちをみてきて、こう訴えます。

 JKリフレやお散歩で働く少女が急増した背景には、「関係性の貧困」がある。「生活安定層」の少女の介入がその例だろう。この本で取り上げた少女たちは、見守り、ときに背中を押し、ときに叱ってくれる大人とのつながりを持っていない。「JK産業」で働くか迷ったとき、仕事で危険を感じたときに相談したり、アドバイスをもらえたりする大人がいなかったのだ。青少年一人ひとりに、向き合う大人の存在が必要だ。
 不安なときや何か困ったときに愚痴をこぼしたり相談したりできる大人、親や教員には言えないことを話せる大人、「娘」や「生徒」という肩書きを外した付き合いのできる大人との信頼関係がたった1つでもあれば、彼女たちの今はきっと違っていただろう。


 ああ、本当にそうなんだろうな、と思いつつ、自分自身が、その「相談できる大人」になれる自信もないんだよなあ……
 

 「お散歩」という業態は、取り締まりの強化などで衰退してきているそうなのですが、その一方で、また新しい形の「JK産業」も出現してきているようです。
 「こういう現実がある」ということを、まずは多くの人に知って、考えてもらいたい。
 これは「他人事じゃない」のだから。

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