琥珀色の戯言

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るろうに剣心 伝説の最期編 ☆☆☆☆



和月伸宏原作のコミックを基に『プラチナデータ』などの大友啓史監督と佐藤健主演で映画化したアクション大作の完結編。激動の幕末にその名をとどろかす伝説の人斬り・緋村剣心が大切な人と国を守るべく、日本征服をもくろむ志々雄真実一派との壮絶な死闘に挑む。

参考リンク(1):映画『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』公式サイト


参考リンク(2):映画『るろうに剣心 京都大火編』感想(琥珀色の戯言)


 2014年31本目の劇場での鑑賞作品。
 平日のレイトショー前の回にもかかわらず、観客は80人くらいと大盛況でした。


 観終えての感想。
 ああ、面白かった!
 これまで、いろんなマンガの実写映画化をみてきましたが、日本でマンガを実写化した作品のなかでは、白眉というべき出来栄えだと思います。
 『京都大火編』と、この『伝説の最期編』は、前後編ではあるのだけれども、それぞれの色は全然違うんですよ。
 『京都大火編』は、観ていて、「剣心、逆刃刀なんてまだるっこしいものを使わずに、斬ってしまえ!」って言いたくなる、「人を活かす剣をふるうことの苦悩」が描かれていたのですが、この『伝説の最期編』は、志々雄真実という「ラスボス」との決着が描かれるので、「苦悩しているどころじゃない」って感じです。
 「斬るか、斬らざるか」について悩む間もなく、ひたすら、修行して、斬って、斬って斬りまくる。
 あんまり考えさせられるところはないのですが、エンターテインメントとしての楽しさ、おさまりのよさが、この『伝説の最期編』につまっているのです。
 アクションシーンが、とにかく丁寧につくられている、とくに剣心役の佐藤健さんが自ら身体を張ってやっている凄みが伝わってくるんですよね。


 前作で、あまりに「後編で解決しなければならない宿題」を持ち越しすぎたため、最後はかなり駆け足になってしまっていて、瀬田宗次郎とか、「えっ、前編ではあんなに強かったのに、そんなもんなの?」って感じの扱いでしたし、四乃森蒼紫はストーカー&隠れキャラ的な扱い。
 福山雅治さんとの修業シーンが長めで、肝心のラスボスとの戦闘ステージの時間(とくに中ボスとの戦い)が、短くなってしまったような気もします。


 福山雅治さんとのやりとりが、またカッコいいんですよ。
 イイ男が二人、真剣な表情で向かい合っていると、こんなに絵になるものなんだねえ、と。
 『るろうに剣心』の作品世界云々はさておき、美しい場面でした。


 この映画って、志々雄真実をどう描くか?というのがポイントだったと思うんです。
 志々雄真実は、ものすごく強くなくてはいけない。でも、剣心が最終的には勝たなくてはならない。
 「志々雄真実を強くみせるには、どうすれば良いのか?」の答えが、クライマックスの戦闘シーンにこめられているのです。
 志々雄は、圧倒的に強い。そして、悪い。
 その悪は「信じたものに裏切られ、どん底に叩き落されたこと」によって、生まれた悪でもあります。
 一つ間違えて、行きすぎたり、中途半端にやろうとすると、笑われてしまうキャラクターだと思うんですよ、志々雄真実って。
 でも、この映画では、「クズを演じるエキスパート」藤原竜也さんが、うまく演じているのですよね。
 『DEATH NOTE』の夜神月と同じ演技だ……と思ったのは事実なのですが、こういう「マンガ的な悪役」が、藤原さんにはなぜかよく似合うのです。
 それにしても、志々雄強いよなあ、負けてなお強し、って感じ。
 維新政府、それ絶対に、軍隊を出動させるか、船ごと沈めるべきだったのに!


 ひとつよくわからなかったのが、ラストの海岸でのあの対応。
 「わかっていない人びと」への絶望感を皮肉をこめて描いたのか、純粋に敬意だと思って良いのだろうか……
 あれだけは、観ながらよくわかりませんでした。
 あのシーン、必要だったのかな……
 

 本当に「エンターテインメントとしての完成度が高い映画」だと思います。
 前後編・4時間半におさめるために、サブキャラクターの描きかたに深みがなくなったり、唐突かつ不条理な展開もみられたりはしますが、「説明過多になってテンポが悪くなるより、ヒーロー映画、アクション映画としてのカッコよさ、心地よさを重視したのは、正解だったんじゃないかな。
 「これはヒットするよね!」と納得しながら家路につける、素晴らしい娯楽映画でした。

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