琥珀色の戯言

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【読書感想】私はテレビに出たかった ☆☆☆


私はテレビに出たかった

私はテレビに出たかった

内容紹介
巨大外食チェーン店「肉弁慶グループ」の人事部に勤める倉本恭一は
本人役で会社のCMに出ることになった…のだが、
当日まさかの遅刻で大失態をおかして代わりに上司が出演することに。
そこから恭一の「テレビに出たかった」気持ちが爆発、芸能事務所に入ることに。
恭一の身辺が少しずつ変化する中、
小学6年の娘、エリカの様子がだんだんおかしくなっていき……
今まで普通に生きてきた恭一の人生の歯車が狂い出す。
松尾スズキが描くサラリーマン小説!
朝日新聞夕刊連載の書籍化。著者10年ぶりの長篇小説。


 松尾スズキさん10年ぶりの長篇小説なのだそうです。
 そうか、そんなになるのか、『クワイエットルームにようこそ』や『老人賭博』は「長篇」じゃないものな……などと思いつつ読み始めました。
 平凡で地味で、目立つことが苦手だったサラリーマンが、ある出来事をきっかけに「テレビに出たいという衝動を抑えきれない」ことに気づき、身悶えし、苦闘する。
 そしてそこに、家族の危機や、芸能界の暗部が絡んでくる、という小説です。


 ものすごく上手いし、伏線もきっちり回収されていて、個性的なキャラクターも出てきますし、「ああ、いかにも松尾スズキさんらしい、サービス精神にあふれた『芸能界冒険小説』だな」と思うんですよ。
 ただ、この小説に「乗れる」かどうかって、読む人が、「『とにかくテレビに出たい!』という主人公・倉本恭一の強迫観念を受けいれることができるか?」なんだよなあ。
 ずっと劇団をやってきて、「テレビに出たい」あるいは「人前で何者かになりたい」という人間を見てきた松尾スズキさんだからこそ書ける小説なのだけれど、その一方で、今の御時世だと「そこまでして、テレビに出たいなんて人間、いるわけない」あるいは、「よっぽど異常な人」なんじゃないか、と感じた人もいるはず。「ユーチューバーになればいいじゃん」っていう反応もありそう。


 僕も「テレビなんか、出たくない人間」だと、自分では思っていました。
 ところが、一昨年、花火大会に出かけたとき、偶然、地元のテレビ局の取材を受けたんですよね。
 日頃は「ケッ、テレビカメラが自分に向けられても、興味ないですって、邪険に断るに決まってるだろうが!」と思っていたにもかかわらず、息子と共にアナウンサーらしき人にマイクを向けられてみると、すごい緊張とともに「相手が期待しているようなコメント」を口にしてしまっている自分に愕然としました。
 いやまあ、花火大会の会場でインタビューされて、家族の前で「お前らのインタビューなんて受けねえ!」と荒ぶっている中年オヤジ、というのも、それはそれでいかがなものか、という話ではあるのですが、素っ気なく「あっ、僕はいいです」みたいな態度をとる予定だったんですよ、それまで僕が頭のなかでやってきたシミュレーションでは。
 

 こんなにマスコミやメディアへの信用が失墜し、ネットで自ら動画配信できる時代になっても、「テレビに出る」というのは、僕にとって「特別なこと」だった。
 そんなミーハーな自分に、愕然としてしまいました。


 そういう体験があったから、僕は、この主人公・倉本恭一に、感情移入しやすかったのです。
「テレビに出る体験」って、麻薬的なものがあるのかもしれないし、それに取り憑かれる人が出るのは、けっしておかしなことじゃないな、って。


 松尾スズキさんだからこそ書ける、芸能界というか「劇団やオーディションの雰囲気」の描写も、興味深いものでした。

 受験番号1番から始まったオーディションは開始からすでに二時間半がたっている。職員が生気を失うのも当然だろう。
 その間、延々、素人たちの棒読みのような演技や、「一生懸命がんばります」といった類いの型にはまった自己紹介が機械的に繰り返されていた。どの受験生も、魅力がない。逆に魅力のなさにもこんなにバリエーションがあるのか、と、感心してしまうほどだ。
 他人の演技を見ることがこれほど退屈であるとは。


 「貧乏な劇団員」の様子が語られることは多いのですが、劇団を運営するというのも、けっこう大変そうだなあ、と。


 最後はなんというか、うまくまとまりすぎてしまっているというか(ちょっと感動したけど)、このテーマで松尾スズキさんが書くのであれば、もっと、「テレビに映りたい病にかかった中年男性が、芸能界の暗部を暴走していくような話」も読みたかったな、という気がします。
 家族の話とか、ネットとかの要素も取り入れられているおかげで、ちょっとゴチャゴチャしてしまっているんですよね。
 最後はうまくまとまっているのだけれど、どの要素も中途半端に、まとめてしまったような。
 むしろ、あまりにうまくまとまりすぎていることに対してなにか苦言のひとつも呈してみたくなる、そんな良質のエンターテインメント、と言うべきなのかもしれません。


 ちなみに、花火大会のときのインタビューは番組では使われず、僕と息子の手だけが一瞬映りました。
 僕は「手だけかよ!」「そんなもんだよね」と周りに言いながら、内心、少しだけ、がっかりしたのです。
 本当に何やってるんだか、という話なんですが、テレビカメラって、侮れないよ。