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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】ギリシア人の物語I 民主政のはじまり ☆☆☆☆☆

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

内容紹介
あのローマ人の偉大なる先人たちを描く、鮮烈な新シリーズの幕開け!
古代ギリシアの民主政はいかにして生れ、いかに有効活用され、機能したのか。その背後には少ない兵力で強大なペルシア帝国と戦わねばならない、苛酷きわまる戦争があった――。不朽の名作『ローマ人の物語』の塩野七生が、それ以前の世界を描く驚異の新・三部作第一弾!


本文より
この作品の中では、民主主義はどうあるべきとか、民主政下のリーダーはどう行動すべきか、また有権者の側はそれにどう関与すべきか、についてはいっさい言及されない。その代わり、なぜ彼らは、それまでは誰一人考えつかなかった民主政を創り出す気になったのか。また、いつ誰が、どのようにしてそれを機能させ、また国家存亡の危機に際して有権者はどう関与し、なぜそれが可能であったのか。そしてその後はどのような結果につながっていったのか、という事柄のすべてをたどることになるだろうーー


 『ローマ人の物語』を完結させた塩野七生さんによる「ギリシアの歴史」。
 どちらかというと、「塩野さんって、ギリシャの歴史はまだ書いていなかったのか」という感じではあるんですけどね。
 テミストクレスペリクレスについては、エッセイなどでは何度も採りあげておられるのですが。


 ローマを書き、ルネサンスを書き、十字軍を書き、フリードリッヒ2世を書いた塩野さんが、なぜいま、ギリシアに戻ってくることになったのか?
 この本の冒頭で、その理由について述べられています。
 第一の理由は、「私の作品の中で古代のギリシア人を取りあげたのがあの程度とは、いくら何でも失礼ではないですか、と思いはじめた」こと。

 最後になったが、ギリシア人を書く気になった理由の第二について簡単に述べておきたい。
 それは、昨今とみに耳にすることが多くなった・民主主義とは何か、民主政下のリーダーはどうあるべきか、についての論争が発端になる。この問題を声高に論ずるのは、政治家とマスメディアと、メディアに登場すること頻繁ないわゆる有識者たち。しばらく交き合っていた私もついに拒絶反応を起し、これについて論ずる新聞も雑誌も読まなくなり、テレビもチャンネルを変えるようになった。騒々しく論争しても有効な対案には少しも結びついていない、と思ったからである。
 しかし、民主政とその政体下でのリーダーたちの能力の有る無しは、一介の私人にとっても重要な問題だ。個人の努力で解決が可能な問題と、国家が乗り出してこないと解決できない問題のちがいは、厳として存在する。それで私が選んだのが、古代のギリシアに、それもとくにアテネにもどってみることであった。何と言おうが、彼らこそが民主政治の創始者であったのだから。
 というわけでこの作品の中では、民主主義はどうあるべきかとか、民主政下のリーダーはどう行動すべきか、また有権者の側はそれにどう関与すべきか、についてはいっさい言及されない。
 その代わり、なぜ彼らは、それまでは誰一人考えつかなかった、民主政を創り出す気になったのか。また、いつ誰が、どのようにしてそれを機能させ、また国家存亡の危機に際しても有権者はどう関与し、なぜそれが可能であったのか。そしてその後はどのような結果につながっていったのか、という事例のすべてをたどることになるだろう。


 ギリシアの歴史といえば、「ペルシア戦争」が、全体のクライマックスになるだろう、と僕は予想していました。
 ところが、この第1巻で、アテネでいうと、ソロン、ペイシストラトスクレイステネステミストクレスペリクレスという、アテネの民主政を代表する5人の政治家のうち、4人(テミストクレスまで)が登場してきて、ペルシア戦争も語り終えられてしまいます。
 そうか、僕が認識しているギリシャの歴史というのは、ごく短い期間だけなんだな、と。


 そして、この本を読んでいると、ギリシアの「民主政」というのは、必ずしも「みんなの意見を聞く、調整型の政治家」によってすすめられてきたわけではない、ということがわかります。
 また、「独裁者」と呼ばれている人が、他人を無視していたわけではない、ということも。


 紀元前546年にクーデターで政権を握った、ペイシストラトスについて。

 近現代の歴史研究家たちは、このペイシストラトスを、「ティラノス」(独裁者)と断ずる。これから述べる彼の治世を、「アテネが独裁者によって治められていた時代」と呼ぶほどだ。こうは悪い評価まで下さない人でも、「僭主」とは言う。クーデターで権力を掌握したのだから当然の呼称でもあるけれえど、日本の辞書にある「帝王・君主の名を僭称する者」という説明は、ペイシストラトスには当てはまらない。彼は、王を僭称したことは一度もなかった。それどころか、後世の歴史家たちから、「民主政への一里塚」と言われることになるソロンの改革には、一指もふれていない。まったくそのままで継承している。ただし、その運用の仕方となると、彼なりの「色」はつけて、ではあったのだが。

 
 ペイシストラトスは、産業を振興し、製品の質を良くすることによってアテネの経済力を向上させ、さまざまなイベントを企画して市民を楽しませることによって、20年間も権力の座に留まりつづけたのです。
 独裁者による恐怖政治、ではなくて。

 このペイシストラトスが、批判精神の旺盛なアテネで、どうやって二十年間も支配者でありつづけることができたのかを、実証的に示してくれた史料はない。だが、警察国家にしたわけではなく、反対派でも、亡命した者はいても殺された者はいず、牢獄生活を強いられた市民もいなかった。今のところにしろ、それを記録した史料は見つかってはいないのである。
 自分ではSPに守られながらアテネ市民には武器の携帯を禁じていたのは、彼が独裁者であった証拠だとする研究者はいるが、市内での武器携帯禁止は、今ならば先進諸国では普通に実施されている治安対策にすぎない。頭に血がのぼりやすい二千五百年昔のアテネ人は、議論が激化してくるとついついベルトにはさんでいた短剣を抜く、という事態になりかねなかった。以前は日常茶飯事であったアテネ市内での刃傷沙汰も、この禁止令によって過去のことになっていたのである。
 イギリス人らしく、民主主義者ということでは人後に落ちないはずの学者でも、次のように書くしかなかった。
「たしかにペイシストラトスは、専制的な統治者であった。だが、快適な専制者ではあったのだ」


 この1巻のクライマックスは、マラトンの戦いから、テルモピレーの戦いサラミスの海戦、プラタイアの戦いと続く「ペルシア戦争」です。
 映画『300』でも描かれたスパルタ軍のテルモピレーでの敢闘、そして全滅のイメージが強いこともあり、「数に勝るペルシア軍を、個々の兵士の能力と戦術でギリシャ連合軍が下した」と思っていたのです。
 しかしながら、この本で、ペルシア戦争の戦況を詳細に追っていくと、アテネテミストクレス、スパルタのパウサニアスという傑出したリーダーが、しっかりお膳立てをして、「より勝てる可能性が高くなるように」準備を重ねた結果が、ギリシア側の勝利だったんですね。
 もちろん、戦争に「絶対」は無いのですが、「一か八かの賭け」に勝った、というわけではなく、「勝つべくして勝った」のです。
 そして、テミストクレスが「戦争という事態に、いかにして有能な人物に権力を集中させて立ち向かうか」に苦心した一方で、ペルシアの王・クセルクセスは「常に周囲の意見に耳を傾けようとする、紳士的な人物」だったそうです。
 「民主政を敷く都市国家連合軍」と「王による専制政治が行なわれていた帝国」のリーダーは、それぞれの政治形態とは全く逆の人物だった、というのは面白いところです。
 民主政治は、「何も決められない政治」になりがちだからこそ、かえって、「独裁的なリーダー」が求められがちなんですよね。
 トップが無能な専制国家というのは、いかんともしがたいものではありますが。
 

 スパルタに関するエピソードは、よくこんな集団が長続きしたものだ、と圧倒されてしまいます。

 また、リクルゴスの「憲法」では、七歳から始まって二十歳で終わる未成年期の最後に来る、成年期への「通過儀礼(イニシエーション)」も決まっていた。
 二十歳に達するや、弓矢と剣と槍と盾を持つだけの半裸体で、山野に放り出される。たった一人で七日の間、生き抜いていかねばならない。盗みは、ヘロット(国家所有の農奴)相手ならば罪とされていなかったので、彼らの家畜を盗むか、いのししなどの野獣を仕留めるかで食いつないでいくのだが、寝る場所も自分で見つけなければならない。二十歳になった時期が冬季にでも当っていたりすれば、相当に厳しい試練であったろう。
 しかし、七日間が終わって寄宿舎にもどる前に行なわねばならないと決まっていた「通過儀礼」に至っては、人間性の限界を越えていた。それでもスパルタ人は、越えるとは考えていなかったのである。
 七日間が過ぎて寄宿舎にもどる若者には、不意を襲って殺したヘロットの首を持ち帰ることが義務づけられていた。これらすべてのことをやりつくして初めて、スパルタの男は成年に達したと認められるのである。

 現代人の感覚からすれば、いくら「奴隷のような存在」とはいえ、何の罪もない人間を殺して、首を持ち帰るなんて……としか言いようがないのですが、スパルタの戦士たちは、みんなこの「通過儀礼」を終えた、何の恨みもない他人を殺した経験がある男たちです。
 それは、たしかに「強い」だろうなあ、と。
 彼らが、ヘロットを「同じ人間」だとは認識していなかったのだとしても。


 塩野さん自身の「評価」よりも「歴史的事実」を中心に語られているのですが、それだけに「ギリシア=民主政治」という「公式」について、あらためて考えさせられる内容になっています。
 民主主義になんとなく倦怠感を抱きつつある今こそ、「ギリシアの歴史に戻ってみる」好機だと僕も思うのです。


ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)