琥珀色の戯言

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オシムの言葉(集英社文庫) ☆☆☆☆☆


オシムの言葉 (集英社文庫)

オシムの言葉 (集英社文庫)

出版社 / 著者からの内容紹介
名将の秀抜な語録と激動の半生
05年ジェフ市原を優勝に導き、06年より07年11月に病に倒れるまでサッカー日本代表監督を務めたイビツァ・オシム氏。数々の名言の背景にあるものとは? 文庫化に際し大幅加筆。(解説/岡崎満義)

 もう文庫になったのか、と思いつつ書店でページをめくっていたら、【文庫化に際し第10章「それでも日本サッカーのために」加筆!】というのを見つけ、加筆部分だけでも読もうと思い、買ってしまいました。
 僕は一度読んだ本を読み返すことはほとんどないのですけど(読みたい本の数に比べて、僕の余命は短すぎるので)、この本は、第1章を読み始めたらやめられなくなり、結局、文庫書き下ろしの第10章まで一度に読んでしまったんですよね。
 ここ数年のスポーツ・ノンフィクションのなかで珠玉の作品だと思います。少なくとも、『オシムの言葉』の単行本を読んでから今回の文庫版を読むまでの間には、僕にとってこれ以上のスポーツ・ノンフィクション(というより、「伝記」と言うべきかもしれませんね)は出てきませんでした。
 これを読むと、イビツァ・オシムというすばらしい人間が日本を愛し、代表監督を引き受けてくれたことに素直に感謝してしまいますし、だからこそ、「オシム・ジャパン」がオシム監督の急病という形で頓挫してしまったことが、僕には残念でなりません。
 今回あらためてこの本を読んで感じたのは、オシム監督というのは、「与えられた環境のなかで、より良いサッカーをするチームを作る」ことに最高の情熱を傾ける人なのだけれども、「最強のチームを率いる」あるいは、「何がなんでもこの試合に勝つ」ということを志向する人ではなかったのだな、ということでもあるのです。オシム監督は、ヒディング監督のような「魔術師」でもなければ、モウリーリョ監督のような「カリスマ」でもなく、本質的には、「そんなにタレントにも資金にも恵まれていないチームで自由にタクトをふるえてこそ良い仕事ができる監督」なのかもしれません。口の悪さも考え合わせると、楽天・野村監督がオシム監督に近いキャラクターなのではないかと。
 新たに書き下ろされた第10章では、「オシム・ジャパン」とオシム監督の急病について書かれています。
 僕はアジアカップでもモドカシイ試合が続いていたオシム・ジャパンに対して、「オシムでも、こんなものなのか?」と、ちょっと失望していたのですが、この本を読むと、オシム・ジャパンの試合内容は確実に進歩しており、選手たちも「手ごたえ」を感じつつあったようです。 
 岡田ジャパンは、「アジア予選は突破できる可能性が高いけれども、ワールドカップ本戦ではグループリーグで3連敗してしまうようなチーム」で、オシム・ジャパンというのは、「アジア予選であっさり負けてしまうかもしれないけれども、ワールドカップで世界を少しだけ驚かすことができた可能性もあるチーム」だったのではないかと。
 今の日本代表の試合を観ていると、「たぶん、このままではワールドカップ本戦に出場できるだけのチームなんだろうな」という、ちょっと悲しい気分になるのです。もちろん、出られないより出られたほうがいいんですけど……

単行本のときもご紹介したのですが、僕が好きだった場面をいくつか挙げておきます。
(ちなみに、いちばん感動したのは、オシム監督が戦争の影響で代表監督を辞した夜のスタッフ・選手たちだけとの祝勝会のシーンでした。あの場面は何度読んでも泣かずにはいられません)

(優勝がかかった試合で、最後に決定的なシュートを外した佐藤勇人選手へのオシムの言葉

 ミックスゾーンにいた勇人は、悔しくてたまらなかった。そこに記者が話しかけた。
「監督に、最後の佐藤のシュートが残念でしたね、と聞いたんだよ。そうしたら、『シュートは外れる時もある。それよりもあの時間帯に、ボランチがあそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか』と言われたよ」
 全身が痺れた。この人はどこまでも自分たちを見ていてくれる。その上、選手を横一線で見ているのだ。

 オシムは「羽生はそのポジションにもっといい選手がいても、どこかで使いたくなる選手だ」と言った。そう言わしめるようになっていったには当然ながら、深い過程があった。走るサッカーの象徴のような羽生はこう見ていた。
「監督は厳しいけど誰よりも選手のことを考えてくれているんです。それが求心力になっていると思います。僕も最初は練習でミスをすると、いきなり『お前だけ走ってこい!』と、開始早々にひとりだけ罰走させられて、何だよと思っていたんですよ……」
 でも、今考えてみると、さらにレベルアップできると信頼されていたからだと思えるのだ。
「監督はよくトップ下の選手が簡単に5メートル、10メートルのパスをミスしていたら、サッカーにならないと言うんです。その意味では、僕がそこ(トップ下)をやるのなら、ミスは絶対に犯しちゃいけないんですよね。練習でひとつのメニューが始まって『やれ』と言われた時に、最初はゆっくり入っちゃったりしますよね。様子を見ながら、みたいなパスを出して、たまたま受ける側もそういう気持ちで入っていると、多少ズレるじゃなですか。それで僕のパスミスみたいになる。そういうのが許されないんです。1年目からすごく言われました。すぐに『お前、走って来い』。散々繰り返されたので、僕はもう練習の1本目のパスから集中しよう、と思うようになったし、数メートルという短いパスでも、しっかり通そうという気持ちになりましたね。
 なんで1本のパスで、俺だけこんなに走らされなきゃいけないのかと当初は悔しかったんですが、それがあるから今があるんですよ」

この本の著者である木村元彦さんが、「Number.660」(文藝春秋)の特集記事「オシムの全貌。」に書かれた「智将を知るための5つのエピソード」のなかの1つ。

'02年にグラーツを去った真相に見る”潔い気質”。

 リーグ戦優勝2回、カップ戦優勝3回、チャンピオンズリーグ出場3回。就任以来、オーストリアの中位クラブだったグラーツを飛躍的に成長させたオシムは何故このチームを去らなくてはならなかったのか? クラブのハネス・カルトウニック会長との確執が原因とされている。
「中立的な立場からモノを言おう」とコメントをくれた地元紙クローネン・ツアイソンのカリンガー記者によれば、発端は会長が、常勝を求め始めたことによるという。チームは生き物であり、世代交代も含めて調子には波があることを前提とするオシムの考えは理解されなかった。
 チャンピオンズリーグ出場という歓喜から時は経ち、やがて溝は深まって行った。メディアに対し、会長が故郷ボスニアについて中傷的な発言をしたことをオシムは許せなかった。またオシムに対する給料の不払いが表面化する。クラブの経済事情を知るオシムは和解を望んだが、クラブ側は高圧的な態度に出たため、やむなく裁判に。一説によると、不払い金額は15万ユーロだったが、弁護士料なども含んで37万ユーロに膨らんだという。裁判には勝ったが、クラブの経済事情を考え、オシムは分割払いを認めた。カリンガーは言う。
「彼はカネが欲しくて裁判をしたんじゃない。その証拠に支払われたものはすべて寄付しているんだ」。クラブを去った今も、関係者の尊敬を集めており、スタジアムの道具係の人たちは、オシム夫妻が日本にいる間、グラーツの自宅の周りを自発的にパトロールしているという。

先日、オシムさんの会見が行われました。

オシム「今度は私が『頑張れ』と言う番だ」〜イビチャ・オシム氏アドバイザー就任会見(スポーツナビ(2008/6/4))

オシム・ジャパン」をワールドカップで見ることはできなかったけれど、オシムさんはまだまだ「やる気」みたいです。本当に、こうしてまた「オシムの言葉」を聞くことができて嬉しい。
そういえば、今夜の日本とオマーンの試合を観ていて、ひとつ気づいたことがあるのです。
こういう厳しい試合で、「絶対に勝たなければならない」はずのオマーン代表よりも、日本代表のほうが最後まで足が止まらなかったのは、「オシム監督の教え」が生きていたおかげではないか、って。

川口能活は言う。「監督は先発を発表するときに出せない選手に必ず謝るんです。本当は全部出したいんだ、と。すごく僕たちを大切に考えてくれる。何より選手を見るときに、すごくいい表情をされるんです」そう、その笑顔をまた見てみたい。

日本人は、オシム監督本人が第一線から退いてしまった今だからこそ、これまでの「オシムの言葉」を大切にしていくべきだと僕は思うのです。

サッカーファンだけではなく、すべての人々に、とくに「誰かにものを『教える』立場」の人には、ぜひ読んでいただきたい本です。

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