琥珀色の戯言

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向日葵の咲かない夏 ☆☆☆


向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

僕も自分の作った「物語」に自分で溺れてしまう子どもだったので、この本、なんだかあまり冷静に読めませんでした。
たぶん気持ち悪い話なんだろうなあ、と思いながらもどういうふうに収束していくのか確認したくて読み進め、最後に「やっぱり……」と深く嘆息。
この世界観の「救われなさ」は、湊かなえさんの『告白』と同じ種類のもののような印象を受けたのですが、この『向日葵の咲かない夏』は、ちょっと、「読者をミスリードするための記述」があまりにあざとい感じがして、あまり好きになれなかったんですよね。
それでも、人間の「秘められた凶暴性」みたいなものを目をそらしたくなるくらい巧みに描いていると思いますし、「気持ち悪いものを気持ち悪く書く」「安易な『救い』を提示しない」という点において、筋が通った佳作ではあります。
乙一さんの『夏と花火と私の死体』と同じように、(書ける人には)「警察機構への知識」とか「専門家としての経験」みたいなものがなくても、学校に通って、近所づきあいをしてきたくらいの「ごく普通の体験」からでも、これだけ「読ませる」ミステリは書けるのだということもわかりますし。

この作品と、道尾秀介さんの近作『カラスの親指』『ラットマン』を比べてみると、「やはり、読者も『徹頭徹尾救われない話』というのは、あまり求めていないのかな」という気がしますし、そういう読者のニーズが道尾さんの「作品の『後味』の変化」につながっているのかもしれませんね。それはそれで、なんとなく寂しくもあるのですが。

『告白』が違和感無く読める人には、オススメしてもいいかな、という作品です。
ただ、内容のわりにちょっと冗長かな。

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