琥珀色の戯言

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ルポ 貧困大国アメリカ II ☆☆☆☆☆


ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)

内容(「BOOK」データベースより)
経済危機後のアメリカでは、社会の貧困化が加速している。職がみつからず、学資ローンに追い立てられる若者たち。老後の生活設計が崩れた高齢者たち。教育や年金、医療、そして刑務所までもが商品化され、巨大マーケットに飲みこまれている。オバマ登場で状況は変わったのか。人々の肉声を通して、アメリカの今を活写するルポの第二弾。


前作『ルポ 貧困大国アメリカ』の感想はこちらです。「2」の前に「1」を読んでおいたほうが良いです。


大きな話題となった『貧困大国アメリカ』の第二弾。
しかし、こんなシンプルなタイトルで「続編」が出版されるとは、書店で見かけたときにちょっと驚きました。わかりやすいのは事実だけど、RPGじゃないんだから……オビには著者の堤さんの顔写真がバーンと載っていて、勝間和代さんの本かと思いましたよ……どうしたんだ岩波新書……

まあ、そのような感慨はさておき、この本の構成は、基本的には、前作とほぼ同様です。
現在のアメリカに巣くっている、酷い「貧困ビジネス」の数々を著者は現地での取材から告発していくのですが、今回の大きなポイントは、『CHANGE』をスローガンとしていたオバマ大統領になって、何が変わったのか?です。

マイケル・ムーアが映画『シッコ』で描いたアメリカの酷い医療情勢に対して、「公的保険制度の導入」「国民皆保険」をアピールしていたオバマ大統領。
しかしながら、彼の「医療保険制度改革」があっという間に「骨抜き」にされていった様子が、この新書を読むとよくわかります。
何も「CHANGE」しないことに失望するオバマ支持者たちの姿を読むと、アメリカ国民ではない僕でさえも、「ああ、オバマ大統領でもダメなら、もう、誰がやってもダメなのかもしれないな……」という諦念すらわいてきます。
学資ローン地獄、医療費地獄、さらには、刑務所に収監されている囚人たちすら、「英語を喋れて低賃金でも文句を言わない労働者」として働かせる国、アメリカ!

 学資ローンに対しては消費者保護法というものは存在しない。
 1998年にクリントン大統領が署名した高等教育改正法が、他のローンに通常は適用されている消費者保護法のすべてを学資ローンから削除したからだ。
 さらに2005年には、住宅ローンやカードローンでよく使われる、借り手が自己破産した場合の借金残高免責も、学資ローンの適用から外されていた。
 打ちのめされたアレンは思った。いったいこの国でどれだけの学生が、自分と同じ目にあっているのだろう? まだたかだか40数年の歴史しかないこの制度が、学生たちにとって救いではなくモンスターに変わってしまったのはなぜなのか?
 全米の大学生の3分の2が借り入れているローン総額900億ドル(9兆円)という数字は、何を意味しているのか?
 「学資ローン制度は、国民が気づかないうちに少しずつ土台から破壊され、ボロボロにされていたのです」とアランは言う。
 「もっと利子の低いローンへの借り換えや、経済的困難に陥った際の支払い猶予期間の申請など、通常借り手を保護するはずの法律は、高等教育法が改正されるたびに一つずつ外されていました。借り手である僕ら学生も、親たちも知らないうちに」
 「それらの改正を、政府はどんな理由で実施していったのですか?」
 「たとえば、取り立ての手法に関する規制を外したときの大義名分は、返済を延滞する学生が増えすぎたために引き締めの必要があるというものでした。
 確かに、1980年代の終わりの学資ローンの延滞率が増えた時期がありました。でもそれは、営利目的の学校が学生をカモにしたせいです。これらの学校のほとんどは実体がなく、大量に生徒を入学させ、学費さけを集めて連絡が取れなくなる。でも、これはほんの一時期だけの話で、実際大半の学生は真面目に返済していました」
 だが、この時の法改正によって書き加えられた借り手側の債務不履行への罰則強化は、その後返済率が95%に回復した後も引き続き適応されている。
 学生がローンの返済を一定期間以上延滞すると、政府はあらゆる手段でそれを取り立てることができるのだ。

 こんな酷い「学資ローン」のおかげで、借金漬けになっているアメリカの学生たちがたくさんいるのです。
 彼らは、「大学くらい出ておかないと、『マックジョブ』(特殊な技能や資格を必要としないような単純で賃金の安い仕事)にしか就けないぞ、と脅かされたあげく、大学に入学すると「学資ローンによる借金地獄」にハマってしまいます。

 「公的保険制度」についても、過去にはこんなキャンペーンが行われたそうです。

 1993年にクリントン大統領夫妻が医療保険改革を進めようとしていた頃に、頻繁にテレビに流れたコマーシャルがあった。
 どこにでもいそうな白人の中年夫婦、ハリー(夫)とルイーズ(妻)が、食卓に座って皆保険制度について話している。
「ねえ、保険制度が変わったらどうなるの?」と聞くルイーズに、ハリーが答える。
「皆保険制度になって政府が仕切るんだよ」
「えっ、そんな制度が実現したら保険料はどうなるの?」
「もちろん今より高くなるさ。それだけじゃない。自由な選択肢が奪われて政府が仕切るようになるし、大量の無保険者が入ってくるから、医療の質はぐんと悪くなるよ」
 医療保険会社が制作したこのCMは、新制度への恐怖を効果的にあおり、皆保険に傾きかけていた世論を180度ひっくり返すことに成功した。
 それから16年後の2009年、あの時と同じ妨害が再び起きるのではという問いに、オバマ大統領がこう答えている。
「もし保険会社や医薬品メーカーが、再びハリーとルイーズを使った広告を出したとしたら、私は大統領としてこちら側の広告を出すつもりです。
 私自らがテレビに出演してこう言いますよ、『ハリーとルイーズは嘘をついている』とね」

貧しい層どうしの反発をあおって、こんなネガティブキャンペーンを行うことが許されている「世界唯一の大国」!
そして、理想に燃えていたオバマ大統領の「医療制度改革」から「皆保険制度」が消え、「民間保険制度を維持したまま、政府が援助していく」という流れになってしまったようです。
それでは変わらないことは目に見えているはずなのに……


結局、オバマ大統領になっても、(少なくともこの1年余りでは)劇的な変化はみられていないのは間違いないようです。
アメリカは、もはや、「モンスター化した資本主義が国民を食いつくそうとしている国」のようにすら見えます。

ただ、『貧困大国アメリカ(1)』では、ひたすら、「アメリカの絶望」ばかりが語られていたのですが、この『2』では、ほんの少しではありますが、「希望」も書かれているんですよね。
オバマ大統領に失望している人たちのなかには、今回の「オバマ選挙」で、「自分たちには、大統領すら替えることができるパワーがあるのだ」とあらためて実感し、「大統領を替えてもダメなら、自分たちが大統領を動かすつもりで動いていこう」と考えるようになった人も少なくありません。
そういう「他人任せにしないで、みんなで軌道修正していこう」と思えるだけの「自信」がついたのには、やはり、「オバマ選挙」での勝利の経験があるはずです。
僕も、「自民党もダメ、民主党もダメ……」なんてニュースを観ながら愚痴るだけでなく、それこそ、メールの1通からでも「自分が動く」ことが大事なんだな、と考えさせられました。

著者の堤さんは、「あとがき」で、こんなふうに書かれています。

 いま私たちが直面している、教育に医療、高齢化に少子化、格差と貧困、そして戦争といった問題をつきつめていくと、戦争の継続を望む軍産複合体を筆頭に、学資ローンビジネス、労働組合や医産複合体、刑産複合体など、政府と手を結ぶことで利権を拡大させるさまざまな利益団体の存在が浮かびあがってくる。世界を飲みこもうとしているのは、「キャピタリズム(資本主義)」よりむしろ、「コーポラティズム(政府と企業の癒着主義)の方だろう。
 莫大な資金が投入される洗練されたマーケティング。デジタル化するメディアがそれを後押しする時、そこから身を守るために私たちには何ができるのか?
 今回取材を通して出会ったたくさんのアメリカ市民が、そのヒントをくれたように思う。
 大きな力に翻弄される政局のなか、党派にかかわらず勇気を持っておかしいと声を上げ続ける議員たちや、期待と逆行する現実に失望するリベラル派に連携を呼びかける保守派の人々。敵対していた親たちに向かって、子どもたちのためにもう一度同じものを目指そうと手を差し出す教師たち、体を張って無償治療を提供しながら、いのちの商品化を止めようと議会にのりこんでゆく医師団、どうせ裏切られるのだからと距離を置いてきた政治の世界に、自ら参加し始めた若者たち。情報の洪水のなか、手つかずの真実を届けようと体を張るジャーナリストやNGO。リーダーを動かすために自分たちが変わろうという意志のもとで新たに生まれたスローガン、「オバマを動かせ(Move Obama)」。
 大統領候補の一人だったラルフ・ネーダーは、なぜ当選の見込みが薄いのに繰り返し立候補するのかという私の問いに、こう答えた。
「国は一、二度の政権交代では変わらない。国民の判断で、その洗礼を繰り返し受けることで初めて、政治も社会も成熟してゆくのです。本当の絶望は、国民が声をあげなくなった時にやってくる。そうならないための選択肢を差し出すために、私は出馬し続けるのです。
 大統領の肌の色ではなく、ごく普通の人々の意識のなかにもたらされたチェンジが、貧困大国アメリカの未来を、微かに照らし始めている。
 民主主義はしくみではなく、人なのだ。

これを読んでいて、僕は涙が出そうになりました。
本当の「CHANGE」が始まるのは、まだまだこれから。
そして、オバマ大統領がいない、この日本でも、「CHANGE」は、けっして不可能ではありません。
……「日暮れて、道遠し」なんて言葉も頭に浮かんできますが、僕たちは、たぶん、まだ、負けてはいないのです。

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