琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

変えようとする人、変わろうとしない人

彼女にはじめて会ったとき、「おとなしくて真面目だけど、こんなハードで上からの要求が多い環境だと、つぶされてしまうんじゃないかな」と心配になった。
厳しいと評判の職場で、これまでローテーションしてきた若手たちは、男も女もやる気に満ち溢れ、「ここで頑張って経験を積んで、ひとかどの職業人になってやる!」という人ばかりだったので。

彼女と働きはじめた頃の言葉に、印象的だったものがある。
「私、『自分から積極的に何かを変える』ってタイプじゃないんだと思います。いまの結婚相手とも、『別れる理由もないから付き合い続けて、そのまま結婚した』って感じだし。世の中には長年つきあっていると、『刺激がなくなってきたから別れる』っていう人と、『別れるのもめんどくさいから、特別な理由がないかぎり、付き合い続ける』という人がいて、私は後者なんですよね。ずっと、今のままで良いのなら、それがいちばんラクというか」

ああ、それはとってもよくわかる。
僕もそういうタイプの人間だから。
それを堂々と人前で口にする自信はないけれど。

この世界では「向上心」に燃えた人たちが、「今のままじゃダメだよ」「本当の自分を探せ!」と迫ってくるし、「なんでお前は自分を変えようとしないんだ!」と責められることが多いのだ。

彼女の仕事は堅実だった。
自分からあれこれ意見を出して、周囲を引っ張っていこうとはしなかったけれど、みんなが見逃しがちなところをちゃんとフォローしていたし、やるべきことは確実にやっていた。口数が多くはなかったけれど、言葉には真摯さと優しさがあった。

彼女は自分のことを「ネクラでネガティブ思考」だと言っていたけれど、なんだか、彼女の存在そのものが、周囲を落ち着かせてくれていたように思う。

僕は「ビジネス書」や「自己啓発本」「ネットでの数々のライフハック」に触れてきて、ずっとモヤモヤしていたのだ。
結局のところ、そういうものの大部分は、人に「生きるための指針」を与えてくれるのと同時に、「お前はエースで4番にならなくてはならない」というプレッシャーをかけてくる。
でもね、幼稚園児や小学生の夢が「プロ野球選手」や「総理大臣」なのは良いことだと思うのだけど、大人になってまで、「何か他人に尊敬されるような存在」になることを目指さなくてもいいんじゃないかな。
「エース」や「ホームラン打者」になれなくても、「バントの職人」や「守備固め要員」として自分を活かす方法もあるはず。
 いや、そもそも、「スタンドでビールを飲みながら贔屓のチームの試合に一喜一憂する人」の存在がなければ、プロ野球は成り立たない。

 ところが、そういう「バイプレイヤー向き」「観客向き」の人も、なかなかそれを自分自身で受け入れることができないし、周囲も「それはやっぱり、ホームランバッターを目指すべきだよ」とアドバイスするのが正しいという風潮もある。

 もちろん「向上心」は素晴らしいものだ。
 ただ、世の中には「いまのままでふんわりと生きていきたい」という人がいて、それはけっして「悪いこと」ではないのだろうと思う。
 実際は、「いまのままをキープする」っていうことも、そんなに簡単な時代ではないけれども、そういう生き方も立派な「選択肢」のひとつなのだ。
 「ビジネスの世界」や「ネットでの議論」は、尖った方向に向かいがちだけど、みんなが上をひたすら目指し、「断る力」を駆使しまくる世界って、それはそれで、息苦しいと思いませんか?

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