琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

さいごの色街 飛田 ☆☆☆


さいごの色街 飛田

さいごの色街 飛田

内容(「BOOK」データベースより)
遊廓の名残りをとどめる、大阪・飛田。社会のあらゆる矛盾をのみ込む貪欲で多面的なこの街に、人はなぜ引き寄せられるのか!取材拒否の街に挑んだ12年、衝撃のノンフィクション。

 うーむ、難しい題材なのだとは思うけど、結局、「この街について書くのは難しいんですよ」という話だけで終わってしまった感じでした。
 12年間もかけて、こんなものなのか……という、残念さと同時に、いまの日本で、それなりに名の知れたフリーライターが手練手管を使っても(お金はあまり使っていないみたいですが)、12年間でこれくらいの「証言」しか得られない閉鎖的な場所があるのか……という驚きもあるんですけどね。
 最近のルポなどでは「AVや風俗で働く女性たち」も、比較的オープンに取材に答えたり、むしろ、積極的に「自分」を語ろうとしているように見える場合もあるので、「飛田」という「昔ながらの雰囲気を残した色街」がここまで「取材できないところ」だというのは、とても意外だったのです。

 これまで書いてきたことのおさらいになるが、飛田の「料亭」の主な構成人員は、経営者、おねえさん、おばちゃん(曳き子)の三者である。料亭の数は158軒(2010年)。一人で複数軒を持つ人もいるから、経営者は140人あまり、おねえさんは昼夜合わせて推定450人、おばちゃんは推定200人。経営者には、土地建物を自己所有している人と、家主(ほとんどが、かつての経営者またはその子ども)から借りている人がいて、どちらも飛田新地料理組合に属している。このほか、1958年当時の経営者有志が結成した飛田新地協同組合があり、持ち株形式で飛田会館と、隣接する駐車場を保有しているが、その組合員数は往時の約3分の1に減り、現在22人。多くが1958年当時の経営者の子息で、すでに飛田以外に住み、他の生業についている。料理組合と協同組合に重複して入っている人は数人である。
 まとまりがいいのか。結構な大所帯なのに、公式ホームページはおろか、料亭のホームページも一軒たりともない。
 料亭の経営者らが昔からよく利用する喫茶店の主は、
「飛田の中のことは、外の者がさわったらあかんのよ」
 と言う。いつまで経っても、
「どや、このごろ?」
「ぼちぼちだぁ」
「そらよかった」
 と、実のないやりとりを「お愛想程度」にするだけだそうだ。

 いまや「風俗営業」も、ネットで情報を集める客が多い時代です。
 そんななか、こんなに「閉鎖的」では、商売として成り立っているのだろうか?と疑問にもなるのですが、「色街」の独特の雰囲気に憑りつかれてしまう男もまだまだ少なくないようです。
 働いている女性たちは、(かなり年齢に幅がありそうなことを除いては)一般的な風俗産業で働いている人たちと、あまり変わりはなさそうなのですけど。


 著者は実際に接することができた「おねえさん」について、こんなふうに書いています。

 話半分に聞くとしても、「好きでこの仕事をやっている」は、あり得ない。男に騙され、捨てられ、お金のために飛田に来た。親きょうだいの貧困のために売られてきた公娼時代と、変わらないではないか。かろうじての違いは、少しは外の世界で仕事をしてから飛田に来ているということだろうか。神戸女学院出身だという彼女を除き、三人が三人とも、親の十分な保護を受けて育っていない。これまでの生活史の中で、経済的な苦労をしない時がなかった。見本にすべき暮らしぶりを知らないまま易きに流れ、今に至っているだけだ。結果、自分の墓穴を掘り続ける。

 
 この街の「料亭」の経営者たちには、「こういう世界でしか生きていけない女性もいるのだから、これは人助けでもある」と言う人が少なくないそうです。
 その一方で、「違法なことをやっているのは事実だから、あまり大きく採りあげてほしくない」という態度も示すし、「料亭」で働く「おねえさん」を確保しておくために、さまざまな手段をとるのです。


著者とある料亭の経営者とのやりとりの一部。

――すごく儲かる?


経営者:ひと月に、600万、700万、売り上げる子もいました。500万売り上げても、取り分が250万ありますやん。家賃20万払ったところで、150万、200万の借金はすぐに返せる。一日に30万売り上げても、そこから女の子に渡すのは1万。女の子の取り分の14万のうち13万をこっちが取っていくんですわ。『一日でも早く返せ』『シビアな気持ちになれ』って、お金に執着心を持たせるんですわ。『うちが拾ってやったから、あんたまともに借金返していけてるねんで』って。半年くらいで、ちょっと緩めてやる(渡す額を増やしてやる)んです。すぐに借金を返させて、辞められてしもたら何してるか分からへんから。服買え、宝石買え、寿司食べろ、焼肉食べろと、ある程度自由にお金を使わせてやる。贅沢を覚えるし、親にもせびられ、また借金をつくる。


――ホストクラブも覚えさせるんですね?


経営者:そうそう。そうやって、長く(女の子を)使うことを考えるんです。うちは、客が女の子を外に連れ出すのを御法度にしているから、女の子は軟禁状態ですわ。携帯番号を聞かれたら、「ママに怒られます」と言えって。仕事終わった後、お客が「送っていく」というのもNG。わたしの言うとおりに頑張ってくれると、いじらしくなってきますよ。

これが「やり手の経営者」の言い分なのだそうです……
「色街の風情を遺している」なんていうけれど、実際は「貧困ビジネス」。


 いちばん印象的だったのは、飛田で働く女性が、他の店の店員にやたらと厳しくあたる描写でした。

 本書には書かなかったある女の子と、ミナミの居酒屋で会った時、彼女は生ビールのジョッキが汚れていたとアルバイトの若い女性を頭ごなしに怒り、料理の運び方がなっていない、客をバカにしているのかと声を荒らげた。自分が”上”の位置にいるとの誇示と、普段抑圧下にいるストレスの発露だと思う。そうした幼稚な言動は、時として、差別用語となって露呈する。「あいつは朝鮮や」「あいつら部落や」「(生活)保護をもらう奴はクズや」といった耳を疑う言葉を、飛田とその周辺で、幾度となく耳にした。

 弱いものたちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く。
 自分が苦しんでいる原因ではなく、自分よりさらに弱いものを責めることによって、心の平安を得ようとする人々。
 人は、自分に余裕がないと、他者への「想像力」を失ってしまう……
 こんな世界は、本当に「必要」なのだろうか?
 その一方で、「現状として、そういう世界でしか生きられない」という人がいて、その人たちを「利用」している人がいる……


 たぶん、近い将来には消えてゆく街なのではないかと思います。
 でも、「小さな飛田」は、日本中に、まだまだたくさんあるどころか、増え続けているような気がしてなりません。

アクセスカウンター