
崖っぷち「自己啓発修行」突撃記 - ビジネス書、ぜんぶ私が試します! (中公新書ラクレ)
- 作者: 多田 文明
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/05/09
- メディア: 新書
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世を賑わすビジネス書、自己啓発法。本当に「夢を叶えて」「年収10倍」は「誰でも実現可能」か? ベストセラー『ついていったらこうなった』の一発屋では終われない著者が、速読・整理法・プレゼン術など、あらゆるノウハウの体験取材を敢行。壮絶な挑戦の末につかんだ“成功法則”とは?
書店でこの新書のタイトルを見たとき、「ああ、これは自己啓発書の宣伝のための本」か、「自己啓発書に書いてあることのムチャさを、実践してみて笑い飛ばす本」のどちらかなのだろうな、と思いました。
そして、『ついていったら、こうなった』を書いた著者であれば、おそらく後者のほうであろう、とも。
この本の前半部分は、けっこうグダグダです。
10万部オーバーの著書を持ち、「悪徳商法や詐欺の取材では名が知れた人」でも、ライターとして生活していくのは、こんなに大変なのか……という悲哀にあふれているのですが、肝心のビジネス書もほとんど読まず、売り込みにいっては断られまくり。
私は電車のなかで『小さいことにくよくよするな!』を再度ぱらぱらとめくってみた。その中の「落ち込みは優雅にやりすごす」という一節に目を止めた。そこには「最高に幸せな人もみんなそれぞれに憂鬱や悩みや失望をかかえている。幸せな人と不幸せな人のちがいは、落ち込む回数や落ち込み度の深さではなく、その気分にどう対処するかで決まることが多い。(中略)前向きな気分も否定的な気分も一過性だとよくわかっていて、落ち込みもやがて消えると知っている」とある。
私はこの言葉を何度もつぶやきながら、嫌な気持ちも一過性のものと考えることにした。企画を直接に編集者に持ちこめただけでも良かったのではないかと前向きにとらえるように努めたのである。
結局、このときの著者の売り込みは、まったく功を奏さなかったわけで、「なんかありがちな『考えかたを変えろ』というだけの自己啓発書だなあ」と僕は感じました。
いやまあたしかに、「前向きな気分も否定的な気分も一過性」なんだけど。
前半は、「何をやってもうまくいかず、それを自己啓発書のポジティブシンキングでリセットすることの繰り返し」。
ああ、なんだかこういう「自己啓発書依存症」みたいになっている人、けっこういるのかもしれないなあ。
ところが、第三章の「速読」に関する内容くらいから、ちょっと様相が変わってきます。
私なりの読書法の型を定めて、本を読んできたが、1ヵ月たって完読できたのは、わずか4冊であった。このままでは50冊すべての本を読むのに1年以上もかかることになる。これではスピードが遅すぎる。編集者から課せられたのは半年内に50冊を読み切った上でそれらに述べられた自己啓発トレーニングにすべてトライし、自己革新を成し遂げた上で新たな書籍や番組企画を出版社やTV・ラジオ局に自ら提案して通していくということなのだから。
おびただしい数の書籍を一度読んだだけで、その内容を把握できるほど、私の頭はよくない。それゆえに、内容を把握するための再読は欠かせない。とすれば、残される選択肢は、ひとつである。限られた時間のなかで、本を速く読み、これまで一度しか読めなかった本を、二度、三度と読む。そこで、私はまず速読法を身につけるととに全精力を注ぐことにした。
僕は本を読んでいる時間そのものが好きなので、あまり「過激な速読」をしようと思ったことはないのですが、それでも、「もうちょっと速く読めれば、もっとたくさんの本を読めるかなあ」と感じることはあります。
この新書のなかで、「著者がさまざまな速読法を実践してみて、自分への向き不向きについて考えているところは、かなり参考になりました。
「速読トレーニング」にも、本当にいろんな方法があるんですね。「眼筋と毛様体筋のトレーニング」なんていうのもあるのか……
『脳を活性化する速読メソッド』という本によると、速読ができえると、「1分で1万字」くらいは読めるようになるそうですが、この方法は著者には合わなかったようです。
結局、著者は、『ほんとうに頭がよくなる『速読脳』のつくり方』という本にたどり着きます。
苫米地式ハイサイクル・リーディング法では、一行ずつ、行を飛ばさずに読むことを教える。目標として、見開き2ページ1100文字ほどを約1分で読むことを勧める。すると、200ページ10万字の本を1時間30分ほどで読み切れる計算だ。これなら、現実的な数字である。
もちろん本の内容にもよりますが、僕も平均すれば、このくらいのスピードです。
その次の章では、「整理法」の実践がなされているのですが、これを読んでの印象は、「ああ、あの整理法って、実行してみると本当に『うまくいく』のだな」というものでした。
ああいう本って、読んで「ふうん、そういうやりかたもあるんだねえ」と感心だけして、「でも、どうせそんなに変わんないんじゃないかな」っと、そのままの生活を続けるのが僕のパターン。
でも、著者がベストセラーになった『「超」整理法』を実践したものを読むと、「これなら思ったよりも簡単そうだし、僕にもできるかも」という気がしてきました。
ただし、著者は締め切りも守るし、もともとマメな人のような気もするんですけどね。
で、結局のところ、「自己啓発修行」が、著者の人生にとってプラスになったのか……というと、僕にとっては意外なことに、自己啓発書も、書かれていることをちゃんと実践すれば、けっこう役に立つし、生きていくための「武器」となりうるのかもしれません。
まず、「ちゃんと実践すること」が難しいし、速読のやりかたのように「向き不向き」もあるとは思うのですが、この本の終盤での著者の企画のプレゼンテーションを読んでいると、「ああ、これなら成功の確率は上がるだろうなあ」と感じます。
「五番勝負」でも述べた『地頭力を鍛える』には、エレベーターテストというものが述べられている。
『エレベータで社長にあい、プロジェクトの近況はどうか?』と尋ねられた。その時、30秒以内で、現状を要領よく説明できるだろか」というものだ。これをうまく説明するためには、一つに「結論を意識する」、二つ目に「プロジェクトの全体像を意識する」、三つ目に「それを簡潔に説明する」ことが重要であるという。地頭力で言うところの「結論から」「全体から」「単純に」の三つの要素で考えることで、的確な考えができるとしている。
同書ではこのように三つの形で物事を考えることを「マジックナンバー3」と言っている。「3」という数字は収まりの良い数字である。「理由には三つあります」と説明をはじめると、相手は頭に三つの入れ物を用意することになる。この箱にひとつひとつ話を入れていく。これは先方にわかりやすく説明する場合のコツである。
なるほどなあ、こういうちょっとしたテクニックを知っていて、意識していくだけでも、プレゼンテーションの内容って、変わってきますよね。
僕がこの本を最初から最後まで読んでみて、いちばん感じたのは、「自己啓発本も、そんなに悪くはないな」ということでした。
でも、著者を変えたのは「自己啓発本」そのものよりも、「いまの自分が『崖っぷち』にいるという危機感」と、「自分でなんとかして、この先の道を切り開かなくてはならない、という覚悟」だったような気がします。
「自己啓発本」は、読むだけで自分が変わったと思い込んでしまう人には、「一時の快楽を得られるかわりに、人生への意欲をしだいに奪っていく麻薬」みたいなものです。
しかしながら、「自分で試行錯誤して頑張っているのに、なかなか迷路から抜け出せない人」にとっては、「ヒント」や「きっかけ」になりうるのです。
「自己啓発書」が良いとか悪いとかじゃなくて、「自己啓発書」「ビジネス書」のなかにも、良書もあれば、枕の代わりにもならない本もある。
それは、他の書籍も同じ。
僕がこの新書で特に印象に残ったのは、「ああ、ライターとして食べていくのって、こんなに大変なんだ……」ということだったんですけどね、本当は。