琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜ、この人と話をすると楽になるのか ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ニッポン放送の大人気アナは、些細な会話すらままならないコミュ障だった!そんな彼が20年かけて編み出した実践的な会話の技術を惜しみなく披露。話すことが苦手なすべての人を救済する、コミュニケーションの極意!!


 タイトルだけを見ると「癒し系の人になるための指南書」みたいなのですが、書かれているのは、「他人との『日常会話』とか『世間話』が苦手な人のための会話術」なんですよね。
 僕もそういうのってすごく苦手なので、かなり参考になりました。
 もともと親しい人や、仕事などで、お互いの「役割」が決まっていれば、それなりにコミュニケーションをとることができるのだけれど、そうでない人と「うまく話す」のが苦手な人って、少なくないと思われます。


 著者の吉田尚記さんはニッポン放送のアナウンサー。
 大学時代は落語研究会所属だし、この御時世にニッポン放送の入社試験に受かっているし、ラジオのパーソナリティとして、『ギャラクシー賞』も受賞されています。
 どこが「コミュ障」なんだよ……という感じなんですよね。


 吉田さんは、「専門家による治療が必要な、病的なコミュニケーション障害」ではないと思われます。
 どこにでもいる、「初対面、あるいはよく知らない人との世間話が苦手」というタイプ。
 吉田さんは、「日常会話が苦手だ」という自覚があったからこそ、考え、工夫することによって、それを克服しようとしました。アナウンサーという仕事だと、知らない人との「会話の糸口」みたいなものを見つけだしていかなければならないし、いくら大手メディアの人だからといって、向こうから面白いことを喋ってくれるとは限りません。
 いきなりマイクを向けられたら、足早に立ち去ろうとする人やインタビュー嫌いの人も多いだろうし。
 取材や街頭インタビューなどでは、かなり苦労もされたそうです。


 たぶん、吉田さんのスタート地点って、僕と同じくらいの「飲み会で知らない人の隣に座るのってイヤだなあ」というレベルだと思うんですよ。
 先天的に「明朗快活、人間大好き!」という人のコミュニケーション術を真似するのは、僕には無理。
 でも、自分と同じところから這いあがろうとした人の話には、頷かされるところも多いのです。
 僕の個人的な印象なのですが、自分でコミュニュケーションが上手だと思っている人って、案外、自分のことばかり喋って、満足して去っていく、そういうタイプが多い。
 僕は、昔よりは、うまく人と話せるようになったと思う。
 その一方で、自分に関しては、「自信を持ってしまったら、その時点でダメになるんじゃないか」という気がしているのです。


 プロインタビュアーの吉田豪さんは、インタビューの前に、徹底的に相手の著書や作品などを下調べし、相手に興味を持つようにしているそうです。
 「場当たり的な愛想のよさ」では、限界があるのです。


 この本の最初のほうで、吉田さんは、こう仰っています。

 どんなに偉くなってお金持ちになっても、実のあるコミュニケーションがとれない、楽しい思いができない、もしそうだとしたらどんなに虚しい人生だろうと思いませんか。そうですよね、すべての前向きな努力、すべての欲というのは、実のあるコミュニケーションがとりたいってところに行き着くんじゃないでしょうか。釣り好きの男の目的がどうしたって釣りであるように、結局、コミュニケーションの目的はコミュニケーションであると、ぼくは思う。
 コミュニケーションが成立して、そこで感心したり共感したり、笑い合ったり幸せな気持ちになったり、そういうポジティヴな感覚を得ることなしに人は楽になれません。そこがコミュニケーションの根幹であって目的のはずなんです。
 コミュニケーションを扱うほとんどのビジネス本は、コミュニケーションをまるで通過点のように扱ってしまっている。いきなり商談のシーンが登場して、「初対面の相手にはこんな話題を選びましょう」とか「聞き手になって好感を持たれましょう」とか、相手を都合よく動かすのが目的のように語られます。でもそうじゃなくて、そのまえにコミュニケーションについて、人と話をする営み自体について、もっと考えることがあると思うんです。

 ああ、これは本当によくわかる。
 コミュニケーションは、「目的を達成するための手段」だと、いわゆるビジネス書とか自己啓発本の多くには書かれています。
 でも、日々、他者とのコミュニケーションがうまくいっていて笑いあうことができて、食べるのに困らないくらいのお金があれば、人生って、そんなに悪くないような気がします。

 コミュニケーションそのものをより深く楽しむために、コミュニケーションのスキルを磨くべきなんです。

 そうか、飲み会での知らない人との会話や近所の人との世間話が苦手なのは、「そんなことをしても、何のメリットもない」と思い込んでいるからなんだ。
 そこで、「楽しく話をすることができる」ことを目的にすればいいのか……
 僕もそういうのって苦手なのですが、「知らない人と、うまく話すことができた」ときって、なんだかちょっと、気分が良いのも事実です。

 コミュニケーションをうまくとるって、具体的にはどういうこと? そうです、エレベータがきつくなくなることです。そう考えれば気も楽ですよね。


 吉田さんは「人前で話をして大丈夫なくらいになるには、三つのステップがあった」と仰っています。

(1)自己顕示欲がなくなったこと
(2)コミュニケーションは「ゲーム」なんだと気づいたこと
(3)コミュニケーションの盤面解説ができるようになったこと


 このうちの(3)については、こんな話をされています。

 コミュニケーションには、こう来たらこう受ける、こう受けたらこう出すという「型」がたくさんある。それはある種のパターンで、反復可能だし人に教えることもできる。定石を駆使するだけで、いまこうなってるからこっちに振ってみようとか、相対的なコミュニケーションがとれるようになったんですね。

 定石って意外とあるんです。誰しもたくさん身についてる。「ありがとう」って感謝されたら「こちらこそ」って返すのも定石。「どうも」も「どういたしまして」も「そんな」も「いえいえ」も全部、定石です。そうやってずっとコミュニケーションをモニタリングしていたら、いつのまにかコミュニケーションの盤面解説ができるようになっていたんですね。それが三つ目のステップです。
 テレビでプロの棋士が、棋譜を示しながら盤面解説するでしょう。「この一手はこういう意図があって、その流れだったら次はこんな手が考えられる」みたいな分析をする。同じように、コミュニケーションをゲームと捉えると、その流れから「この質問だったらこう受けるのがベスト」とあ、「この答えだったらこっちに話を振ったほうがいい」とか分析できるんです。

 そうか、「ゲーム」にしてしまって良いんだな、と。
 こういうのを聞くと「そんな定石通りの会話なんて、面白くない」と思われるかもしれません。
 僕もそう感じました。
 でも、それこそ将棋に例えると、プロ棋士たちだって、将棋を覚えた最初の頃は「定石」から覚えていったわけです。慣れてきて、実力がついて、はじめて「定石を外れた、自分オリジナルの指し手」を考案していく。
 「まずは定石から」というのは、結果的に早道でもあるんですよね。
 サッカーだって、トラップもうまくできない人が、そんなのはみんなできるから、まずドライブシュートのやりかたを教えてくれ、なんて言ったら、失笑されるだけなのに、コミュニケーションに関しては、「何か特別な近道」があるのではないかと、つい考えてしまうのだよなあ。
 そういえば、お笑い芸人が、合コンのあとに参加者で「反省会」をするという話を聞いたことがあります。
 その話を聞いたときは、「なんでそんなに合コンに一生懸命なの?」って思ったのですが、彼らはまさに「ナマのコミュニケーションの盤面解説(あるいは感想戦)」をしているんですね。


 吉田さんは、「コミュニケーション巧者」になるための手段として「愚者戦略」というのを推奨されています。

 欠点から自分のキャラを戦略的につくるというのは、ひとことで言えば、そこをツッコまれてOKにすることです。相手に自分の欠点をツッコまれたとき、ヘコんだり心が折れたりするんじゃなくて、喜べなきゃいけない。コミュニケーション・ゲームをプレーするうえでは、弱点があったらラッキーなんです。
 極端な話、ハゲチビデブの人、全部ラッキー。それをネタにされてOKの人になる。自分のコンプレックスをツッコまれてもウェルカムできる。そうして自分を低く設定しておくと話しかけられやすくなるんです。ボールがよく回ってくるようになるし、パスを出す足場もしっかりする。


 吉田さん自身も「オタクキャラ」であることを「ツッコミどころ」にしているそうです。
 いやまあ、こういうのって、僕はあんまり好きじゃないし、ツッコミを入れるほうにもある種の「作法」みたいなものがあるとは思うのですが、「あまりプライドを高く持ちすぎない」のは、大事なことなのだろうな、と。
 吉田さんは「コミュニケーションというのはチームプレーであり、誰かを打ち負かして個人としての自分の評価を上げようとするのではなく、周囲をうまくサポートしてみんなが楽しくなれば、それが最良の『勝利』なのだ」とも仰っています。
 そういう意味では、「誰かの欠点を過度にあげつらう人」というのも「チームプレーができないプレイヤー」ということになりますよね。
 それでは、ハリルジャパンには選ばれない。
 

 正直、これだけでは、この本の魅力を伝えきれてはいないとは思うのですが、「コミュニケーションは勇気じゃなくて、技術なのだ」ということと、「他人と上手くコミュニケーションをとれるようになっていくのは、けっこう楽しい」ということが書かれている本なのです。


 もちろん、この本だけですべてが解決するわけではないけれど、「エレベータや飲み会が嫌いな人」は、読んでみて損はしないと思いますよ。

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