琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

フットボールの犬 ☆☆☆☆


フットボールの犬 (幻冬舎文庫)

フットボールの犬 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
きっかけは、ベオグラードへの空爆により取材予定の国際試合が中止になったことだった。民族、宗教、政治、テロ…。サッカーというフィルターを通すと、世界の矛盾や人間の業が如実に見える。本場イタリアから辺境のフェロー諸島まで、欧州16カ国のサッカー事情を徹底取材。第20回ミズノスポーツライター賞受賞の傑作ノンフィクション。


僕はそんなにサッカー好きというわけではないのですが(ワールドカップ関連の日本代表の試合はなるべくテレビで観るようにしている程度)、サッカーに関する人間模様を描いた本は、けっこう読んでいます。
やっぱり、一流プレイヤーと呼ばれる人たちが、どんなことを考えているのか、というのには、興味がありますしね。

しかしながら、あらためて考えてみると、これほど海外サッカーが日本でも大きく採り上げられ、CSでは海外サッカー中継が「キラーコンテンツ」となった最近でも、僕が知っている海外サッカーって、セリエAとか、イングランドプレミアリーグとか、スペインのリーガエスパニョーラ、ドイツのブンデスリーガのような、ごく一握りのものでしかなのです。
先日、男子日本代表チームは、タジキスタンとアウェーで試合をしましたが、ピッチは荒れ放題で、観客もそんなに賑やかではありませんでした。
タジキスタンの監督は、「まあ、日本に勝てるなんて思わないけど、とりあえず勉強させてもらいます」というようなコメントを出していて、かえって薄気味悪かったくらいですし。

僕は内心、タジキスタンのような「99.99%、ワールドカップ本大会には縁が無い国」の人たちは、自分の国のサッカーとか、代表チームを、どういうふうに位置づけているのだろうか?と、ずっと疑問だったのです。
正直、「ワールドカップには出られるし、うまくいけばグループリーグは突破できるけれども、優勝できる可能性はほぼゼロに等しい」という、男子日本代表チームがあれほどの声援に後押しされているのさえ、「みんなよくがんばって応援しているよなあ」と思うことがありますし。


この『フットボールの犬』は、そんな僕の疑問に答えてくれました。

 今回、私が選んだのは「フットボールのある日常」を感じさせるものである。厳密にそうしたテーマを常に念頭に置いていたわけではないが、特に気に入った物語を集めて並べてみると、自ずと本書のテーマとして「フットボールのある日常」が明確に像を結ぶようになった。逆に、ワールドカップやユーロ(欧州選手権)といった国際大会については、今回のテーマから逸脱してしまうように思えたので、あえて対象から外した。
 その代わり、旅の目的地については、思いきり選択肢の幅を広げることにした。ロシアのような世界最大の国土面積を持つ超大国から、フェロー諸島のような人口4万8000人余りのちっぽけな島国まで。あるいはスコットランドのような世界で2番目に古いフットボール協会を持つ伝統国から、クロアチアウクライナのような90年代に誕生した新しい国まで。

スコットランドアイスランドのちょうど中間に浮かぶ、大小22の群島、デンマークフェロー諸島のサッカー事情などは、なかなか他所では知ることができません(そもそも、フェロー諸島自体、僕はほとんど知りませんでした)。
 日本人にとっては馴染みが薄い国ですし、そもそも、こんなチームがワールドカップ予選に参加していることさえ、ほとんどの人は知らないはずです。

 総面積は、無人島も合わせて1399平方キロ。対馬の2倍ほどの土地には、およそ4万8000人の人々と、それより多くの羊、さらに多くの海鳥が暮らしている。ちなみに「フェロー」とは、現地の言葉で「羊」を意味する。
 この、総人口が東京・国立競技場の収容人員にも満たない「羊の島」は、しかしながらフットボールの世界では独自の協会(FSF)、国内リーグ、そしてナショナルチームを有した、FIFAの正式な加盟「国」である。加盟が認められたのは1988年。あと数年遅かったら、旧ソヴィエト連邦や旧ユーゴスラヴィア連邦の解体と、それに伴う相次ぐ新国家樹立のあおりを受けて、加盟は見送られていたかもしれない。
 以来15年。その間、フェロー諸島は、フットボールの世界の「端役」であり続けた。
 国際大会での出場は皆無。それどころかヨーロッパの予選では、時に0対6とか0対7といった派手なスコアで敗れ、常にグループの最下位に沈んでいる。時代劇に喩えるなら、主人公の最初の一太刀を浴びてフレームアウトするような、誰からも顧みられることもない「やられ役」。要するにフェロー諸島とは、そんなつましい存在でしかないのである。

 この本を読んでいると、そんなチームでも、いや、そんなチームだからこそ、温かい声援をおくるサポーターがいることがよくわかります。
 そして、「サッカーは国と国との戦争だ!」と物騒なことを言う解説者や、殺気立ったスタジアムがある一方で、フェロー諸島のサポーターのように、相手国の選手を拍手で迎え、国歌にブーイングをしない人たちもいる。
 もちろん、国威発揚という意味では、代表チームが強いほうが良いのでしょうけど、「けっしてワールドカップに出ることはないであろうチーム」を持つ国の人たちにも、「この試合で、競合国にひと泡吹かせてやろう」なんていう期待があるし、「相手チームのスター選手を観る」という楽しみもあるのです。
 そういうサッカーとの付き合い方も、悪くない。


 著者は、トルコで、こんな光景を目の当たりにしたそうです。

 明けて、ダービー当日の日曜日。私はヨーロッパ側のエミノニュの桟橋から、アジア側のカラキョイに向かうシーバスに乗り込んだ。目的地は、フェネルバフチェのホーム「シュクリュ・サラジオウル」。ボスポラス海峡の潮風が、何とも心地よい。ヨーロッパからアジアまでの航路は、およそ20分。そこからは、フェネルバフチェのチームカラーである黄色と青が溢れ返る、まさに異世界であった。点在する土産物屋を辿っていけば、自然とスタジアムが見えてくる。人ごみを避けながら、10分ほど歩いただろうか。しかしその間、今日の対戦相手であるベシクタシュのサポーターの姿は、まったくもって見かけなかった。いくらフェネルバフチェのホームゲームとはいえ、それでもダービーなのだから、多少は白と黒(ベシクタシュのチームカラー)が見られてもよいはず。ところが視界に入ってくるのは、どこまでも黄色と青ばかりである。
 やがてスタジアムに到着して、謎は氷解する。アウェイサポーター専用ゲートをつぶさに観察していると、単なる通行人を装っていた男たちが、そそくさと入場していくのが見える。彼らベシクタシュのサポーターは、城と黒のマフラーやレプリカをバッグの中やジャンパーの下に隠しながら、張り詰めた想いで、敵地にやって来たのである。確かに、あの黄色と青の集団の中に、異なる色のチームグッズを身にまとうのは、ほとんど自殺行為といってよいだろう。
 こういう殺伐とした光景を目にするたびに、あらためてJリーグの素晴らしさを実感する。わが国では、たとえダービーであっても、2種類のチームカラーが混在しながら、整然とスタジアムを目指す光景が当たり前となっている。トルコ人が見たら、きっと腰を抜かさんばかりに驚くだろう。決して皮肉ではなく、こうした平和な光景を、わが国はもっと世界に誇ってよいと思う。

 この本のなかでは、「世界各地のマイナーなサッカー事情」が紹介されています。
 そして、良くも悪くも、「日本のサッカー」というのも、世界レベルでいえば、「マイナー」でしかないのです。
 どちらが正しいというのではなくて、どんな国にも、その国なりのスポーツ文化、サッカー文化があり、それを支え続けている人たちがいる。

 スポーツとしてのサッカーにしか興味が無い人には、やや物足りないところもあると思われますが、僕にとっては、いままで知ることができなかった「世界のサッカー文化」を知ることができる貴重な一冊でした。
 なんのかんの言っても、日本は「国民とサッカーが、もっとも良い関係を築いている国」のひとつなのでしょうね。

アクセスカウンター