- 作者: 小林よしのり
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2012/08/22
- メディア: 単行本
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3・11以降、「原発」を巡る議論が日本を二分しています。
保守言論人の多くは、福島第一原発の事故後も「原発推進派」ですが、著者は国土や国民の命を「保守」するために「脱原発派」として論陣を張ります。
保守でありながら、即時全原発廃炉を主張する著者が、政府や東電の嘘、「自称保守」言論人の欺瞞を暴きます。
推進派がたびたび唱える
「原発を再稼働しなくては電力不足に陥る」
「原発を保有することは、核兵器保有に準ずる抑止力となる」
「低線量の放射線ならば問題ない」
等々は、さまざまな嘘や欺瞞に満ちています。
データの意図的な改竄や、保守言論人の勉強不足などが背景にありますが、これらをゴーマニストである著者が徹底的に論破します。
大飯原発が、なし崩し的に再稼働したりして、なんとなく「まあ、原発も最低限くらい動かして、やっていくのもしょうがないのかなあ……」なんていう気分になりかけていたのですが、この『脱原発論』を読んで、僕はあらためて、自分が懐柔されてしまっていることに気づきました。
というか、この本を読んでいると、原発事故は全然「収束」なんてしていないのです。
現在も危険な状態が続いていて、「多数の幸運のおかげで、なんとか最悪の事態を(いまのところ)免れている」。
本職は漫画家の小林さんでも、ちゃんと調べればわかることなのに、政府も「御用学者」たちも、ごまかしや言葉遊びでその場しのぎを繰り返すのみ。
「安全である」ことを証明したり、より安全に近づけようとするのではなく、「安全基準をゆるめて、『それまでの基準では危険だったものを安全なことにする』」という体たらく。
この本には、「どのくらいの放射線量を浴びたら危険なのか」は書いてありません。
ただ、「少量の放射線は、かえって身体に良いというのはウソ」だということ、「わからない」=「安全」ではない、ということはわかります。
少なくとも、「ある程度以上の量にさらされると生命の危険があることが証明されており、それ以下の量でも安全性は証明されていない」というものへの接触に「不安」を抱くのは当然のことです。
にもかかわらず、世間には「反原発派」を「非現実的だ」と嘲笑する人がなんと多いことか。
福島の原発事故をきっかけに、世界はどんどん脱原発にすすんでおり、「自然エネルギー産業」そのものが「成長産業」となっているのに。
むしろ、いまさら原発にこだわり続けるほうが、よっぽど「非現実的」というか「未来をみていない」姿勢ではないかと思うのです。
この本には、そういう話がキチンと書いてあって、「ああ、やっぱり原発は必要ないんだな」ということをあらためて知ることができました。
正直、櫻井よしこさんたちを『原発ブラボー団』と揶揄しているところなどは、最初は面白かったんだけど、途中から、「マンガの、絵の持つ力ってすごいなあ。もしこれが文字だけだったら、ここまで『悪いやつら』には見えなかっただろうな」って怖くなったところもあるんですけどね。
この『脱原発論』、とにかく「痛快」なんですよ。そして、「原発擁護派」があまりに凄すぎて笑うしかないところもあります。
2012年6月18日のNHK『クローズアップ現代』で、細野豪志原発事故担当相が再稼働について申し開きしていましたが、慇懃に話そうとするあまり、「被曝をしていただいた」と、とんでもない敬語(?)まで繰り出していました。
ホルミシス(低量の放射線は、かえって健康に良いという説)を信奉している人たちがバイブルとしている本、T.D.ラッキーさんの『放射線を怖がるな!』という本の紹介もすごかった。
もうこの表紙見ただけで、これはトンデモだとわかる。
この珍妙な出で立ち! 丸首の肌着丸見えで、紋付の羽織の上に帯を巻き、腹のところに刀を逆向きに差して鞘を握っているという、気がふれているとしか思えない格好の老白人の写真が表紙の本を、なぜ信じられるのか? こんな格好をする米国人、こんな写真を使う出版側の感覚は到底信用ならないと、なぜ思わないのか!?
それでも我慢して中身を読んでいくと、このラッキーなる人物、人類はむしろ放射線不足の状態で生きており、健康のためにもっと積極的に放射線を浴びるべきだと主張している! そして最も健康に良い放射線レベルは年間100ミリシーベルトだと言っている!
100ミリシーベルトとは、原発作業員に認められた5年分の最大被曝許容量である! それを1年で浴びるのが一番健康にいいというのだ。飯館村でもまだ放射線が足りず、福島第一原発事故の避難区域の大部分に除染なしで帰還できたならば、むしろ健康になるという論理である!!
- 作者: T.D.ラッキー,茂木弘道
- 出版社/メーカー: 日新報道
- 発売日: 2011/08
- メディア: 単行本
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こ、これは……
小林さんは、「T(トン)・D(デモ)・ラッキーだと、なぜ気づかない?」と仰っておられますが、いやほんと、これはあまりにすごすぎて笑うしかない感じです。
この本を「原発維持を主張する保守派は大絶賛!」らしいですよ。
ある意味、「なんてものごとの外見にこだわらない、心の広いひとたちなんだ!」と感動してしまいますが……
人は信じたいものを信じる、ということなのでしょうか……
ただし、小林よしのりさんに対しても、僕は疑問があるのです。
小林さんは、2011年の9月に出た『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』のなかでは、「日本の核武装のためには、原発廃止は危険な面がある」という持論を書いておられます。
ところが今回、第19章の「原発から核兵器のヒナが孵る?」では、
(日本に核武装する意思がない以上)仮に原発が核兵器に準ずるものだとしても、それは敵国を威嚇、攻撃するためのものには全然なっていない。
実態は、自国に甚大な被害を及ぼしかねない「潜在的自爆核兵器とでも呼ぶべき存在である。
と述べています。
いやまあ、これは、正しい方向への「転向」だと思いますよ、たしかに。
「核兵器に転用するために、原発を維持しておけ(ちなみに原発から核兵器を製造するまでに3年くらいかかるのだそうです。本当に核戦争になる場合、どこの国が3年も待ってくれるのでしょうか……)」というような妄言をずっと吐き続けるよりは。
でもね、影響力が大きい人なのだから、自分が1年前に発言した内容に対して、「以前はこう言っていたけれど、こういう理由で、いまは考えを変えた」って、きちんと説明しておくべきだと思います。
なぜ、「自分は昔からこう考えていた」というような態度をとってしまうのだろう?
「ゴーマン」と「厚顔無恥」は違うはず、というか、そうであってほしい。
この本を読んでいて、僕はなんだかけっこう元気が出てきたところもあるんですよ。
「原発維持派」(さすがに現在は積極推進派はほとんどいないと思うので)は、「原子力発電をやめる」=「テクノロジーの進化を捨てる」ことだと言います。
でも、「原発」だけがテクノロジーじゃない。
原発という「巨大な施設」ほどの見た目のインパクトはないかもしれないけれど、「省エネ家電」は確実に電力消費量を減らしているし、シェールガスの採掘技術の向上や、風力発電などの「自然エネルギー」の改良も、どんどん進んできているのです。
「原発」という「行き止まりのテクノロジー」から方向転換して、もっと安全で効率的な方向や「電力を増やすのではなくて、電力を節約する方向」のテクノロジーを進歩させていけばいい。
あたりまえだけど、「原子力発電」だけが科学技術じゃない。
小林さんは「あとがき」にこう書いておられます。
国民の無理のない節電や、企業の省エネ家電の開発・普及により、電力需要は年々減っており、その上に国産エネルギーも相次いで発見・開発されるようになってきており、さらに代替エネルギーへの移行が進むのが日本の将来の姿である。
どこに原発の必要性があるのか?
我々は10万年後の子孫に核廃棄物を残さぬという「倫理」を貫徹できるのであり、先人から受け継いできた「国土」を守れるのであり、「成長」を期待できる新産業への移行を果たせるのだ。
原発問題に「中庸」はない。これは過激な意見でも何でもない。
事故の確率は極小でも、リスクが超極大になって、国家の崩壊につながりかねない原発という古い科学は速やかに放棄して、日本が世界に先駆けてエネルギー革命を起こそうではないか。子供たちの未来は洋々としてある。
これはまさに、簡潔かつ的確に「原発がいらない理由」をまとめた文章です。
僕もこの意見に全面的に賛成します。
先ほど紹介したような「納得いかないところ」もあったのだけれど、脅迫を受けたりしながらも、これだけ「反原発の論理」を積み重ねた小林よしのりさんの志に敬意を表します。
「とりあえずいまは安全な場所で電力会社から『広告料』をもらって、『原発維持』を訴えている人たち」と、「脅迫され、命の危険にさらされ、得られるものは原稿料と印税だけという人」と、どちらが信じるに値すると思いますか?