琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】屍者の帝国 ☆☆☆☆


屍者の帝国

屍者の帝国

内容紹介
フランケンシュタインの技術が全世界に拡散した19世紀末、英国政府機関の密命を受け、秘密諜報員ワトソンの冒険がいま始まる。日本SF大賞作家×芥川賞作家、最強コンビが贈る超大作。


早逝の天才・伊藤計劃の未完の絶筆が、
盟友・円城塔に引き継がれて遂に完成!


2009年、34歳の若さで世を去った伊藤計劃
絶筆は、未完の長編『屍者の帝国』。
遺された原稿は、冒頭の30枚。
それを引き継ぐは、盟友・円城塔ーー


日本SF大賞作家×芥川賞作家ーー
最強のコンビが贈る、大冒険長編小説。
全く新しいエンタテインメント文学の誕生!


フランケンシュタインの技術が全世界に拡散した19世紀末、
英国政府機関の密命を受け、秘密諜報員ワトソンの冒険が、いま始まる。


参考リンク:伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』刊行までの経緯 - Togetter


上記で紹介されている「刊行までの経緯」を読んでいただけに、この作品を手にとるのを楽しみにしていました。
450ページもの作品を一気読みして、ほおーっと一息。


素晴らしい作品だと思います。
ずっと伊藤計劃さんが追ってきた「言葉」の力への探究を、受け継いだ盟友・円城塔さん。
円城さんが、伊藤さんのわずか30枚の「プロローグ」とプロットを基に、この作品を書いたというのを聞いたときには、「うーん、なんかすごく難しい話になっちゃってるんじゃないかなあ」と、正直心配だったんですよ。
でも、この作品は、良質のSFであり、エンターテインメントであり、そのうえ、円城さんがずっと書き続けてきた「言葉で世界を解釈すること」を、わかりやすく形にしたものでもあるのです。
「人間の意識とは何か?」そして、「意味とは解釈であり、それは言葉そのものではないのか?」


最初から100ページくらいまでを読んだ時点では、正直、「みんな高評価だけれど、これって、装飾過剰で、なんか煩わしい小説だなあ」とも思っていたんですよ。
ワトソン、とかカラマーゾフとか、フィクションの世界の有名人っぽい人たちを登場させているけど、かえって安っぽくなってない?とか。
でも、最後まで読んでみると、「フィクションの世界の有名人たちが、この作品に登場すること」には、「生者」と「死者」、「意識」と「無意識」、「虚構」と「現実」についての円城さんの思想があるのではないか、と感じました。


僕はこの作品、「伊藤さんと円城さんの友情の物語」で底上げされて、あまりに過大評価されているのではないかと思ってもいるのですが、円城さんはそんな「作品の内容以外で語られること」を承知の上で、これを書いている節もあるんですよね。
屍者の帝国』は、伊藤計劃の作品か、円城塔の作品か? あるいは、二人の作品なのか?
僕は、もしかしたら、「どちらの作品でもない」あるいは、「これを読んで解釈する読者たち、それぞれの作品」なのかな、とも感じています。


ただ、僕自身としては、ちょっと引っかかるところがあるんですよね。
うまく言葉にできないのですが、この作品は、あまりに読者に多くのものを求めすぎているのではないか、というか、僕自身が、この小説に選ばれた読者ではないのかもしれない、という不安があるのです。
この小説を「理解」するのは、たぶん、かなり多くの知識や論理的思考が必要で、僕はその要件を満たしていないのではないだろうか。
つまり、「面白かった。でも、ちゃんと読めているのか、不安」
いやいやいやいや、それこそ、「ちゃんと読む」というのこそ幻想であって、僕にとっては、僕自身が読みこなせたレベルでの解釈こそが、この作品だということで良いのかもしれないけど……


少なくとも、円城さんの『これはペンです』『魔術師の蝶』よりは「読みやすい」作品ですし、SF好き、小説好きにはたまらない一冊だと思います。
でもさ、やっぱり「簡単」ではないよね、そこが最大の魅力でもあるんだけどさ。

 人間の魂の秘奥が、パターンが、ついに解読され切ることになったら、わたしたちはやはり物質だということにならないだろうか。わたしたちの魂なるものが、こうして存在しているように感じられるのは、単にわたしたちの脳の大きさに運命づけられた理解力の不足のせいだということにならないだろうか。もしかして、解析機関たちからすれば、わたしたちの方が粗雑な機械と見えていたりはしないだろうか。

「あんたは、生命とはなんだと思う」
「性交渉によって感染する致死性の病」


伊藤計劃さんは亡くなられて、もう、新しい作品は読めない。
僕はそう思っていたのだけれど。


この『屍者の帝国』を読むと、「ああ、伊藤さんは、いままでも、これからも、ずっとここに、円城さんや僕と一緒にいるんだな。
ここに『言葉』があるかぎり」
なんだか、そんな気がしてならないのです。

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