琥珀色の戯言

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【読書感想】芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

リアルな実体験談が何よりもの参考書!芸能マネージャー陣の知られざる半生とアーティストが本気で語るマネージャーとは―――。

芸能マネージャーってどんな人がなっているの? 何を考えているの? どういう生活を送っている? 担当アーティストとどういう関係性? 「マネージャー」という言葉は聞くけれど、その実態はまだまだ知らないことだらけ。映画・音楽・ドラマ・舞台・バラエティetc.様々なエンターテイメントのど真ん中に関わるこの仕事には、人と人との出会いが奇跡を呼ぶ嘘みたいな本当の話が盛りだくさん。木村佳乃中村倫也佐々木希松坂桃李菅田将暉萩原利久杉野遥亮・夏子・TAKAHIROらが所属する株式会社TopCoat(トップコート)のマネージャー陣とアーティスト達が集ってお届けする新しい形のお仕事本。この本を読めばとっておきのOB/OG訪問にもなります! エンタメ業界に興味のある就職活動中の学生や転職を考えている現役ワーカーはもちろん、働くとは? 仕事とは? を見つめ直したい時にも手に取ってほしい1冊。そして、あなたも芸能マネージャーを目指してみませんか?


 書店で見かけて購入。僕自身が、今から芸能マネージャーに転職する、というのは現実的にはありえないのですが、ずっと「他の人は、どんな仕事をやっているのだろう?」ということに興味がありました。
 絶対にこれになりたい!という意欲もなく、周りの雰囲気に流されるような感じでいまの仕事をはじめて30年近くになりますが、あまり向いていないな、と思いながら、収入とドロップアウトした人間と見なされることへの恐怖心で、ずっと続けてきた気がします。
 もちろん、悪い仕事ではないし、嫌なことばかりではなかったのだけれど。

 以前、広瀬すずさんが、とんねるずの番組のなかで、「私、あんまり女の子っぽくないとこがあるみたいで、イルミネーションとかにわぁきれいってなるより、どうやってあんな高いとこに照明つけたのか気になっちゃう。撮影現場でも照明さんとか録音部さんとか、いろんな仕事があるの知って、どんな動機や思いでやってるんだろう、って気になってて」という発言をしたことで批判されたことがありました。

fujipon.hatenablog.com

 アイドルや俳優になりたい人の「動機」って、想像しやすいような気がするけれど、芸能マネージャーや照明・音響担当などの裏方に、なりたい、なろうと思ったのはなぜなのか?
 今考えてみると、当時まだ17歳で、表舞台で活躍している広瀬さんが、こういう疑問を抱くのは、おかしくないと思うのです。

 この本、木村佳乃中村倫也佐々木希松坂桃李菅田将暉さんらが所属している芸能事務所『トップコート』の、社長、取締役、チーフマネージャー、現場マネージャーなどのスタッフが、それぞれ「どんな子ども時代を送ってきて、何かきっかけでマネージャーという仕事に興味を持ち、『トップコート』にたどり着いたのか」「実際にどんな仕事をしていて、担当しているタレントに対して、どのように接しているのか」「どういうスタンスで仕事をして、何をめざしているのか」が半生記として、あるいは対談形式で紹介されています。


 ある30代女性の現場マネージャーは、マネージャーの資質について、こんな話をされています。

 芸能事務所の求人情報などに「元気で体力のある人、運転が出来る人」とありますが本当にそうだと思います。芸能事務所に入る前は、そんなことある? と思っていましたけど。

 この発言に対して、対談相手のマネージャーは「ドライブが好きだといいですよね。仕事によってはたくさん運転します」と返していて、ふたりで、「求人情報って、かなり的確に書かれているんですね(笑)」とまとめています。


 演歌歌手の「付き人」をやっていたことがある人もいて、付き人時代には、演歌歌手の家事など、ホームヘルパーのように付き添ってお世話をしていたそうです。
 僕のイメージでは、芸能マネージャーって、担当する芸能人が寝坊しないように起こし、あれが食べたいとか欲しいとかいう希望(ワガママ)の言いなりで、常に付き従ってお世話をし、八つ当たりなんかもされる、という感じだったんですよ。

 この本を読んでいると、『トップコート』の現場マネージャーたちは、そんなプライベートにまで踏み込んでいく「お世話係」ではないみたいです。相手が所属タレントであっても、大人として「本人がやるべきことは、ちゃんとやってもらう」というスタンスです。

 芸能人のマネージャーになろう、と思うような人であれば、人間大好き、コミュニケーション大得意!みたいな人ばかりかと思いきや、現場マネージャーは「担当するタレントとの距離感」について悩んでいるのです。
 多くの人が「車内での会話」について触れていたのが印象的でした。

 この人には、どこまでどんな風に近づくのが良いか? 私のこのキャラでそのまま行って、それで良い人と嫌な人とがいると思うので。これは仕事だからと構える人と、みんなでワイワイ楽しもう! という人と。だから最初は様子を見ます。しゃべりかけられたら応えますけど、こちらからは話し掛けない、とか。車で迎えに行き、「おはようございます」と「到着しました」しか、車内でしゃべらないこともありますよね。


 これはもう、人それぞれで、移動中も楽しくおしゃべりしたい、というタレントもいるでしょうし、会話で気を遣いたくない、眠っていたい、という人もいるはずです。同じ人でも、しゃべりたい気分のときもあれば、放っておいてほしいときもある。
 仕事の確認をするときでも、タイミングによっては、「いま、それ確認する必要ある?」と他のことに集中している担当タレントにたしなめられることもあるのだとか。
 ある程度、お互いの関係が固まってしまえば、長い移動時間でもストレスは感じなくなるのかもしれませんが、タレントには繊細な人が多く、一緒に長時間車で移動するというのは、けっこう気を遣うものみたいです。
 タレントとマネージャーも人間関係ですから、相性がある。
 ほとんどの現場マネージャーは「大きな車を運転するのが最初は本当に大変だった」とも振り返っています。

 
 「担当するタレントと『すごく仲良し』であったり、プライベートに立ち入っていく必要はない」とも言えます。
 相手にとって心地よい距離感を保ちながら、スケジュールは、訊かれたときにすぐに答えられるようにつねに準備をし、撮影中も、邪魔になったり、目立ったりはしないけれど、つねに現状を確認できる場所にいる、など、先を読み、行動していくのです。


 芸能マネージャーというと、担当している芸能人が機嫌よく仕事ができるように環境を整えていくのが主な業務だと思っていたのですが、『トップコート』では、チーフマネージャーは所属タレントの今後の方向性を共に考えながら、やっていく仕事を選んていくのです。


 松坂桃李さんは、「マネージャーの仕事」について、こんなふうに仰っています。

 例えばいつかご一緒したい監督がいるとします。いきなり直談判しても、実現するのは難しいでしょう。その監督が持つ作家性が、俳優として自分がこれまでやってきた作品とはかけ離れたものであったらどうするか? まず、その監督の作家性に近いと思える作品に挑戦します。それは、「松坂桃李はこういう作品もやります!」という名刺代わりのようなものです。そうして最終的にご一緒したい監督に焦点を合わせ、その目標を見据えて、「まずはこの作品とこの作品をやりましょう」などと計画を立てていく。
 チーフって、まさに軍師のようです。そのもとで戦場に向かうのが現場マネージャーで、戦地で実際に戦うのが我々俳優、なのかもしれません。

 そのためには、チーフマネージャーは、日頃からさまざまなエンターテインメントのジャンルに触れて、引き出しを増やしておくことが必要です。
 「この俳優が、なぜこんな作品に?」と思うような、これまでと違う路線のものに出演するのは、長期的な戦略・目標に基づいた土台づくりの場合もあるのです。


 菅田将暉さんの「マネージャーの存在」という項から。

 トップコートは、どんな事務所に見えるでしょうか? 僕としてはこの10年で変わったなあと思うのです。入所した当初と今では、事務所全体で目指すところが違うなと。良い意味で、とても流動的なのです。
 もちろん会社としての理念自体は変わっていませんが、フェイマスとかメジャーみたいなものへの志向があったところから、よりインディペンデントなもの、作家性の強い、アートなものへの関心が向かうようになったなと。『共喰い』(2013年)のオーディションは当初チーフ以外の全員から反対されましたし、そうした作品に前向きな雰囲気はなかった気がします。あの頃は(松坂)桃李君が、舞台や映画で『娼年』(2016年/2018年)をやるという未来はまだ存在していなかった訳ですから。
 メディアの在り方、芸能界全体が変化した時期でもありました。日本アカデミー賞でここ数年、インディペンデント系の映画が高く評価されているのもその証拠のひとつです。また以前はテレビ、映画、舞台と活動の場によって、俳優はそれぞれにカテゴライズされていました。もちろんたまに行き来する人はいましたが、映画中心に活躍する俳優がテレビドラマに出ると驚かれたりする、そうした違和感があった気がします。
 そこでチーフとは最初に、とりあえず全部をやろう! という目標を掲げました。インディペンデントなもの、作品の規模としてミニマムなものもやり、そっちにもお客さんを呼び込んで、それ自体をメジャーなものにする。それでいていわゆるメジャーな作品もちゃんとやると。なぜみんな全部をやらないのだろう? と思っていましたが、それが一番難しいからだというのはやってみてよくわかりました。
 トップコートが請け負ってきた作品を洗い出して並べてみたら、その質はかなり違ってきているはずです。今はインディペンデントなもの、ミニマムなものも、多くの人に観てもらえるようになりました。そうした環境の変化にちゃんと対応し、シフトしている気がします。


 芸能事務所というのは、ここまで戦略的な思考をしているのか、というのと、菅田将暉さんって、ものすごく賢い、よく考えている人だなあ、と驚きながら読みました。
 松坂桃李さんもそうなのですが、見た目の良さや歌や芝居の上手さだけではなく、時代を読み、将来を考えて方向を定め、着実に進んでいく、そんな能力がいまの芸能界で長く活躍していくには必要なのです。


 菅田さんは、こんな話もされています。

 実は、新人マネージャーを対象に講義したい項目がいくつかあります。アーティストへの傘の差し方、エレベーターを使ったりしてアーティストを現場へ先導する方法、それから俳優の視界にどれくらい入るか? などの現場での居方、まずはこの3つ。これについてはかなり語れると思います。マネージャー陣が俳優のことを見ているように、俳優もマネージャー陣を見ていますから。タレントや芸人がテレビでよくマネージャーの話をしますが、それだけ気になるのだと思います。僕もそうで、トップコートのマネージャー陣のモノマネだって出来ます!
 例えば傘の差し方について。これはとても難しいものです。まず日傘と雨傘では違います。現場で俳優の代わりに自分がスタンドインしてセッティングを待つ間は、傘で照明を遮ってはいけません。カメラがどこを見ているかを考えて傘を差す必要があります。本番前のどのタイミングで傘を差すのを止めてはける、その場を去るのが良いか? ロケだと一般の方が目に入って集中力を妨げてしまうこともありますから、傘で見えないように視界を遮ったり。僕がお話をする相手役の方の、目の前に傘があっても困ります。
 そもそも、誰かに傘を差すのって難しいです。通学の時にでも、友達に傘を差してみてください。きっと濡れちゃいます。風の流れ、その角度、太陽光でもそうですが、その辺りを本気で考えると入射角がどうとか、数学的な話になります。でもそこが自然と上手い人というのは、やっぱり現場の居方も上手い。そこは大抵リンクするようです。


 菅田さんにつく現場マネージャーは大変でしょうけど、これほどの観察力があるからこそ、俳優として大きな成功を収めているのだろうと思います。
 「芸能マネージャーに向いているか」は、収録の現場のような特別な状況ではなくてもわかるのかもしれません。
 ごく普通の日常の中での、雨の日の友達への傘の差し方ひとつでも、どれだけ相手や周りの状況を観察し、考えて行動しているか、は伝わるのです。

 この本を読むと、芸能マネージャーになるまでの半生って、本当にさまざまなのだな、ということがわかります。
 自分自身が表に出なくても、「軍師」として担当するタレントを有名にしていく、というのは、責任重大ではありますが、やりがいもありそうです。

 他のひとが、どんな仕事をしているか、というのは、本当に興味深い。
 自分が選べる人生は、基本的にひとつしかないから。
 もっと若いときにこの本を読んでいたら、「芸能マネージャーも面白そうだなあ!」と、選択肢のひとつとして、少し考えてみたかもしれません。
 僕は気配りが足りないといつも言われているので、向いてはいないだろうけど。


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