琥珀色の戯言

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【読書感想】命がけで南極に住んでみた ☆☆☆☆


命がけで南極に住んでみた

命がけで南極に住んでみた

内容(「BOOK」データベースより)

  • 70℃、暗黒ブリザードホワイトアウト、未知の生物…想像を絶する過酷な環境。しかし、なぜそこに取り憑かれるのか?人を拒み続ける酷寒の大陸に長期滞在し、全土を回ってわかった、南極の現在と人類の未来!


著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ウォーカー,ゲイブリエル
イギリスのノンフィクション・ライター。『ニュー・サイエンティスト』誌のコンサルタントを務め、BBCラジオの番組も持っている。ケンブリッジ大学で化学の博士号を取り、ケンブリッジ大学プリンストン大学で教鞭を取った。ジャーナリストに転じ、エネルギー問題や気候変動のテーマを追求している


 この本のタイトルを書店で見かけたときに予想した内容は「南極でのサバイバル冒険記」だったのです。
 極限状態で、ブリザートやクレバスの危険に直面しながら、生き延びた人の話なんだな、と。
 写真をみると、著者のゲイブリエル・ウォーカーさんは女性なんですよね。化学の先生からジャーナリストになった人なのだそうです。
 どういう経緯で、彼女はそんな冒険をすることになったのだろう?なんて考えていたのですが……

 一見すると不毛の大地だが、それが魅力の根元だ。南極が人びとを惹きつけるのは、ムダなものがいっさい省かれているためだ。南極で働いている人たちに、どうしてここにやってくる気になったかと尋ねてみると、自らを再発見したいというよりも、世間を忘れたいからだと答える。私たちが慣れ親しんでいる通常の社会における人間関係のしがらみが、南極には存在しない。おカネにこだわる必要がない。だれもが同じ衣類を着て、大きな基地ではテントであっても小屋であっても宿泊施設であっても、みんなが安くて場違いなトラベロッジ並のワンルームで暮らしていて平等だ。食事も、これまただれもが同じ。携帯電話や預金通帳、運転免許証の有無、カギの存在など忘れ、子どもたちのことも頭から離れる(たいていの基地では、18歳以下は滞在が許可されていない)。このように暮らしが単純化されていることが、何よりも魅力的だ。
 だが、氷の上で過ごす時間に関しては、それほど単純化はできない。たとえわずかな期間でも南極で過ごしてみると、世間に対する考え方が変わってしまう。アメリカの巨大なマクマード基地から俗世間に舞い戻る窓口は、ニュージーランドクライストチャーチだ。ここの地元の人たちは、何か月も氷の上で暮らしてきた「南極人」たちを、奇異の眼差しで見る。ホテルにチェックインしたとき、部屋のカギを受け取るのと同時に新鮮なミルクを所望する(南極には乳牛がいないから)。あるいは、レストランを出るとき支払いを忘れる。任務を終えて植物園を訪れると、花をはじめて見たかのように、何時間も飽かずに眺めている。
 私はこの本で、これまでに前例のないやり方で南極の諸相を組み立て、織りなしてみようと試みた。具体的にいえば、南極にいるどのような感覚を持つようになるのか。なぜ南極は、どのような民族の人びとでも惹きつけるのだろうか。南極は科学研究の場所だとされているが、国際政治で政争の道具にされかねない地域であり、地球の過去の秘密を記録している場所であり、人類の将来を予見できるかもしれない水晶玉でもある。これらさまざまな要素が理解でき、それらの相関関係が分かれば、そこではじめて、この特異な大陸の全貌が掴める。


 この本の内容は、彼女自身の「冒険の記録」ではありません。
 南極で科学的な研究をしたり、動物を観察したり、研究者をサポートしたりしている人たちを、著者が取材して書いた、サイエンス・ノンフィクションなのです。
 もちろん、南極に滞在して、取材をすることそのものが「冒険的」であり、「命がけ」であるのは事実なのですけど。
 ちなみに、この本の原題は”ANTARCTICA:An Intimate Portrait of a Mysterious Continent.”で、メインタイトルは『南極』のみ。
 出版する側は、それでは、日本の読者には興味を持ってもらえないと思ったのだろうなあ、うーむ。


 そういう「釣りタイトル」的なところに不満はあるのですが、内容は非常に興味深いものでした。
 いま、人類は南極で何をしているのか、そして、こういう「極限の地」で日常を送るというのは、人間の肉体や精神に、どんな変化をもたらすのか。
 名著『面白南極料理人』を、もっとアカデミックにして、登場人物のバリエーションを増やし、個々の人物についての描写は簡潔にした、そんな感じです。
 正直、科学関係の話については、すごいなあ、と思ったところもあり、よくわからないなあ、というところもありました。
 それに対して、「なぜこんな不毛な(でも科学的には豊穣な)大陸が、ある種の人びとを惹き付けてやまないのか?」という理由は、少しだけ理解できたような気がしたのです。
 

 著者が紹介している、南極の生物の「異質さ」には驚かされます。

 南極の生物は、すべて巨大だ。たとえば、ウミグモはほかの地域の仲間と比べて1000倍も大きい。体長40センチもある巨大さで、これが海底にデンと構えている。地上のクモと同じく、通常は8本脚だが、ときに10本ないし12本というのもいる(1820年代にはじめて南極に来た生物学者が描いたスケッチを見た仲間は、間違って脚を余分に描いたのだろう、と考えた)。背が高くてトゲだらけのタランチュラのような感じで、思いもかけず美しい姿だった。
 だが、見てくれのよくない生物もいる。親指くらいの太さのヒモムシは、3メートルくらいの長さのものもいて、海底をのたうち回る裸の腸のようで、毒のあるナメクジを連想させて気味が悪い。ヒモムシは世界各地の海で見られるが、南極のものはとくに大きい。これはカサガイを追い駆けるし、魚を捕らえることさえあるという。学名をグリプトノトゥス・アンタークティカスという生物は、ワラジムシかゴキブリのような姿をしているが、人間の掌ほどの大きさがある。甲は堅く、毛深い脚で歩くが、ひっくり返すと脚を激しくばたつかせる。節のある皮状の甲羅の下に恐ろしげな口が覗き、エイリアン映画に出て来る生物のモデルになったともいわれる。
 これらの生物は、ほかの地域と比べて南極ではどうして異常に大きいのか。パラドックスのように聞こえるかもしれないが、答えはきわめて気温が低いためだ。これらの生命体の動きは、きわめてゆっくりにならざるを得ない。化学反応も、ひじょうに遅い。動物たちは、ほかの暖かい地域の仲間と比べて長生きする。さらに、冷たい水はより多くの酸素を取り込む。これは、生物の成長を促進する要因だ。生活ペースのテンポが早い都会生活と比べて、スローな寒い地域では生活費が安くてすむかのように、だれもが大きな生活スペースを持てて大きくなれる。

 
 「海底をのたうち回る、3メートルの裸の腸」なんて、もし僕が目の当たりにしたら、卒倒してしまいそうです……
 こんな厳しい環境なのに、どうしてそんな大型の生物がいるのだろう、と考えてしまうのですが、この著者の説明を読んでみると、南極の寒さが、かえって生物を大型にしているんですね。
 

 また、南極では、こんな研究も長年行われているのです。

 アメリカ・オハイオ州クリーヴランドにあるケース・ウェスタン・リザーヴ大学で長いこと隕石ハンターを続けているラルフ・ハーヴェイは、ANSMET(南極隕石探査)のプログラムを取り仕切っている。これは南極大陸でおこなわれているプログラムのなかでも、毛色が変わっている。NASAとNSF(アメリカ国立科学財団)スミソニアン学術協会が共同出資者だ。野外探査は、もっぱらボランティアに依存している。たいていは隕石の専門家だが、探査に参加してもなんら実利はない。発見した隕石をバッグに収納し、記録し、当局に手渡すだけだ。見つけた隕石を研究したいと申し入れることはできるが、ほかの研究者たちと同じく、なんの特典もなく、サンプルを私物のコレクションとして持ち帰ることも許されない。

 隕石を収集するANSMETの事業を始めて30年あまりが経ち、2万個あまりが集められた。この期間に日本やヨーロッパの国ぐにも収集活動をおこなっていて、南極での発見総数は5万個を超えた。そのなかには、同じ隕石のかけらもある。それでもこの30年あまりに南極で発見された隕石の数は、世界のその他の場所で二世紀かけて見つけた隕石を上回る。
 その理由の一つは、南極には樹木も草原もなく、発見を困難にする道路や土壌、建物もない点が上げられる。白い氷の上だと、黒い隕石は目立つ。また南極に落下した隕石は凍ったまま保存されるから、10万年、あるいは何百万年が経過しても変質しない(一方、たとえばロンドンのように温度も湿度も高ければ、20〜30年のうちに分解してしまいかねない)。

 この他にも、氷の流れによって、隕石が特定の何カ所に集まってくるという現象もみられるとのことで、南極は「隕石の宝庫」なのです。
 たしかに、街中に落ちた小さな隕石よりは、南極の真っ白な世界に落ちた隕石のほうが、探しやすそうではありますよね。
 これを読むと、僕が日頃「石ころ」だと気にも留めないようなもののなかにも、隕石が含まれているんじゃないかな、と思えてきます。
 そもそも、「隕石の見分け方」を知らなければ、考え込んでもしょうがない話ではあるのですけど。


 南極は、人間にとって、地球の最も古い時代の姿を知ることができる場所であり、それと同時に、地球の環境の変化を、もっとも鋭敏に反映する場所でもあるのです。
 そして、個々の人間に、その「生き方」を問いかけてくる土地でもあります。

 私はジェイク・スピードが南極点で、最もうまくいく越冬者はものごとを受け流している人たちで、実社会では当然ながら最もリラックスして寛容な人たちだ、と言ったことを思い出した。ここは神経質な人向きの土地ではなく、少なくとも長期滞在向きではない。
 文明社会に戻ると、その影響は次第に薄れていきがちだ。私は、南極に何度も来て長期滞在することの危険性について、何回も警告を受けてきた。アメリカ人には、契約労働者がここへ仕事に来た理由に関するジョークがある。
「まず、彼らは冒険を求めてここにやってくる。次に、カネが目的だ。そして最後は、どこにも適合できずに、ここへやってくる」


 「南極」の生物や科学研究の内容を知りたい人も、そこで生活をしている人たちについて興味がある人も、面白く読めるノンフィクションだと思います。
 「スリル満点の冒険談」ではないからこそ、また違った魅力があるんですよ、これ。



面白南極料理人 (新潮文庫)

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