琥珀色の戯言

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【読書感想】南極で心臓の音は聞こえるか~生還の保証なし、南極観測隊~ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

南極大陸の奥に進むと、静かすぎて己の心臓の音が聞こえるという」――学生時代に聞いた伝説のような話に心惹かれた著者は、ついに第59次南極観測隊・越冬隊のひとりとして南極に降り立つ。非日常が日常的に起こる1年4ヶ月の滞在記。南極をテーマにした人気アニメ『宇宙よりも遠い場所』の展開予想を南極からブログ上で行い話題となった南極観測隊員(大気研究者)による、南極観測隊のリアルが分かる一冊!


 南極観測隊員が書いた本、といえば、僕は映画にもなった『面白南極料理人』を思い出すのです。


面白南極料理人

面白南極料理人


 「南極料理人」こと著者の西村淳さんが第38次南極地域観測隊のメンバーとして南極大陸ドームふじ基地に派遣されたのは1997年だそうですから、もう20年以上前なんですね。
 この『南極で心臓の音は聞こえるか』の著者の山田恭平さんは気象学者として、2017年11月から2019年3月までのおよそ1年4か月間、大気に関する観測を行うため、第59次南極地域観測隊の越冬隊として赴任されています。

 ところで、昭和基地は南極に存在する日本の基地だが、南極大陸上にはない。
 このトンチのような話は説明すれば簡単な話で、昭和基地があるのは東オングル島という、南極大陸のすぐ傍にある島なのだ。日本の南極観測隊は、東オングル島にある南極基地を主たる拠点とし、沿岸や内陸(南極大陸内部)にヘリや水上移動で渡って観測活動を行う。日本は4つの南極基地を持つが、そのうち3つ(ドームふじ基地みずほ基地あすか基地)は南極大陸上にあり、現在は休止中。要は雪と氷に埋もれた状態になっている。人間が常駐しているのは昭和基地だけだ。


 『南極料理人』の舞台となった「ドームふじ基地」はすでに使われなくなっているそうで、南極観測も時代にともなって変わってきているのです。
 この本のなかにも、南極大陸の内陸部に「自動気象観測装置」を設置しにいく話が出てきます。ずっと人が常駐している必要がなくなっただけでも、大きな違いではあるのですが、設置しに行くだけでもかなりの大仕事みたいです。

 アニメでは『宇宙より遠い場所』だったのですが、いまの世の中では、お金と時間さえあれば、旅行会社のツアーで南極に行くこともできるのです。


www.yomiuri-ryokou.co.jp


 そういえば、小松左京さんの『復活の日』は、地球にウイルスが急速に蔓延した際に、南極にいた人たちだけが助かる、という話でした。


fujipon.hatenadiary.com


 この『南極で心臓の音は聞こえるか』は、気象学者が書いた本ではあるのですが、内容は専門的なものではなくて、「ごく最近、南極で越冬体験をした隊員による南極日記」という感じです。
 かなりフランクな語り口で、若干露悪的というか、癖があるといえばあるので、好みは分かれるかもしれません。
 ただ、キレイごとや理想を語るのではなく、この時代のひとりの研究者として、すごく正直に書かれているのは伝わってくるのです。


 「南緯55度」を通過すると出る、南極観測隊員の「特別手当」について。

 つまり、通常の給与の他に特別手当が出る、ということだ。金である。あらゆるものが手に入る金である。溢れるほどに欲しい金である。
 いったいいくら貰えるのか? 南極観測は国を挙げての国家事業であり、税金で賄われているのだが、しかし目指すは南極である。危険な大地だ。極地観測手当は危険手当といってもよいだろう。きっとものすごい金額が貰えるはずだ。
 極地観測手当は国家公務員の特殊勤務手当に準じる。人事院規則9-30第29条で定められる極地観測手当は等級に応じて幅があるが、一日あたり1800円から4100円。自分は観測隊としては若い部類で、大きな役職にも就いていないのでほぼ最低ランクだろう。計算を簡単にするために2000円として、南緯55度以南にいる日数を約450日としてみると……90万円。約100万円。
 む。
 なんというか……こう、けっして安くはない金額で、紙で巻けばビンタができる札束が作れる金額ではあるのだが、もうちょっと、へへ、あの、手当を上げていただいてもよろしいのでは……と浅ましく揉み手したくなるものだが、実際にしようものなら凄まれて手首を切り落とされるのでしない。税金を使って行っているので、金のことを語るには風当たりは厳しい。


 南極生活450日で、100万円か……
 お金は二の次で、南極に行ってみたい、南極で研究してみたい、という人がいる一方で、「仕事」として赴任する特別手当としては、けっこう安いな……と僕は思いました。
 こんなふうに、読者の下世話な趣味も、しっかり満たしてくれるのです。


 ちなみに、食事に関しては、途中でお菓子や酒が不足してくることにはなったものの、かなり充実したものだったようです。

 特に調理に関しては、質の問題がある。観測研究所は質の悪い観測をしてもその場では問題にならない(日本に戻ってからは問題となる)が、設営関係はその場の問題が直ちに結果に結びつく。過去の隊次では調理担当が調理に不慣れというエッシャーの騙し絵のような状況があったため、一歩間違えばゴリラの大暴動祭だったという。
 そのような反省もあり、昨今では調理隊員への審査は厳しい。今年の調理隊員のうち、ひとりは一度南極観測隊として活躍したことのあるベテランで、もうひとりは初めての観測隊への参加者である。どちらももともとはフレンチ、イタリアンから料理の道に入ったが、現在はなんでもござれで、昭和基地での食事はバリエーションに富んでいる。和食、洋食、中華はもちろん、本場のフランス料理にイタリアン、インドのタンドリーチキン、豪快な盛り付けによってクトゥルフ神話の邪神のようになったベトナム麺料理カオソーイなど、さまざまな料理を味わうことができた。ちなみに砕氷船「しらせ」でもそうだったように、金曜日は昭和基地でもカレーである。また、土曜の夕餉は焼肉や鍋物のような大物となっている。
 食事に関しては頓着をしない部類で、味も「とても美味い」「美味い」「健康を害する恐れがあるので食べられない」の3段階でしか判別ができないのだが、とても美味い。調理法が良いだけではなく、高級食材を使っている感もある。肉とかが、こう、なんか……すごい。美味さが美味い。人生で最も良質な食事をしていた時期がこの観測隊に参加していた時期である。


 食事に関しては、かなり充実していたみたいです。基地内での娯楽の話なども書かれていますが、苦労したことにはあまり触れられていません。
 南極観測隊といえば、過酷な環境で厳しい生活を送っている、というイメージがあるのですが、現在は、外部の環境が過酷なのは変わらないし、外部と連絡がとれない、ずっと同じメンバーでいなければならない、というのはあっても、物質的にはなるべく不自由なく過ごせるようになっているようです(あくまでも、この本を読んでの印象ですが)。
 観測隊は研究者だけでは成り立たず、設営などを担当する技術者や医療や食事などの担当者が重要であることにも、著者はしばしば触れています。

 ,マイナス60℃近くともなれば、機械の充電は物凄い勢いで減っていく。タブレットやノートPCなどは、油断していると勝手に電源が切れてしまう。さらに動作が目に見えて遅い。スマートフォンのカメラで撮影すると、ボタンを押してからシャッター音が鳴るまでに1秒程度タイムラグがある。
 これは表示だけの問題ではない。スマートフォンだと画面に素手で触らなければいけないうえに電池の問題があるため、一瞬だけ懐から取り出して手袋から指を出して撮影、電源を切ってすぐ懐に仕舞う、という流れになるのだが、撮影してから保存処理が終わるまでの間に電源を切ることができてしまい、「撮影したはずなのに保存できていない」という写真が大量にあった。
 雪上車はエンジンやキャタピラも含めてマイナス60℃まで耐えられることになっているのだが、それを下回ると動作の保証ができないため、そうなったら晴れていても停滞となる。中継拠点に来てからは朝はマイナス60℃を下回ることがあり、ギリギリの温度での生活であった。


 テクノロジーはすごい勢いで進化しているのですが、それでも南極が過酷な環境であることには変わりないのです。
 ずっと雪上車に籠もって、ブリザードがおさまるのを待つしかない、というのを読んでいると、大自然の猛威の前では、21世紀の人間でもどうしようもない状況があるのだな、とあらためて思い知らされます。

 「南極」という場所での生活と作業が、「冒険感」「探検感」を前面に出さずに読みやすく書かれている、興味深い本でした。


面白南極料理人

面白南極料理人

南極料理人

南極料理人

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
ママ、南極へ行く!

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