琥珀色の戯言

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【読書感想】憤死 ☆☆☆


憤死

憤死


Kindle版もあります。
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内容(「BOOK」データベースより)
命をかけてた恋が、終わっちゃったの。心の闇へ誘う4つの物語。新たな魅力あふれる著者初の連作短篇集。


ああ、『世にも奇妙な物語』風というか、村上春樹さんの『東京奇譚集』みたいな短編集だな、と思いながら読みました。
日常生活に潜んでいる、ちょっと不思議で、不気味な話。


僕は1年に一度くらい、綿矢さんの小説を読みたくなることがあって、手にとっては「うんうん」と頷いて満足するのですが、この短編集、これまでの綿矢さんの作品のなかでは、作者の「女性であること」から、少し離れてみたい、という意思を感じたんですよね。
『インストール』『蹴りたい背中』『夢を与える』と、初期の綿矢さんの作品には、「周囲からちやほやされてしまう一方で、どんどん自分自身は空っぽになっていく女の子」のイメージがあって、それを読むと、どうしても、綿矢さん自身を、『夕鶴』で自らの羽で反物を織る鶴と重ねてしまっていたのです。


どこかで「大人」にならなければならないのだけれども、周囲は「綿矢りさのマンネリ化」を揶揄しながらも、ちょっと枠を外れようとすると「らしくない」と眉をひそめてしまっていたのです。


この短編集は、表題作の『憤死』を除けば、綿矢さん自身は「語り部」に徹しているような印象を受けます。
正直、どこかで読んだことがあるような話なのだけれども、あまり物語に対して介入せず、起こったことを、さらりと書いている、そんな感じ。


そのなかでは、『憤死』という作品は、綿矢りさという人の「底意地の悪い観察眼」が全開の、「らしい作品」になっています。
綿矢さんの言葉の拾い上げかたって、僕は好きなんですよ、本当に。

 高校生の頃に歴史の授業で、憤死、という言葉を習った。
 憤死とはどのような死に方だろう、と当時の私は疑問に思った。思い浮かぶイメージはいつも、怒り狂って側近にどなっている老皇帝が、激昂しすぎて頭の血管が切れて、破壊された銅像のようにゆっくりと後ろに卒倒するさまだった。しかし激怒したからと言って、人は死ねるのだろうか。怒ったとたん、血管が切れるか心臓が止まるかして、急死するのだろうか。ありそうだけど、かなり稀な死に方と言わざるを得ない。それにしては歴史上で憤死したとされる人物は多すぎる気もする。
 もしくは晩年に敗戦や家臣の裏切りなど不遇の目に遭い、そのまま巻き返せずに世を恨みながら死んでいった人物に対して、歴史学者たちは憤死という言葉を使うのだろうか。
 唯一世界史にだけは興味があった私は、図書館で憤死について調べた。歴史上で憤死した人物は世界中にいた。古くはローマ教皇グレゴリウス7世が、教皇の位を追われた屈辱から憤死、中国の陸遜という武将も不当に任務を解かれて憤死している。日本でも菅原道真が謀反を企んでいると疑われ、左遷された地で憤死している。彼は死後、怨霊となり、自分を無実の罪に陥れた人々をことごとく呪い殺したと伝えられる。どうやらだれが見ても悔しく失意のうちに死んでいった人物を、憤死扱いにするらしい。
 しかしその人物たちが最後の最後にどう死んだのか、死因は何だったのかについて書いてある本は見つけられなくて、結局謎は解けず、もどかしかった。


 歴史好きの僕としては、この「憤死」という言葉に綿矢さんが目をつけたというだけで、けっこう嬉しくなってしまったんですよね。
「まあ、怒りすぎて脳出血起こしたり、心筋梗塞で死んじゃったんだろうな」と、なんとなく昔は思っていたのですが、実際のところ、「怒りすぎて頭の血管が切れた人」というのを、僕は救急医療の現場で診たことはありません。
 怒りや悲しみ、恐怖で過換気症候群とかにはなっても、頭の血管が切れたり、心臓の血管が詰まるような病態がありうるのか、もしあるとしても、人はそこまで怒り続けられるものなのか?
 無茶苦茶腹が立つことだって、そりゃありますけど、怒っているうちに「こんなに怒ったら、身体に悪いな」って、なんとなく怒りのボリュームを絞っちゃうんですよね、僕の場合は。
 「自分の手で自分の首を絞めて窒息死するのは不可能だ」なんて言われていますが、「憤死」として扱われている人たちの実際の死に様って、どんなものだったのだろうか……
 そこまで、この言葉にこだわり、この小説のなかで、「これぞ憤死!」という具体例を描いた綿矢さんの「過去の記憶を持ち続ける力」みたいなものに、僕は感心してしまいました。
 ああ、やっぱりこの人は、すごいな、と。


 「歴史に残る傑作!」とか言うつもりはありませんが、気軽に読めて、なんとなく日常の人と人との駆け引きみたいなものがわかるような気がする短編小説集です。


 それにしても、綿矢さん結婚のニュースは、僕にとって、まさに「憤死」級の衝撃でした……

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