琥珀色の戯言

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【読書感想】魂の退社 ☆☆☆☆

魂の退社

魂の退社


Kindle版もあります。

魂の退社―会社を辞めるということ。

魂の退社―会社を辞めるということ。

内容(「BOOK」データベースより)
テレビ、ラジオで大反響!アフロでおなじみの元朝日新聞編集委員・初の書き下ろし!


 朝日新聞の「アフロ記者」稲垣えみ子さんが朝日新聞をやめた理由。
 僕だってそんなに真面目な会社人間じゃないのですが、世間ではいろいろ批判されることがある会社だとしても、あの「朝日新聞」の編集委員にまで上りつめ、書いていたコラムは好評、50歳独身、子どもなし、という状況で、会社をやめてしまうなんて、やっぱり、「正気?」って思ってしまいます。
 それも、独立してフリーランスになるとか、自分で出版社を立ち上げるなど、「起業」するというわけではなく、会社に依存することなく、自由に生きてみたい、という動機となれば、なおさらです。

 
 稲垣さん自身のバイタリティはもちろんなのですが、この本の冒頭には「アフロヘアーの効用」が語られています。
 きっけかは飲み会で小道具としてアフロのかつらをかぶったら、みんなに「似合う!」とウケた、ということだそうなのですが、実際にアフロにしたのは、それからしばらく経ってから。
「何でもいいから変化がほしかった」という精神的に煮詰まった時期だったのです。
 美容師さんにも止められ、それを説得してアフロにしたとのこと。

 以来、人生は思いもよらぬ方向に動き始めた。
 40代も半ばを過ぎて、まさかのモテ期が訪れたのである。
 一人で居酒屋に入ると、見知らぬおじさんが「オネエちゃん気に入った! お酒1杯おごったる! あと一品もおごる!」。気づけばお店の人からも「サービスです」と枝豆がそっと机に置かれたりする。カフェで原稿を書いていたらビルの上からアフロを目撃したサラリーマンが「面白い人がいると思って飛んできました」といきなり現れ、「今夜飲みに行きましょう!」と執拗に誘われたこともあったっけ。
 さらに外国人には「ユアヘアー、ナイス! ちょっとお茶飲みに行きませんか」としょっちゅう誘われるし、よく通る道沿いのお店に入ったら店主がすごい勢いで出てきて「いつ来てくれるのかと思ってました」と満面の笑顔。夜の帰り道でスナックからおじさんが飛び出してきて「一緒に飲もう!」とナンパされたことも3回ある。
 同性からの人気も侮れぬ。電車に乗っていると、おばちゃんに「その髪型ええなあ。私も若い頃はそんなんやってたんで」(?ほんまかいな)と話しかけられることは日常茶飯事だ。よく行く喫茶店のマダムは私の肖像画を描いてプレゼントしてくれた。本屋さんで立ち読みをしていたら若い女性に「あのー、もしよかったら友達になってくれませんか」と言われたこともある。
 いったい、何なんでしょうか、この人気っぷり。


 そ、そんなことになるのか……
 もちろん、「誰がアフロにしているか」というのは大事なのでしょうけど、世の中は「思い切って冒険している人」に、けっこう優しかったり、好感を抱いてくれたりするものなんですね。
 「こんな髪型をしている人は、『普通』じゃない」って、避けられるのではないかと思っていたけれど、そんなことはなかったみたいです。

 まさか自分にこんなことが起こるとは思っていなかった。少なくとも10年前までは。
 大学卒業以来、28年間勤めていた会社を辞めることになったのである。
 50歳、夫なし、子なし、そして無職。まさに文字通り「糸の切れたタコ」だ。しかもまったく若くない。というより日々老いを感じる年頃である。細かい字はまったく読めないし、記憶力の明らかな減退にもおびえている。
 しかしですね、私は今、希望でいっぱいである。いやホントですよ……いや、正直に言えば不安もある。いや、本当に正直に言えば不安でいっぱいだ。ものすごくいっぱいだ。それでも、やっぱり希望にあふれているのである。
 ……と言っておく。


 稲垣さんは、朝日新聞の記者時代、忙しい仕事のなかで、稼いだお金を衣食住にけっこう惜しみなく使っていたそうです。
 それこそ、宵越しの銭は持たない、というくらいの勢いで。
 会社を辞めるというのは、家族がいないからこそできる決断ではないか、と思うところもあるのだけれど、会社に頼らなくても生きていける、というのを聞くと、僕も少し励まされるような気がします。
 実際に辞めるかどうかはさておき、辞めるという選択肢もあるというだけで、少しだけラクになれる。


 この本のなかで、稲垣さんは「出世になんか興味ない」と思っていたはずなのに、いざその「出世コース」に乗れるかどうか、という分岐点にたってみると、やっぱり「気になってしまう」ことに打ちのめされたそうです。
 新聞社という優秀な人間が集まる組織で、弱みをみせたら、居場所がなくなってしまうという恐怖感もあったのだとか。
 ただ、多くの人はそういう状況になり、「出世コース」から外れてしまっても、日常を維持するために定年まで仕事を続けていきます。


 それに対して、稲垣さんは「会社というしがらみから飛び出して、なるべく余計なものを持たない生活をする」選択をしたのです。
 家電製品を極力減らし、狭い部屋に引っ越しし、退職金と少しばかりの文章での収入で生きていこう、と。


 ところが、実際に仕事をやめてみるとなると、いまの日本の社会というのは、会社に属していない人間に対して、とても冷淡であるということがわかったそうです。

 それは退職金にかかる税金の計算方法である。今の税制は、私のような早期退職者に厳しい仕組みになっているのだ。
 というのも、退職金の一部は税金の支払いを「控除」されるのだが、この控除額は、勤続年数が長いほど増える仕組みになっているのだ。つまり、安倍首相は「チャレンジできる社会」などと言っておられるが、制度としては、一つの会社にずーっと勤め続けしがみつくほど税金を払わなくていい仕組みになっているのだ。
 つまり、会社から自主的に自立、独立する人間には国家からペナルティーが科されるのである。何かこれって言ってることとやってることが違いすぎないか。

 例えば国民健康保険。会社を辞めた人間はこれに加入しなければならないのだが、この保険料がとにかく高い。自治体によっては、300万円の所得でも年間の負担が40万円を超えるところもある。5世帯に1世帯が滞納し、保険料を納められず病気になっても医療を受けられないという悲劇も起きている。なぜこんなことになるのか。
 それは、国民健康保険に加入している4割以上が無職で、残りの個人事業主らがこの人たちを支えなければいけないためだ。さらに経済情勢の悪化や高齢者の増加で加入者の平均所得は減る傾向にある。結果、高額の所得があるわけでもない人たちが過大な保険料を納めねばならないのである。
 素人目にも、制度としてまったく破綻しているとしか思えない。
 しかし会社員ならば、安定した収入のある仲間同士が支え合う会社の健康保険に加入できる。
 つまり、日本には誰もが安く医療を受けられる「国民皆保険制度」があるというが、現実は、会社を通さないと国は国民の健康を守ることができなくなっているのだ。


 あらためて考えてみると、国は「会社を通じて」国民を守っている、とも言えるのです。
 だから、会社に属していないと、さまざまな恩恵を受けられなくなってしまう。
 稲垣さんは、朝日新聞社を辞めてみて、こういう「現実」にさらされることになりました。
 

「モノを手に入れれば豊かになれる」という発想は急速に過去のものとなりつつあるのです。
 しかし、それでは「会社」は困ってしまう。
 利益を上げなければ生き延びられない。しかしモノは売れない。そんな中で利益を上げようとすると、方法は2つしかない。
 一つは、働く人を安く使い捨てにすること。
 もう一つは、客を騙すこと。
 つまり、非正規社員や外部の労働力を安く買い叩くか、過剰な脅し文句や詐欺的なテクニックを駆使して不要なものを必要なもののように思わせて買わせるか。
 つまり、会社が生き残ろうと頑張れば頑張るほど、不幸になる人間が増えていく。そんな時代に突入しているのだ。
 つまり、会社は完全に行き詰まっている。
 そして、これこそが日本社会の行き詰まりの正体なのではないでしょうか。
 なぜなら、日本社会は「会社社会」なんですから。


 稲垣さんは、現時点では「会社をやめるという選択」を後悔してはいないそうです。
 たしかに、これを読んでいると、楽しそうなんですよね。
 実際、60歳を過ぎて仕事から離れても、自分でやりたいことをやる体力・気力が何年続くか、わかりませんし。
 もし今、会社を辞めようと思っている人は、この本を一度読んでみると良いかもしれません。
 会社は何もしてくれない、と考えがちだけれど、会社というのは所属しているだけで、かなり外の嵐から守ってくれているところがあるんですよね。
 もちろん、まともな会社なら、って話ですが。
 「日本のなかでも一流の会社、多くの人に羨ましがられる会社」を仕方が無い事情ではなく、自分の意思で辞めた人から見た世界。
 「もったいないなあ」とは思うのだけれど、会社に、仕事にこだわるあまり、もっと「もったいないもの」を失っているかもしれない、そんなことも考えさせられる本でした。
 でもなあ、家族がいるとやっぱり難しいよね、自分への言い訳なのかなあ。

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