琥珀色の戯言

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【読書感想】いろいろあった人へ 大人の流儀 Best Selection ☆☆☆

いろいろあった人へ 大人の流儀 Best Selection

いろいろあった人へ 大人の流儀 Best Selection


Kindle版もあります。

内容紹介
累計170万部突破! 国民的ベストセラー『大人の流儀』シリーズより珠玉のエッセイを抜粋。人は何かを失って、何かを手にする……。そして、あなたの困難、悲しみにもいつか終わりが来る。最後の無頼派作家が送る、希望と勇気、励ましの一冊。


 読んでいるだけで、少しだけ、自分が「大人の男」になったような気がする、伊集院静さんの『大人の流儀」シリーズのベストセレクションです。
 既刊のなかから選ばれたものなので、これまでのシリーズを読んできた人にとっては「これ読んだことある!」という作品ばかりだと思います。
 僕もそれは承知で読んだのですが、やっぱり、「沁みる」んですよこれ。
 いつでも自分の流儀を崩さないようにみえる伊集院さんなのですが、これまでの人生で、たくさんのつらい別れを体験してきていているのです。


 前妻の闘病生活を振り返って。

 今は、三十年前に比べると、血液の病気の治療は格段に良くなっている。
 友人の、渡辺謙さんの活躍を見てもらえればわかる。
白血病”イコール”死”という言葉は、医師も、当事者も使わないし、生存率は、当時とは比較にならない。
 三十年前は違っていた。
 テレビを観せて、ワイドショーで、彼女がそういう病いだとレポーターが言い出せば、当人に病気のことは伝えなかったので、知った時の動揺を考えるとテレビを部屋から出すしかなかった。
「この病棟にはテレビは置かない規則なんだよ」
「わかりました」
 こちらが言うことはすべて素直に聞いてくれた。
 しかし実は、彼女は他の病室にテレビが置いてあるのは知っていただろうと思う。
 或る日、彼女が検査でどうしても別のフロアーまで行かねばならない時があり、私は病室に残った。すると隣りの隣り、病室をひとつ隔てた部屋のテレビの音が聞こえて来た。
「そうか、わかっていて従ってくれているのだ……」
 と思い、やるせない気持ちになった。
 検査を終え、車椅子に乗って病室に戻って来た彼女が、Vサインをして私に笑いかけた時、その明るさに苦笑いをした。
――なんだ、助けられているのはこっちか。


 伊集院さんは仕事を休んで、闘病中の妻に付き添っていたそうなのですが、テレビって、言葉が途切れて、気まずい雰囲気になったときの逃げ場にもなるんですよね。
 そういうものを、あえて排除して病人と向き合うのは、きつかったのではなかろうか。 
 でも、妻の側も「すべてわかっていて、伊集院さんのために知らないふりをしていた」のでしょうね。
 人と人って、どちらかが一方的に助けている、ということは少なくて、意識しているかどうかはさておき、支え合っているものなのだな、と思い知らされます。


 また、こんな話もありました。

 私も、芸能界の仕事をしていたから、二度も女優を嫁にすることが、男としてどれだけせんないことになるかはわかっていたが、今の家人の両親から、あなたしか娘がダメだと言うんだから、そうしてやってくれと言われた、と記憶している(家人との見解は違うが)。まあそんなことはどうでもよろしい。
 そうして一緒になった。新聞、テレビでも私たちの結婚を報じた。見ていていい気持ちがするわけはない。
 ところが或るニュース番組のキャスターが、番組が終わろうとする時、こう言った。
「ええ……どうでもいいことですが、作家の伊集院静と女優の〇〇〇〇さんが結婚をしたそうです」
 私はこのシーンを見ていなかった。
 田舎で父親がそのテレビを見ていた。
 その夜、父親は私に連絡をつけるように姉や妹に命じた。
 翌朝、私は父親に連絡した。用件はすでに理解しており、父が受話器のむこうで低い声で言った。
「おまえは昨晩の、ニュース番組を見たか」
「今朝、知りまして……」
「そうか、どうでもいいこととはどういうことだ。互いに親もあり親戚もあることは、あのチンピラは知っていていて話しているのか」
「…………」
 私は黙っていた。
「おまえがしかるべきことをやらねば、わしがすぐに上京して、やる」「いや、私が必ずおやじさんが納得するようにします」
「本当だな」
「はい」
 父はすでに死んでいる。記憶力のいい人だったから、何もしなかった息子に呆きれて、死んだのだろう。


 伊集院さんは、「私はあのキャスターの一言を忘れたことなど一日もない」と書いておられます。「生きて出逢えば必ずそれなりの行動をするだろう」とも。
 こういうのって、いち視聴者であれば、そのキャスターのぞんざいな言い方に「溜飲が下がる」思いをすることもあるはずです。
 でも、言われた側からすれば、人生における重要な出来事を、わざわざ「どうでもいい」なんて前置きして紹介されるのは、腹が立ちますよね、そりゃ。
 ネットでの発言などでも、いちいち「どうでもいいけど」とか「この人のことは知らないけど」って前置きをして悪口を書き込む人はいるのだけれども、それが相手を傷つけ、こんなに恨まれていることだってあるわけです。
 こちら側からしたら「どうでもいい」のであれば、沈黙しておくのが礼儀ではありますよね。
 ネットでは、とくに「自分は常に攻撃する側」だと思い込みやすいですし。


 これまで、伊集院静さんのエッセイを読んだことがない人には「入門編」としておすすめします。


さよならの力 大人の流儀7

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