琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜネギ1本が1万円で売れるのか? ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ブランド創り、マーケティング、新しい働き方、僕たちは、ネギ界のダイソンを目指す。ミシュラン星付きレストランのシェフは唸り、スーパーのバイヤーたちは喜び、大手種苗会社の営業担当者は膝を打つ。儲け方・売り方・働き方、ビジネスのヒント満載!


 1本1万円のネギが売られていたら、買う?
 僕は買わない(買えない)のですが、世の中には、それが唯一無二の価値をもっていれば、カネに糸目はつけない、という人っているんですよね。
 お金って、あるところにはある。
「1本1万円のネギを食べてみた」というだけで、YouTubeの動画のネタにもできそうですし。
 いまの世の中では、「インスタ映えするような珍しい体験」そのものの価値が、ものすごく上がっています。

 1本1万円のネギが売れている──。
 そう聞いて、驚かれる読者は多いのではないでしょうか?「ねぎびとカンパニー」が販売している贈答用ネギ「モナリザ」がそれです。
 うちではすでに2015年から、8本1万円の「真(しん)の葱(ねぎ)」を発売しており、限定30セットが毎年売り切れるほど好評をいただいていました。だから2019年にモナリザを発表したときも、ちゃんと売り切る自信はあった。実際、たちまち5件の予約が入り、慌てて予約受付を止めたくらいです。


 著者は、この「1本1万円のネギ」そのもので儲けようとしているわけではないのです。

 読者のなかには「1本1万円だって? そのネギばかり作って売れば、大儲けじゃないか」と思われた方も多いでしょう。でも、そもそもモナリザは人為的に大量生産できるものではありませんし、僕の狙いもそこにはない。
 じゃあ、なぜモナリザを世に送り出したのか? 残りの200万本のネギを少しでも高く売るためなのです。
 1960年代に本田技研工業がF1レースに参戦したとき、本田宗一郎さんはべつに「F1マシンを売りたい」なんて考えてはいなかったでしょう。彼が売りたかったのは、一般消費者向け乗用車のほうだったはず。
 しかし、「ホンダの四輪」が有名になるのは1970年代以降、当時はまだ「ホンダってバイクの会社でしょ? 自動車なんて作っているの?」程度の認知度だったのです。もしF1レースで優勝して話題になれば、「F1で勝てるほどのエンジンが作れるのだから、普通の乗用車も性能がいいに違いない」と世界中に思ってもらえる。大きなビジネスにつながる。そう考えたのではないでしょうか。
 そういう意味では、モナリザはホンダのF1マシンのような存在なのです。それ自体を主力商品にするつもりはないけれど、それが話題になることで、普及版が売れるようになる。狙いは別のところにある。
「この会社のネギ1本に1万円を出す人がいるってことは、普及版もおいしいに違いない。多少は高くても試してみようか」
 消費者に、そう思ってほしかったのです。いま、ネギの平均的な価格は3本198円(秋冬。春夏は3本298円)ぐらいです。一方、うちの「寅ちゃんねぎ」は2本298円。少し高いものを思い切って買っていただくには、そのための説得材料が必要だった。


 著者は実家が農家だったり、若い頃から就農を目指して勉強していたわけではなく、30歳で消費者金融の世界から、ちょっとしたきっかけで、山形県で農業をはじめることになります。
 それまでの会社で大成功を収めていたのに、あまりにも唐突にみえる方向転換でした。

 正直、この本を読んでいると、「ああ、こういう生き方は、僕には無理だな」と考えずにはいられないんですよ。
 小学生レベルの計算問題もできないまま、消費者金融の世界に飛び込み、圧倒的な努力と成果で抜擢されていった話など、「自発的ブラック労働」ですし。
 本人は、「もともと体育会系だし、自分には『努力』しかない」という考えを持っていて、農業においても、ほとんど休みをとらず、飲みに行ったり娯楽にお金や時間を使うこともなく、さまざまな研究を続けてきたのです。
 仕事に全身全霊をかけることが、著者にとっての「あたりまえ」だった。

 すごいなこの人、と圧倒されてしまう。
 でも、規格外すぎて、この人の真似をするのは僕には現実的ではない。


 著者は、初めて地元の山形でパート・アルバイトの募集をしたときのことを振り返っています。消費者金融での実績で、「人を育てる自信はあった」とのことなのですが、応募してきた女性5名、男性1名に対して、即採用としたのはいいものの、そこで「やらかして」しまったのです。
 採用者に自分の「名言」が入ったTシャツを着せ、ファミリーレストランで大声で「軍隊の朝礼のように」会社の理想像を語っていたそうです。そのファミリーレストランでは、周囲も「これはいったい何なんだ」という目で見ていたのだとか。

 2時間ほど演説をぶったあと、師匠のところへ連れていきました。ネギの栽培や収穫の作業の動画を携帯で撮らせたのです。
「いいかあ、お前らあ! 家に帰ったら、この動画をくり返し朝まで見て、寝ないでそのまま出勤しろお!」
 僕自身、毎日2~3時間しか眠れない生活をしていましたから、とにかくハイテンションだった。初めて顔を合わせた人たち、しかも年配の人たちに向かって「まずは寝ないことから始めろお!」なんて吠えた。
 いま思えば、恥かしいことをしていました。自分でも笑ってしまう。でも、当時は「お前らと一緒に天下とるぞお!」くらいの気分でいますから、恥ずかしくもなんともなかった。ここにいる6人全員が徹夜で動画を研究して、真っ赤な目で出社することを疑わなかった。
 当然、翌日、誰ひとり会社に現れませんでした。しかも、悪い噂はすぐに広まる。「危ない人だから、付き合っちゃいけない」と。人が集まらないので、やむなく出荷を半月も遅らせたぐらいでした。
「いままでのやり方は通用せん……」
 ようやく気がついて、それからは「とりあえずやり方を見せますから、みなさん、ゆぅーっくり覚えていきましょうねえ」とソフト路線に変えた。まずは辞められないことが最優先です。それ以来、辞める人は少しずつ減っていきました。

 むしろ、これまで著者がいた業界では、こんなやり方が通用していたのか……と驚きました。僕は読んでいて、翌朝誰も来なかったことに、ちょっとホッとしたくらいなので。

 ただ、著者のすごいところは、最初は「周りにも自分と同じくらい頑張ることを求めていた」のに、それが無理であることに気づいて、方向転換をしていったことなんですよね。

 そして、「精神論」「根性論」に頼っているだけではなく、ちゃんと情報収集をしたり、新しいやり方を創意工夫したりもしているのです。
 野菜作りだけではなく、肥料や苗を「ブランド化」してもいるのです。

 ネギ畑なんて一度も見たことがない読者が、車で天童市周辺を走ったとしても、「ここはねぎびとカンパニーの畑だな」「ここは別の人の畑だな」と、すぐ判別できると思います。素人が初見でわかるぐらい、雑草が圧倒的に少ない。
 ネギ自体の立派さが違うことも、素人目にわかると思います。雑草に栄養を横取りされないぶん、ネギの成長もダントツに速いのです。4月に植えたものが、7月にはもう収穫できる。山形県でもっとも早いのがお盆頃の出荷ですから、それより1ヵ月半は早い。成長を阻害するものが少ないからです。
 とはいえ、雑草を完全にゼロにすることはできません。土寄せをこれだけ繊細にやっても、退治できるのは8~9個ぐらい。残りは手で取るしかないので、管理職を入れるついでに取ったり、重たい管理機を畑に入れられない梅雨の時期などに、みんなで一気にやったりしています。
 要は、雑草には勝てないのです。消費者金融時代、「返す金なんかない。知らんがな」と言った人には法的手段に訴えたのと同じで、真正面からぶつかっちゃいけない。闘わなくて済む方法を探すべきなんだと、年々考えるようになりました。
 ひとつは、発芽させないことです。バックで(機械を後ろに引きながら)作業するのもそうですし、土の質を改善することで、雑草が発芽しにくい環境に変えていく。
 そしてもうひとつが、そもそも雑草の出やすい畑は借りないことです。
 雑草の種は、無数に畑に落ちています。撲滅不可能なほどいっぱおある。それでも芽を出す畑と、芽を出さない畑があるのは、その雑草が好む環境にあるかどうかの違いです。
 たとえばカヤツリグサ。日本全国どこでも種は落ちているのに、土に水分が多くないと発芽しません。昔は田んぼだった畑でよく見かけます。ネギは乾燥を好む植物ですから、カヤツリグサが生えている土地は向いていないわけです。


 「自主的ブラック労働」+「探求心」+「アピールする力」って、最強だよなあ、と思うのと同時に、こんなマンガのキャラクターみたいな人が現実に存在するのか、という驚きもありました。
 著者の生きざまを完コピするのは難しそうですが、「自分には無理」と全否定するのではなく、参考にできるところはする、という向き合い方で読むとちょうどいい本ではないかと思います。


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