琥珀色の戯言

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【読書感想】六人の嘘つきな大学生 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。


 僕自身は、厳しい就職活動、というものに身を置いたことはないのです。卒業した大学の医局に「入局します」と挨拶をして、そのまま仕事をはじめ、言われるがまま何年かおきに、いろんな病院に行き、何年かは研究生として臨床を離れ……ほとんど、流されるままに、20年くらい医局人事に従って過ごしてきたのです。現在は、医局を離れて、自分で選んだところで働いているのですが。
 
 僕が「就職活動の厳しさ」みたいなものを知ったのは、本やドラマ経由でしかないのです。
 若い頃、「就職活動」で一番記憶に残っているのは、織田裕二さんが主演していた『就職戦線異常なし』という映画でした。槇原敬之さんの主題歌『どんなときも。』が大ヒットしたんですよね。その後の槇原敬之さんの人生の変遷を思うと、人生、どんなふうになっていくかわからないよなあ、とあらためて考えずにはいられません。
 子どものころに「なりたかったもの」になれた人はごくごく一握りでしょうが、物心がつき、ある程度人間として完成形に近づいたかのような気がする「社会人として、就職した時点」でさえも、後から振り返ってみれば、「あの時は、今、こんな仕事をしているとは想像もしていなかった」という人も多いのではないかと。

 今は、医者も研修時に病院とのマッチングがあり、「就活」的なことをやらなければならない時代なのです。
 この作品の中にも書かれていますが、世の中のいろんなシステムが合理的に、あるいはガラス張りになってきた一方で、「就職活動」というのは、30年くらい前とそんなに変わらないようにも見えるのです。インターネットの普及で、さまざまな会社にエントリーしやすくなったし、ユニークな採用をする企業が増えた一方で、外資系などの選択肢も広がり、「意識高い系」の就活生や「お祈りメール」は続いています。
 「就活」って、部活の伝統や受験と同じで、「ものすごく辛くて理不尽だけれど、一度その関門をくぐり抜けてしまえば、自分が「選ばれる側」になることはあまりないので、なかなか改革が進まないのかもしれません。

 この『六人の嘘つきな大学生』というミステリは、『スプラリンクス』という日の出の勢いで躍進している高待遇のIT企業の最終選考に残った6人の「最終グループディスカッション」で起こった「事件」を描いています。有名大学出身、頭脳明晰・容姿端麗でリーダーシップもあり、意識が高い彼らについての描写を読んでいくと、「ああ、僕はこんな立派な学生じゃなかったなあ」と嘆息せざるを得ません。むしろ、彼らの「暗部」が暴かれていくと、「まあ、人間そんなものだよなあ」と少し安心してしまうくらいには、僕もろくでもない人間なのです。

 グループディスカッションがこんな状況になったら、会社側は途中で何らかの行動を起こさないのだろうか、とか、こんなに適当に条件を変えてもいいのか、とも思うんですよ。
 そして、彼らについて明かされていく「問題点」についても、僕がネット経由で見聞きしたIT系のベンチャー企業だと、「そのくらいの『若気のいたり』とか『接客業の経験』は、面白がられこそすれ、そんなにネガティブにはとらえられないのではないか?」とも思うんですよね。三井とか三菱のような「財閥系」とか銀行とかに比べれば。まあでも、就職なんて、何が正解か、なんてわからない。僕の高校の同級生も、有名企業やマスコミに就職したのですが、「ネットの普及でビジネスモデルが大きく変わってしまった」ことに翻弄されているのです。もう、一つの企業、一つの仕事を一生やり続ける時代ではない、のかもしれないけれど、就職活動の最中にいる学生たちは、「それが人生の全て」だと感じてしまうのでしょう。中高生に「部活が全て」になってしまう時期があるように。

 「読んでいて何だか引っかかったところ」が、ちゃんと伏線として回収されていますし、「人間が人間を選ぶこと、評価すること」の難しさ、を考えさせられる小説でもあります。どんなに吟味して、適性や相性を調べたつもりでも、一流企業でも「向かない社員」はいるし、結婚したカップルの3分の1は離婚しています。とりあえず離婚はしていないが、うまくいっているわけでもない、まで含めたら、人生で最も重要な選択の一つでさえも、そんなものなのです。

 物語の都合に登場人物が動かされているように感じたというか「そう簡単に人は死なないだろう」とか、「いくら興味がなくても、そのくらいの知識や聞く耳はあるんじゃない?」とか言いたくなるところもあるのですが、それでも、「心地良く読める小説」ではあるのです。
 一時の「全部叙述トリック」や「どんでん返しの大渋滞」みたいなミステリというより、まさに「青春ミステリ」。
 読んだ人は、自分の「あの頃」を思い出さずにはいられないはず。
 読みやすいし、結構面白い。個人的には「文庫で読んだら、大満足だろうな」と読み終えて思いました。


 ちなみに、企業の就職活動に関しては、企業側も近年は「面接官の印象重視」から、「地頭を評価する」ようになってきているようです。
「学歴偏重」が問題視されがちだったですが、結局、「人間性」を面接官が判断するのは難しく、むしろ学歴・学力のほうが「仕事ができるかどうか」の判断基準として適切だと考える企業も多いのです。


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