琥珀色の戯言

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【読書感想】採用学 ☆☆☆☆☆

採用学 (新潮選書)

採用学 (新潮選書)


Kindle版もあります。

採用学(新潮選書)

採用学(新潮選書)

内容(「BOOK」データベースより)
正しい人材を採っていると、自信をもって言えますか?主観や慣習、勘を排した視点に立てば最適な人材を確保でき、企業イメージのアップにもつながる。コミュニケーション能力は重視するな。人は見た目じゃない。“お祈りメール”は送らない。減点方式で採れるのはそこそこの人―。面接の常識を疑い、採用と育成のつながりを重視すれば、まったく新しい地平が見えてくる。「採用」を科学的な手法で分析した新しい学問領域の誕生!


 いま、「採用」の最前線は、どうなっているのか?
 手にとったときには「企業に採用してもらうためのノウハウ本」かな、と思ったのですが、これは、「採用する側が、いかにして効率よく、優秀な人材を採用するか」という課題について、最新の論文や科学的なデータをもとに論じた本なのです。


 僕は現時点では「採用される」側でも、「採用する」側でもありません。
 年齢的にも、いまの『リクナビ』や『マイナビ』を駆使して、エントリーシートを提出して……というような「就活」には縁がなく、朝井リョウさんの『何者』で、そういう世界を知って、現実の厳しさに驚いた、という感じなんですよね。


 ただ、コンピュータを駆使してはいなかったけれど、僕が社会に出た20数年前にも、『就職戦線異常なし』なんて織田裕二さん主演の映画がありました。
「就職活動」というのは、いつの時代も学生にとって悩ましいものだったのです。


 その一方で、採用する側にとっても、「いかにして優秀な人材を集めるのか?」というのは、頭が痛い問題のようです。
 自分の企業についての美辞麗句を並べて、とにかく応募者をたくさん集めてふるいにかける、という「採用」は、もう時代遅れにものになってきているみたいです。
 そもそも、ネットを使うと、希望者が集まり過ぎてしまう、ということもあるわけです。
 あまりその仕事に興味はなくてもエントリーしてきて、採用されてもすぐに辞めてしまうとか、パンフレットの内容と現実の仕事のギャップにやる気をなくしてしまうとか。


 そもそも「優秀さ」とは何か?という問題があって、それぞれの企業によって、求めている能力というのは、違うのです。
 もちろん、能力・人格がともにすぐれたオールラウンダーを採用できればいいけれど、現実的には、そんな学生はほとんどいませんし。
 応募者が多すぎると、選ぶためのコストがかかりすぎる、という問題もあります。
 企業にとっては、応募者が多いことよりも、100人採用のところに、100人「その会社に合った人」が応募してくれる、というほうが、はるかに良いことなんですよね。


 この本の表紙には「こうすれば、必ずいい人材がとれる!」と書いてあるのですが、読んでみると、著者は「採用についてのさまざまな研究結果やデータが出てきてはいるけれど、『これをやっておけば大丈夫』という王道は現時点では存在しない」と仰っています。
 まあでも、「ケースバイケースですよ」とか書いてあったら、売れないんでしょうから、仕方ないのかな。

「いま日本の採用活動は大きく変わろうとしている。そして、今後もますます大きく変わっていくだろう。企業としては、そうした流れに絶対に乗り遅れてはならないわけだが、そのためには自社の採用を足元から見つめ直し、変革する必要がある。そして幸運なことに、そうした変革のための考え方やガイドラインは、すでに科学的手法によって用意されている。

 著者は、冒頭で、この本で読者に伝えたいことを一言でまとめると、こういうことだろうか、と仰っています。


 著者は「新しい採用」の一例として、映画『マネーボール』の題材となった、アメリカ・メジャーリーグのアスレチックスの選手獲得方針を挙げています。
 ヤンキースレッドソックスの三分の一の年俸総額のアスレチックスが、FA選手のマネーゲームに参加しても、まず勝ち目はない。そこで、彼らは新たな視点で「使える選手」を獲得することにしたのです。
 打者なら「出塁率」(とくに四球の多さ)、投手なら被長打率奪三振、与四死球を重視しました、

「弱小アスレチックスが、データ分析に基づく新しい採用によって、ヤンキースのような巨人と優勝争いをするような強豪にまでのし上がった」というのが『マネーボール』のストーリーなのだが、さて、ここから私たちは何を学ぶことができるだろうか?
 まず一つ目に、アスレチックスの成功の鍵が、緻密なデータ分析に基づき「自分たちのチームにとって優秀な選手とはいったい誰か」ということを、既存の価値観を排除し、とことん突き詰めた点にあるということだ。「チームの勝利に貢献するのは、実際のところどのようなファクターなのか」という点を、スカウトの勘や経験ではなく、徹底的なデータ分析によって洗い出し、選手の採用をその結果に基づいて行った。
 これは本書で説明する、「科学的なエビデンス(証拠・根拠)」に基づく(evidence-based)採用であり、そうして導かれた「優秀さ」が、ヤンキースレッドソックスのような強豪とまったく異なっていたために、そうしたチームと同一の選手をめぐって争うことなく、選手を採用することができたのだ。そう、採用は科学することができるのだ。
 二つ目に、メジャーリーグの世界において「新しい優秀さ」を創り出したことだ。「足が速い」「守備がうまい」「長打が打てる」といったことが「優秀な」選手の条件であるという通説が信じられている中で、アスレチックスは、「出塁率」こそが、チームの勝利に貢献する最も重要なファクターであることを突き止め、そうした観点から選手のスカウティングを行った。
 出塁率の高さというのは、選手の優秀さを表す数値として、それまでまったく評価されてこなかった。その意味でアスレチックスは、「優秀な選手」に関する新しい見方を提示したのである。もっといえば、「新しい優秀さ」を創り出したとすらいえる。採用によって「優秀さを探り当て、測る」というのが通常の理解であるが、他ならぬ採用によって「優秀さが創り出されている」ということを、このケースを示している。


 新しい「採用基準」を示すというのは、社会に対して、新しい「優秀さの定義」を示すことでもあるのです。
 ただし、『マネーボール』でも触れられていましたが、それが新しい基準として認知されると、みんながそれに注目することになります。
 そうなるとまた、そういう選手に多くの資金をつぎ込める資金力があるチームが有利、ということになってしまうんですよね。


 最近は、企業の採用において、なるべく個々の面接官の主観に頼らずに、客観的に評価するための工夫がなされています。
 この質問に対しては、こういうふうに答える人が、うちの会社には向いている、という「基準」が示されている場合も多いのです。
 ところが、今の情報化社会では、すぐに「就活対策」として、模範解答が共有されてしまう。
 そして、就活生たちは、同じような模範解答を口にします。
 著者は、教区社会学者の小山治さんが指摘している「採用基準の拡張」という現象について説明しています。
 小山さんは、企業の採用担当者のこんな言葉を紹介しているそうです。

 もう生理的にって言ったら本当は面接では一番許されないんでしょうけど、ちょっと気になるとか、一応模範解答はしてるんだけれども、その模範解答は既に、既に準備されている部分で、本当はその裏にみえてこないわれわれが引き出せなかった部分っていうのをもう少し本音ベースでみたい(中略)今の学生さんたちって結構そつないというか、情報を全部受けてますから、ソレなりに無難にはこなしてしまうんでね。


 これに対して、著者はこう述べています。

 本来の評価基準である「コミュニケーション能力」「向上心」「ストレス耐性」とは別に、当該求職者との「フィーリングの善し悪し」という基準が持ち込まれ、それを基準に、選抜の最終的な判断が下されてしまったのだ。本書の言葉でいえば、選抜において、もともとは能力のマッチングを行うことを目的としていたにもかかわらず、その場に、おそらく当の面接官自身も意図しない間に、フィーリングのマッチングが持ち込まれてしまった、ということになる。能力のマッチングの問題が、覆い隠されてしまったわけだ。
 このように就職活動の過熱化による求職者の就職スキルの向上によって、本来重要であるはずの(企業と求職者双方の)能力評価基準が拡張され、さらにフィーリングのような曖昧なものへとスライドしていく。この種の現象が、私自身の調査でも、かなり頻繁に起こっていることが確認されている。


 面接での「フィーリング採用」が、結果的にあまりうまくいかない、客観性に欠ける、ということで、評価基準を設定したはずなのに、情報が拡散し、みんなが準備してくると、そこで差がつかないために、かえって「フィーリング勝負」になってしまっているんですね。
 こういうのを嫌って、面接をやめた、という企業もあるそうです。


 いまの日本の企業では「コミュニケーション能力」が重視されているのですが、この本のなかでは、産業・組織心理学の研究者のブラッドフォードさんの研究結果が紹介されています。
 ブラッドフォードさんによると、人間の能力には「極めて簡単に変わるもの」と「非常に変わりにくいもの」の二つがあるそうです。

 ここで注目したいのは、多くの日本企業が採用基準として設定している口頭でのコミュニケーションが「比較的簡単に変化」する能力としてあげられていることだ。先に紹介した経団連の「新卒採用(2014年4月入社対象)に関するアンケート調査」によれば、日本企業の実に80%以上が、口頭でのコミュニケーション能力を、自社の選考の際に重視する基準としてあげている。既に紹介した日本企業の人事データの分析からも、日本の面接が、いかにこれを重視して構成されているかということがわかる。
 ところが心理学の世界では、これが相当程度可変的なものであり、意図的な努力によって向上するものであることが指摘されているのだ。大学1年生の時には、人の目を見て話すことすらままならなかった学生が、卒業する頃には他人とのコミュニケーションにすっかり慣れて、立派にプレゼンテーションをこなしたりするなど、私たちの日常的な経験に照らし合わせても、この主張には納得がいく。コミュニケーションの能力そのものの重要性を否定するわけではないけれど、これが果たして日本企業が採用時にコストをかけて確認するべき能力であるのかどうかという点について、疑問を持たないわえにはいかない。


 ちなみに、「非常に変わりにくい能力」とされているのが、「IQに代表される知能、創造性、ものごとを概念的にとらえる概念的能力、また、その人がそもそも持っているエネルギーの高さや、部下を鼓舞し、部下に対して仕事へのエネルギーを充填する能力」などだそうです。
 口頭でのコミュニケーション能力というのは、ものすごく重視されがちだけれど、それは、「入社後に、いくらでも改善できる可能性が高い」のです。
 もちろん、それも低いより高いにこしたことはないのだけれど、ちゃんと指導できる組織であれば、入り口ではそんなに優先順位を高くしなくても良い、ということなんですよね。
 そうか、そういうものなのか……
 その観点からいけば、適性試験やペーパーテストのほうが、面接よりも、その人の「変わりにくい、後天的に伸ばすことが難しい能力」を反映していることも多いのです。


 さまざまな企業のユニークな採用形態なども紹介されており、まさに、「いまの採用の最前線」がわかりやすく紹介されている良書だと思います。
 人事担当とは縁がない僕にも、面白く読めましたし、いま、就活をしている人にとっても、「敵を知る」という意味で、読んでおいて損はないかもしれません。
 多くのデータが出てきている現時点でも「人を評価する」というのは難しい。

 もちろん、科学によってすべてが解決されるわけではない。科学で解明できることは、ほんの一部でしかないかもしれない。ある企業との共同調査で、同社の採用時の面接評価と入社後3年目の業績評価の関係に関する統計解析をしたことがあるが、その際に驚くべき結果が出た。データ解析の結果、同社の面接官による面接評価(過去数年分の面接評価がすべてデジタル化されていたので、サンプルは膨大な数に上る)と業績の間には、まったくといって良いほど関係性が見られなかったのである。
 これ自体は、私たちが既に多くの企業で実証していることなので驚くべきことではないが、驚いたのは、そのようにほとんどの面接官の評価が優秀さを予測しない中で、たった二人だけ、驚くほど正確に入社3年目の業績評価を予測する面接官がいたことだ。彼らが「優秀だ」と判断した人材は、ほぼもれなく、3年後に極めて高い業績を示し、社内で活躍する人材になっていたのだ。後日、その2名の面接官と直接話をすることができたので、「面接では、一体何を見ているのですか?」と尋ねてみたが、彼らの答えは「求職者の目を見るようにしています」「雰囲気というか、たたずまいでわかるんです」といった、非常に曖昧なものだった。
 この二人の慧眼に比べれば、科学的に、周到に作り込んだ構造化面接や、莫大な資金をつぎ込んで作成した適性検査の持つ予想力は、なんとも頼りないもののように思えてしまう。どのような優れた選抜ツール(たとえば、用意周到にセッティングされた構造化面接)であっても、将来の社員の業績の半分も説明することができないことが分かっている。


 こういう人は「超能力」でも持っているのだろうか……
 超人的な頭脳を持っていた人間の棋士をコンピュータが凌駕しようとしているように、どこかで、こういう「勘」みたいなものも、アルゴリズムに敗れる日が来るのかもしれませんが。
 まあ、採用っていうのは「わからない」からこそ、いろんな人にチャンスがある、という面も「採用される側」にはあるような気もするんですよね。
 コンピュータによって「適所」に自動的に振り分けられるようになってしまうのを想像すると、けっこう怖い。


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