琥珀色の戯言

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【読書感想】20歳の自分に教えたい現代史のきほん ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

なぜロシアはウクライナに軍事侵攻したのか? それに対してアメリカや中国はどう動くのか? 日本はどんな対応をするのか? 世界のパワーバランスは? 経済はどうなる?

日々のニュースを見ていて次々と疑問が浮かぶ、そんな経験があなたにもあるのではないでしょうか。

実は、それらの疑問は少し前の歴史ををさかのぼることで解決できます。つまり現代史を知ればいいのです。

なぜなら、現代史に残るできごとは、毎日報道されるニュースから始まっているから。いまのニュースの発端は現代史のできごとの延長線上にあります。

「東西冷戦」や「イスラム情勢」「世界の軍事力」「世界経済」など、いまさら恥ずかしく聞けない現代史のきほんを、池上さんがやさしく解説します。現代史を理解するだけで、日々のニュースは各段に面白くなります


 タイトルは「現代史のきほん」なのですが、太平洋戦争後の「現代史」についてまとまった知識を得ようと思うのであれば、池上彰さんが東工大で行った講義をまとめたこちらの本のほうが僕は好きです。

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 こちらの本では「当時の人たちが、その出来事をどうみていたのか」が史料とともに紹介されていますし。

 この「20歳の自分に教えたい……」のほうは、現在、2022年5月の時点で世界に起こっていることの歴史的な経緯を振り返ってシンプルに解説する、という「ニュース解説的な要素」が強いと感じました。
 だからこそ、数時間で、いまの世界情勢がわかる、という面はありますし、「なんとなくわかっているつもりのことを、系統立てて説明してもらえる」というメリットもあるのです。国際情勢というのも、「わかっているつもり」だったり、「自分が属している陣営からみた解釈」でしかなかったりはするのですが、何に対しても「どっちもどっち」というわけにもいきませんよね。「歴史的な経緯を踏まえると、北朝鮮の立場もわかる」って、自国民が拉致されるのを容認する国はありえない。

 とりあえず、この本で採りあげられているなかで、僕がいちばん精読したのは、ウクライナ戦争についての解説でした。

 ウクライナの歴史も複雑です。ソ連ができる前、ウクライナロシア帝国に組み込まれていました。
 しかし、ウクライナの人たちの間で次第に独立の機運が高まり、彼らはロシア帝国に対して抵抗運動を起こすのです。
 これに目を付けたのが当時、ロシア帝国と戦っていた革命家のレーニンです。ロシア革命(1917年11月の社会主義革命)の指導者で「ソ連建国の父」と呼ばれている人ですね。彼はロシア帝国と戦っているウクライナを「敵の敵は味方」と考えて、その独立を支援しました。これに力をもらったウクライナロシア帝国と戦い、帝政が崩壊した後、独立を達成します。ところが、ここでレーニンの態度ががらりと変わりました。彼はソ連という社会主義国家を作るため、ウクライナソ連に入ったほうがいいと言ってウクライナを武力攻撃し、ウクライナソ連の中に引き込んだのです。
 こういう経緯をたどったので、ウクライナの内部では、ロシア帝国と戦った人、ソ連に入ることに反対して戦った人がいる一方、社会主義に共感してソ連の一員になることに賛成した人もいるという分裂した状態が生まれました。

 ロシアのプーチン大統領は、ソ連崩壊のことをどう思っていたのでしょうか。
 それについては、2005年4月に次のような発言をしています。
ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だった」(年次教書演説。出典:『防衛白書2015年度版』)
 地政学とは、地理的条件が国の政治・経済・軍事などにどんな影響を与えるかを研究する学問です。

 ソ連崩壊後、親欧米派と親ロシア派で政権を争ってきたウクライナでは、2014年以降、二人続けて親欧米派の大統領が誕生し、2019年には憲法を改正してNATO加盟を目指すと明記しました(出典:外務省)。ウクライナが「NATOに入りたい!」と西側諸国に強くアピールしたことで、プーチン大統領の怒りが爆発しました。
 プーチン大統領にすれば、かつての東ヨーロッパの国々がNATOに入るのは仕方がないかもしれない。しかし、とりわけロシアと関係が深く、共にソ連を作っていたウクライナNATOに入り、西側諸国の一員となることだけは絶対に許せない。ロシアへの裏切りだ、という思いがあるのです。
 ウクライナNATO加盟を阻止し、あくまでロシアの影響力が及ぶ地域にとどめておきたいプーチン大統領は、とうとう越えてはならない一線を越えてしまいました。


 いま50歳の僕は、米ソの冷戦から、ベルリンの壁が崩れ、ソ連が解体していくのをリアルタイムでみてきました。それだけに、プーチン大統領が「ウクライナまでアメリカ側につこうとするのか!」と憤る気持ちもわかるような気はするのです。
 その一方で、ウクライナの人たちが「もともとはレーニンに利用された挙句にソ連に組み込まれてしまったのだから、こうして独立したからには、我々の意思で動く」と思うのも当たり前です。より豊かで自由な西側(アメリカ・西ヨーロッパ側)に魅力を感じるのも理解できます(日本も「西側」ですし)。
 実際、NATOも、ウクライナの加盟には慎重な姿勢を続けてきたのも事実なのです。ロシアを刺激するのを恐れて、というのと、「もともと『あちら側』の国だったしなあ」というのと。
 もちろん、大国が軍事力にまかせて、他国に侵攻して、言うことを聞かせるのが蛮行であるのは間違いありませんが、実際にこういうことが起こってみると、大国(とくに核保有国)が「力」を行使した場合に、それを抑止するのは困難だというのを世界は思い知らされています。
 アメリカや中国が同じことをやったら、世界はどう対処するのか?

 今回のウクライナ戦争は、2014年のロシアのクリミア侵攻から繋がっているのです。
 2014年にロシア軍にほとんど抵抗できず、領土を失ってしまったウクライナは、その後の8年間で徴兵制を復活させるなど、戦力の増強を続けてきました。だからこそ、今回のロシアの侵攻に対して、粘り強く抵抗できているのです。
 ロシア側としては、2014年のことを思えば、今回もウクライナは簡単に屈服するだろう、と戦争を仕掛けてしまった可能性もあります。
 こう考えていくと、「じゃあ、日本ももっと防衛力を強化しなくては」という話になりそうですよね。
 世界中が同じように考えれば、軍拡競争はエスカレートしていく一方です。
 今回、直接的な軍事援助に拠らずにロシアの野心をくじくことができるかどうかは、世界の軍事大国の今後の動きに大きく影響しそうです。

 
 この本を読んでいると、いまや、アメリカに対して「もうひとつの大国」として立ちはだかっているのは、中国であることに再三言及されているのです。
 中国は、共産党一党独裁の利点を活かして、「民主主義の国」であれば、受け入れられないようなシステムをどんどん取り入れ、「経済大国」「IT大国」になっています。

 日本にも監視カメラはありますが、必要最小限にとどめるのが原則ですよね。たくさん設置すれば「プライバシーがないじゃないか」と批判の声が上がります。でも、中国ではそういう苦情を言う人はいません。
 理由は、犯罪が減っているからです。監視カメラがあると、悪いことをすればすぐに捕まってしまいます。強盗、スリ、窃盗、交通違反など何をやっても監視カメラに全部映っているので、犯人は逃げようがないのです。このため、「監視カメラのおかげで犯罪が減ってよかった」と肯定的に受け止める人が多いということです。
 実際、中国のAIを使った監視システムは極めて高性能です。中国政府が横断歩道付近に設置した監視カメラの映像を見てみると、画面上の動いている一人一人の横に文字情報が表示されていました。たとえばある歩行者には、「大人」「長ズボン」「男性」「上半身灰色」「下半身灰色」という表示が即座に出ます。このシステムは監視カメラと顔認証システムが連動していて、その人物を特定できるそうです。14億人を3秒以内で顔認証できるというから驚きです。
 また、ある横断歩道では、うっかり信号無視をしてしまうと、違反者の顔と個人情報が近くのスクリーンに表示されます。時には家族や勤務先に通知されることもあるそうです。

 中国は戦闘機開発やロケットの技術ではアメリカ、ロシアにまだ追いついていません。でも、発展途上のドローンの分野ではもう勝てるようになっています。開発を推し進めた揚げ句、中東やアフリカなどにドローン兵器を輸出するまでになりました。今の中国は無人機の輸出大国です。
 そして、ドローン兵器が実際に中東やアフリカの戦場で使われれば、実戦でのデータも蓄積できるはずです。それぞれのドローン兵器がどのように有効でどこが問題なのか、中国は得られたデータをもとに改良できます。
 中国のドローンは性能がかなりいい一方、価格は非常に安く、売り込みには有利です。中国は内政不干渉を掲げていますから、輸出先が独裁国家であろうが何だろうが文句は言いません。どこにでも売りますよという姿勢なので、独裁国家が喜んで買ってくれます。兵器ビジネスにも長けているということですね。


 最先端のAIが、「犯罪抑止」や「めんどうな手続きの簡略化」にだけ使われているのであれば、それで良いのかもしれませんが、現在の中国では、「反政府運動の監視」や「現在の政治体制の維持」のために利用されているのです。
 それでも、経済的に発展し、自分の日常生活が豊かになっていく中であれば、「監視社会化」への抵抗は、案外少ないものではあるようです。
 ウイグルなど、強制的な「中国化」が進められている地域は別として。


 新しい知識が得られる、とか意外な発見ができる、という本ではないのですが、「数時間で、現在の世界情勢に関する知識の整理ができる、便利な本」ではあると思います。それならば池上さんのテレビ番組を見ればいいのかもしれませんが、最近の僕は地上波の番組を視るのが面倒になってしまっていて、本のほうが自分のペースで読めるので良いんですよね。


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