琥珀色の戯言

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【読書感想】逆ソクラテス ☆☆☆☆

逆ソクラテス

逆ソクラテス


Kindle版もあります。

逆ソクラテス (集英社文芸単行本)

逆ソクラテス (集英社文芸単行本)

敵は、先入観。
世界をひっくり返せ!

伊坂幸太郎史上、最高の読後感。
デビュー20年目の真っ向勝負!

逆転劇なるか!? カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える――「逆ソクラテス
足の速さだけが正義……ではない? 運動音痴の少年は、運動会のリレー選手にくじ引きで選ばれてしまうが――「スロウではない」
最後のミニバス大会。五人は、あと一歩のところで、“敵”に負けてしまった。アンハッピー。でも、戦いはまだ続いているかも――「アンスポーツマンライク」
ほか、「非オプティマス」「逆ワシントン」――書き下ろしを含む、無上の短編全5編を収録。


 伊坂幸太郎さん、デビューから20年か……僕も年とったはずだよな……と思いつつ手にとりました(実際はKindleで読みました)。
 新型コロナウイルス関連の話題にはけっこう食傷気味なのだけれど、「コロナ以前」に書かれた本、とくに「社会」について書かれたものは、なんだか古く感じてしまうのです。
 今がチャンス!とばかりに、怪しげな未来予想図を広げて、信者を獲得しようとしている人も多いし。

 何か「物語」を読みたい、あんまり重苦しくないやつがいい。ただ、あまりにも楽天的な話だと、現実とのギャップで、なんだかついていけないような気がする……

 そうだ、伊坂幸太郎だ!
 伊坂さんの、ちょっとひねくれた人道主義やタフな登場人物は、いま読むのにちょうど良いのではなかろうか。

 というわけで、この『逆ソクラテス』を読み始めてみたのです。
 小学生、中学生の子供たちが主人公の物語なのですが、イジメやシゴキや学級崩壊に見舞われた学校生活のなかで、とくに勉強や運動ができるわけでもないが、疎外されているわけでもない、という、クラスの最小派閥の目立たないひとり、が主人公の話が多いんですよね。

 僕自身もクラスのなかで、そういうキャラクターで、閉塞感にとらわれながら過ごしてきたので、すごく物語に引き込まれていきました。

 自分が自分の人生の主役だというけれど、世の中という舞台で考えると、ほとんどの人はモブキャラでしかない。

 狭い世界のなかで、「主役」としてふるまうことに慣れている連中に、引け目を感じ、彼ら、彼女らの顔色をうかがって生きていくしかない。

 でも、本当にそうなのか?

 この短編集の語り手たち自身は「勇者」ではないけれど、その「閉じ込められた場所」に風穴をあけてくれる人に出会うのです。
 先入観を捨てれば、世界は変わる。

「今まであちこちの学校に通ったけどさ、どこにでもいるんだよ。『それってダサい』とか、『これは恰好悪い』とか、決めつけて偉そうにする奴が」
「そういうものなのかな」
「で、そういう奴らに負けない方法があるんだよ」
 僕はその時はすでにブランコから降り、安斎の前に立っていたのだと思う。ゲームの裏技を教えてもらうような、校長先生の物まねを伝授されるような、そういった思いがあったのかもしれない。
「『僕はそうは思わない』」
「え?」
「この台詞」


 この本を読みながら、僕は何度も思ったのです。
 僕もあのとき、思い切って、「僕はそうは思わない」と言えれば、人生が変わっていたかもしれないな、って。
 
 この本を読んでいると、小学生や中学生だった頃、自分が見た光景を思い出すのです。
 運動会の場面を読んでいて、僕の同級生が、リレーのアンカーで疾風のような走りを見せて、大歓声を浴びてゴールテープを切っていたなあ、とか。
 伊坂さんは、そういう「誰もが子供の頃に(ほとんどは傍観者として)みていた情景を再現するのがものすごく上手い。
 あのとき、「すごいなあ」と「うらやましいなあ」が入り混じっていた子供の頃の僕は、今も、僕の中にいる。

 伊坂さんのデビュー時は、「洒落た会話と、どんでん返しと、爽快な読後感」のイメージが強くて、「すごい人が出てきたなあ」と思っていたのです。
 でも、僕自身は、「あまりにもいろんなことがうまくいきすぎる伊坂幸太郎の世界」に、反発していた時期も長かったんですよね。
 世の中、こんなにうまくいくはずないだろう、って。
(フィクションにそんなことを言うのは間違ってはいるのだけれども)

 伊坂さん自身も、しばらく、「重い」というか、「ハッピーエンドとは言い難い」、苦い後味を残す作品を志向していたように思うのです。

 でも、この『逆ソクラテス』は、そんな迷いを捨てて、あえて、子供たちに「自分が思ったことを言葉にする勇気の素晴らしさ」を書いた作品だと僕は感じました。

 伊坂さんの「善性」というか、「小説を書くことによって、自分がいる世界を少しでも善くしていきたい」という、意志が伝わってくる小説なのです。

「世の中、そんなにうまくいくわけないだろ。ご都合主義すぎる」
「そもそも、そんな勇気なんて、出そうと思っても、みんな無理なんだよ」


「僕はそうは思わない」

 大人にとっても、少しだけ勇気を出したいときの、お守りになる一冊だと思います。
 今、世界が「同調圧力」に包まれているなかで読むと、本当に沁みるよ、これ。


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