琥珀色の戯言

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【読書感想】興行師列伝 愛と裏切りの近代芸能史 ☆☆☆☆

興行師列伝 愛と裏切りの近代芸能史 (新潮新書)

興行師列伝 愛と裏切りの近代芸能史 (新潮新書)

  • 作者:笹山敬輔
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/16
  • メディア: 新書


Kindle版もあります。

興行師列伝―愛と裏切りの近代芸能史―(新潮新書)

興行師列伝―愛と裏切りの近代芸能史―(新潮新書)

  • 作者:笹山敬輔
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: Kindle

内容(「BOOK」データベースより)
華やかな舞台での熱演、鳴り止まぬ大歓声…しかしその裏では、血と汗と金にまみれた争いがあった―。情熱と野望で大衆芸能の発展に貢献した、松竹・吉本・大映東宝の創業者たち。その波瀾万丈の人生やライバルとの仁義なき戦いを、膨大な資料からドラマチックに描く。ヤクザや官との癒着、札束攻撃、二枚舌…昔も今も、芸能界はグレーゾーンだらけの弱肉強食の世界。注目の演劇研究者による、興行師たちの物語。

 十二代目守田勘弥大谷竹次郎吉本せい永田雅一小林一三。明治から昭和にかけて活躍した、5人の「興行師」たちの伝記をまとめたものです。

 吉本興業の所属芸人が、反社会的勢力にギャラをもらって「出演」していた事件は大きな問題となりました。
 「興行」というものは、当たれば大きいが、ダメなときは大損、というギャンブル的な要素が強く、長年、興行師は反社会的勢力と密接な関係を築いてきました。

 著者は「興行師」について、こう述べています。

 現役の興行師が、同時代の人々から称賛を受けることは少ない。大谷だけでなく東宝小林一三も、吉本興業吉本せいも、生前には悪評粉々だった。その最もたるものが「金儲け主義」で、芸術は二の次で金にしか興味がないと言われ続けた。それが今ではドラマ化されるような偉人扱いなのだから、「棺を蓋いて事定まる」とは興行師のためにある言葉のようだ。
 興行師は過大なリスクを背負い、ときに「悪役」をも引き受けねばならない。他の産業と比べると、ハイリスク・ローリターンなのが現実で、決して割の良い商売とは言えない。それでも、興行の魔力に一度ハマってしまうと、抜け出すことができなくなる。彼らを興行へと駆り立てているものは何なのか。
 劇団の座付作家から、のちに東宝の重役として興行師側にまわった菊田一夫は、次のように語っている。

 事実興行師にはあくどいうところもあり強欲なところもあるが、その半面余程のお人好しか、この商売の好きな馬鹿でなければつとまらない可哀想なところもあるのだということがよく判りました。(『文藝春秋昭和35年5月号)


 本書には、近代日本の芸能史を代表する、五人の大興行師が登場する。彼らは、興行の世界を「近代化」することによって成功する一方、ヤクザや政治とも関わりながら伸し上がっていった。それは、野心あふれる者たちによる、権謀術数が渦巻く仁義なき戦いである。彼らのあくどくて強欲で、それでいて可哀想なところもある生涯を見ていこう。


 「興行」というのは、大きなお金が動くだけに、ヤクザがらみの争いが絶えなかったり、政治家との結びつきを利用したりする者が多かったのです。
 というか、クリーンにやる、というのが極めて難しい世界だったんですね、つい最近まで。

 2017年のNHKの朝ドラ『わろてんか』のモデルにもなった吉本せいさんは、吉本興業を隆盛に導いた大功労者ですが、著者は、吉本興業の社史の記述などを踏まえて、こんなふうに書いています。

 ヤクザと興行の関係は、何も吉本に限ったことではない。本書でも記しているように、松竹や東宝にも結びつきはある。とはいえ、先の警察資料にあるように、吉本とヤクザの関係は、距離が近すぎたと言えるだろう。もちろん、それは(林)正之助(吉本せいさんの実弟)一人の責ではない。正之助に言わせれば、「姉はいつもいいとこどりで、私らはきたないとこへばっかりやらされてました」ということになる(澤田隆治『決定版 上方芸能列伝)。21世紀になってもなお、その呪縛から逃れられなかったことが、騒動の遠因である。
 吉本に関する書は数多いが、その中で最も印象的な言葉を残しているのは、「お家騒動」の当事者ともなった中田カウスである。彼は吉本の本質について、次のように語った。

 吉本の実態なんてマネージメントという名の合法的な人身売買、テキヤ稼業の巨大化したもんですからね。そこらへんから湧いてきた芸人を酷使し、上前をゴソッと搾取することにより膨大な利益を得る優良企業──それがええ意味でも、悪い意味でも吉本の正体なんです。まさに、ホンマもんの”興行”」の会社ですわ(増田晶文吉本興業の正体』)

 芸人らしいあけすけな言い方だが、やはり歴史を知る者の言葉は重い。小さな一軒の寄席からはじまり、奇々怪々な芸人や裏社会のアウトな人々が登場する吉本建国の物語は、まさに「ホンマもんの興行」の歴史である。


 たしかにこの「吉本建国の歴史」を読んでいると、興行というのは、綺麗ごとだけでは済まない世界なのだなあ、とあらためて思い知らされます。
 吉本せいさんは、昭和10年に贈賄・脱税容疑で大阪検事局に出頭を命じられたのですが、その疑惑のキーマンとされた、大阪府議会議長の辻阪信次郎さんの自殺もあって、重い罪に問われることはありませんでした。
 吉本興業は、太平洋戦争の戦時下では戦争に協力し、慰問団に参加した芸人が命を落としたこともあったのです。
(あの時代に「戦争協力をした」というのは、ごく当たり前のことではあるとしても)

 いまでも吉本興業は政府の仕事を請け負っているし、「湧いてきた芸人たち」を集めて上前をはねるどころか、芸人志望の若者を集める学校までつくって、学費は取るは頭角を現した芸人を囲い込んで搾取するはで、まさに「上前をゴソッと搾取することにより膨大な利益を得る優良企業」であり続けているのです。
 
 ただ、興行というのは失敗するとあっという間に転落していくハイリスクの商売であり、役者と芸人は、「興行」がなければ、自分の能力を発揮できず、生きていけない人たちなのです。
 だから、芸人は興行師に一方的に酷使されているというよりは、「一蓮托生」の関係でもありました。


 大映社長として「羅生門」などを製作し、プロ野球のオーナーやダービー馬トキノミノルの馬主としても知られる、永田雅一さんの項より。

「政商」としての盟友・萩原吉太郎は、永田の通夜の席で「彼は好きなことをして死んだ」と挨拶している。だが、永田の「好きなこと」とは何だったのか。莫大な金をつぎ込んだ政治と野球と競馬は、いつも道楽だと言われ続けた。では、永田にとって映画とは何だったのか。出世の道具だったという見方もあるかもしれない。それでも、新興キネマ時代から大映倒産まで行動をともにした映画監督の森一生は、永田のことを次のように語っている。おそらく、これ以上に永田を喜ばせる言葉はないのではないか。

 はっきりいうと、松竹や東宝の社長なんどより、映画が好きだったんじゃないですか。向こうは企画家ですからね。永田さんはほんとに映画好きだったと思いますよ。(『森一生映画旅』)

 「興行」の歴史を紐解いてみると、本当に「ハイリスク・ローリターン」で、順調にみえても、一度コケたら終わり、という世界なのです。
 逆に、どんなに借金を重ねても、何度も「復活」してくる人もいる。
 自分の好きな舞台や映画をつくるっていうのは、まさに「究極の道楽」という感じがしますし、一度ハマったら、なかなかやめられないのだろうなあ。
 吉本興業の場合は、「芸人からの搾取」ではあるとしても、「興行」で安定して利益をあげて、大きな会社を運営していくための方法を突き詰めた結果ではある。
 本当に「芸人ファースト」にできるほど甘くはない、というのが現実なのだと思います。
 そして、世の中には観客として「興行」を必要としている人が、大勢いるのです。


小説吉本興業 (文春文庫)

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