琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】日本車は生き残れるか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

5年後のビジネス構造変化を読み解く、最良の教材は自動車産業だった!

ガソリン車の廃止 世界規模の再編 水平分業の大波 そしてコネクテッド
日本経済の大黒柱は大丈夫か

世界の自動車産業を知り尽くすコンサルタント・ジャーナリストの描く未来
忖度なしに「自動車業界」の現状を描く


 この本を読んでいて、グーグルの元会長、エリック・シュミット氏の言葉を思い出しました。

「車とコンピュータは出てくる順番を間違えた。どう考えても正解は、コンピュータに車輪をつけることだ」


 環境にやさしい車、電気自動車に自動運転車など、いま、自動車をめぐる状況は「100年に一度の大転換期」にあるといわれています。
 そんななかで、日本の「基幹産業」である自動車産業と自動車メーカーは、あまりにも劇的な変化についていけるのか?

「日本の自動車業界は崩壊するのではないか」
 そのような言説が、いつのころからか目立つようになった。
 いうまでもなく、自動車産業は重工業・電気電子と並んで戦後の経済復興の立役者であり、重工業や家電メーカーが衰退しつつある現在は、日本経済を支える大黒柱的な存在である。日本自動車工業会自工会)の統計によれば、自動車製造業の製造品出荷額は62兆3040億円とGDPの約1割を占める。全製造業の製造品出荷額に占める自動車製造業の割合は18.8%、自動車関連産業の就業人口は542万人に達する(2018年時点)。
 日本のGDPの約1割を占める巨大産業の崩壊など想像もつかない。このコロナ禍の時代にあって、トヨタ自動車など一部のメーカーは、むしろ販売台数を伸ばしており、「自動車業界の危機など大嘘だ」と断ずる業界関係者や専門家も多い。
 それでは本当のところはどうなのか。
 日本の自動車産業は崩壊しない。ただし、戦い方のルールは大きく変化する。そして、新しいルールに適応できた企業だけが生き残ることができる。
 これが本当の「解」である。


 僕も通勤やレジャーなどで、ほとんど毎日車を運転しているわけですが、自動車産業が日本経済でここまで大きな割合を占めている、というのは知りませんでした。
 そして、さまざまなジャンルで、いつのまにか他国の後塵を拝するようになった日本の製造業のなかで、自動車はいまでも技術的には世界の最先端にあるのです。
 ところが、自動車というものの概念の変化によって、日本の自動車産業は、世界から取り残される可能性がある、と、この本の著者たちは指摘しています。

 それではどのようにルールが変更されるのか。ここでは概要だけ述べておきたい。
 キーワードは、ここ数年で世界中に広がった「CASE」だ。コネクテッド(connected)のC、自動化(autonomous)のA、シェアリング(shared)/サービス(service)のS、電動化(electric)のEのそれぞれの頭文字をとったもので、2016年に開催されたパリ・モーターショーでダイムラー会長(当時)のディーター・ツェッチェが使った言葉として知られる(世界的にはACES(autonomous、connected、electric and shared mobility)という言葉の方が一般的だが、本書では、日本で浸透した「CASE」を使用する)。
 日本の自動車業界では往々にしてE(電動化)やA(自動化)の開発が先行して話題になりがちだが、「C」「A」「S」「E」を並列で眺めていると本質を見誤る恐れがある。
 CASEの最大のポイントは、Cつまりコネクテッドによって自動車がIoT(Internet of Things=モノのインターネット)の枠組みの中に組み込まれていくという点なのである。自動車というモノがインターネットにつながると、自動車を取り巻く世界は大きく変わることになる。自動車産業の本当の大変化はそこから始まる。
 もともとはOA機器だったパソコンがインターネットにつながった結果、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表される無数のIT企業が生まれた。電話がネットとつながったスマートフォンの登場によって莫大な数のアプリケーションやサービス提供者が生まれた。これと同じ文脈で今の自動車業界はとらえられるべきなのだ。


 僕は高校を卒業した年に運転免許を取って以来、30年くらい車に乗り続けているのですが(その割には運転が上手くならない、と自分でも悲しくなります)、正直、30年前も今も車ってそんなに変わらないよなあ、と思ったんですよ。
 でも、あらためて考えてみると、安全性は向上したし、ライトは自動で点くようになりました。音楽はカーラジオからカセットテープ、CDと変わっていき、今ではiPhoneのライブラリーからBluetooth経由で車内に流せます。カーナビが多くの車に搭載されるようになって、道に迷うことも少なくなりました。
 変わらないようで、自動車は、少しずつ進化し続けているのです。僕が子どもの頃は、冬場はフロントガラスが凍って、父親がやかんでお湯をかけていた記憶がありますが、最近はそんなことしないですよね。

 車とインターネットが密につながることによって、もっと劇的な変化が起きようとしているのです。

 日本では「モノづくりの技術」ばかりが追求されがちだけれど、今の世界の製造業では、「設計図さえあれば、ほとんどの部品を外注でつくれてしまう」のです。
 自前の製造工場を持たなくても、お金と設計図さえあれば、「製品」をつくれてしまう。
 だからこそ、「利用者、消費者は何を求めているのか」を見極めて、それに合ったモノやシステムを提供しなければなりません。

 iPhoneに使われている個々の技術は、一部のものを除けば、けっして「最先端」ではありません。でも、「これを買えば、生活が楽しくなる」ことを期待して、人々は高価なiPhoneを買うのです。ニンテンドースイッチもそうですよね。


 ジャパネットたかた高田明社長が2012年5月4日に放送された『金スマ』に出演していたのを観て、僕は日記にこう書いています。

 夜、『金スマ』で「ジャパネットたかた」の社長の半世紀を観た。
 長崎の小さな町のカメラ店から出発し、いまや年商1500億円の大企業となったジャパネット。
 とくに印象的だったのは、高田社長の商売への情熱と、「人が来ないからこそ、生まれた工夫」の数々だった。
 ビデオカメラが発売された時、近所の人の家に直接行って子どもの映像を撮り、それをテレビにつないで見せて、小さな町ですごい数のビデオカメラを売ったそうなのだが、「高田社長は、製品の機能ではなく、それによって、どう生活が変わるかをお客さんに説明していた」とのことだった。
 簡単そうにみえて、技術畑の人間にはなかなか難しい事なのだと思う。
 ああ、これはジョブズ復帰後のアップルの広告戦略と同じだよなあ。

fujipon.hatenablog.com


「高性能だから」それを選ぶのではなく、「生活が良いほうに変わる」ことを期待して、人はモノを買う。
 
 自動車そのものが「ステータス」だった時代とは、価値観が変わってきてもいるのです。
 テスラとかは、それはそれでステータスになっているのも事実なのですが。

 日本の車は「技術」で勝負してきた、という成功体験に引きずられていているのではないか、と著者たちは危惧しているのです。

 日本の自動車産業ではエンジニアに序列のようなものがある。頂点に君臨するのは、エンジン製作に携わるエンジニア、いわゆる「エンジン屋」である。
 自動車には限られたスペースの中に機械がぎっしり詰まっている。ボディ、トランスミッション、電気系統などを担当する各エンジニアが、車両内部の熾烈な陣取り合戦を行うのだが、最も価値がある部品とされるエンジンを中心に配置が決まるために、それぞれの機械を担当するエンジニアたちにも自然と優先順位のようなものができる。
 ホンダなどはその典型で、長年、「エンジン屋」が経営のトップを務めてきた。もちろん、一概にそれが悪いと言いたいわけではない。エンジン畑の出身者が経営のトップに立つというのはその人物自体が優秀であることの何よりの証明だったろうし、社内での尊敬を得ていることで調整役として機能する機会も多かったはずである。
 しかし、世界中の自動車産業が電動化に大きく舵を切っている中で、エンジニアにも地殻変動のようなものが起こっている。より具体的にいえば、これまで自動車産業の中では軽く見られがちだった電気系、材料系のエンジニアの重要性が増しつつあるのだ。

 これが、「ソフト屋」と呼ばれるIT系のエンジニアになると、日本の自動車産業では、まだヒエラルキーにも組み込まれていないような印象さえ受ける。言うまでもなく、コネクテッドの時代、自動運転の時代においては、自動車産業にとってITのエンジニアはこれからますます欠かせない存在になっていくのは明らかである、にもかかわらずだ。
 電気・材料・IT系のエンジニアの軽視(軽視という意識は企業側にはないかもしれないが、そのような風土は依然として残っている)を、日本の自動車産業は見直す必要があるように思われる。私(川端)がエンジニア出身であるからかもしれないが、国内の自動車産業を取材するたびに、エンジン屋を中心とする、「メカ屋至上主義」のような雰囲気を感じる。


 例に挙がっている『ホンダ』などは、「エンジン屋が会社のトップに立っている」というのを「技術を大切にしている会社なんだな」と、僕は肯定的にとらえてきたのです。
 でも、技術者のなかでの「序列」みたいなものが、「これからの新しい車で重視されるIT系の技術者の居心地が悪い環境」をつくってしまっているのでは、日本の自動車産業の未来は暗い。
 価値観をアップデートしていかないと、スマートフォン時代に、最高の技術を結集したガラケーをつくってしまうようなことになりかねません。
 著者たちは、ヨーロッパでの取材で、携帯電話の世界的なメーカーだった『ノキア』がスマートフォン時代に凋落したことを多くの自動車メーカーの幹部たちが意識していたと述べています。

 日本の自動車も「ガラケー化」してしまうのではないか、という著者たちの危惧は、自動車業界を外から眺めているだけの立場の僕には、真っ当なものだと思われるのです。

 個人的には、車の中にいるときくらい、「オフライン」でも良いのではないか、と思うんですけどね。
 カーナビにしてもリアルタイムに情報を更新しているわけで、インターネットから逃れることはできない時代ではありますが。


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