- 作者:北川 尚人
- 発売日: 2020/06/19
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
若者シェア奪還のファンカーゴ、bB、米国乗用車販売台数No.1のカムリ、未来のコンセプトカーpodなど多くのヒット車を生み出した名チーフエンジニアが明かす売れる製品を出し続けられる秘密。
ファンカーゴ、bB、カムリなどを生み出した、トヨタの名CE(チーフエンジニア)として知られる著者が、チーフエンジニアの仕事の内容と適性について、自らの体験をもとに解説した本です。
トヨタには、製品開発システムの根幹をなすチーフエンジニア制度(古くは主査制度と言われていた)が存在する。チーフエンジニア(以下、CE)は、車両コンセプトの創造からデザイン、設計・評価、生産、販売、品質保証、サービスにいたる、あらゆるプロセスの監督者だ。車種ごとに社歴20年以上のベテラン技術者(たまにデザイナー)が指名され、その下で、多くの部署が一丸となりヒット商品の開発に邁進する。
そのルーツは、初代クラウン(1955年発売)の開発時代へさかのぼる。1953年5月に当時秘術担当取締役だった豊田英二氏(トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎氏の従弟、のち社長)がクラウンの開発責任者として中村健也氏を最初の主査に任命した。
主査には、車の開発責任はあったが、人事権はなかった。従って彼は、自分のやり方を徹底させるために、いろいろな所へ出向き、とくに若いエンジニアの所へ行き自分の考えを示したり督励したりしたそうだ。そういった彼のやり方を後の主査が引き継ぎ、それが骨格となり主査制度へと徐々に築き上げられ、トヨタの特徴となり財産となった。
その後、会社は大きくなり組織も複雑化した。1989年8月、組織のフラット化に伴い各部署に急増する「主査」と区別するため、「チーフエンジニア(CE)」と呼称することになった。チーフエンジニア(Chief Engineer)の下にはサブ・チーフエンジニアの位置づけで数名の主査(Deputy Chief Engineer)が配置された。
このCE制度をアメリカの巨大IT企業GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)の各社が研究し、プロダクトマネージャー制度として導入していると著者は述べています。
その一方で、著者のもとに、ある国の新興企業から「CE制度を取り入れたい」との申し出があったそうですが、著者は「仕組みだけを真似しようとしても、周りのスタッフや協力してくれる企業との相互理解の積み重ねがないと、形だけ真似しても、うまく機能しませんよ」と答えた、という話も紹介されています。
言われてみれば当たり前のことなのですが、トヨタのCE制度は、CEの能力だけでなく、長年つちかわれた企業文化があればこそ機能しているのです。
GAFAのような超優秀な人材がそろっている企業であれば、それなりにうまく使いこなしてしまうものなのかもしれませんが。
著者は「bB」という車の開発費削減のために、画期的な試みを行っています。
所領の企画、デザインは順調に進み出だしていたが、CEにとっては一つ大きな頭痛の種があった。それは、製品企画部管掌の岡本一雄取締役から「開発費を従来の半分にせよ」という重たい宿題をもらっていたからだった。岡本取締役の心には、ヒットするか否かリスクが高いプロジェクトなので手間隙かけずさっさと開発して欲しいという思いがあったのだろう。そこで行き着いたのが、「試作車レス開発」だった。しかし、「試作車レス開発」を最初から目指したわけではない。「開発費削減」のため、1998年半ばから開発費を管理する部門を中心に検討が重ねられた。これまでの開発を振り返り、設計のやり直しがなかったら、開発のムダをとことん排除したら、さまざまな条件の下、開発費をどのくらい減らせるかを検討した。何十台も製作していた試作車の台数を半減、3分の1、5分の1にしたらいくら減らせるかなどとシミュレーションを繰り返した。
しかし、なかなか開発費半減にはたどり着かない。もうアイデアが尽きたと思われた時、半ばヤケクソになり1台も試作車を造らない前提で計算してみると、なんと半減が達成できるではないか。というわけで「今度は試作車を1台も造らずに、車両性能の予測や組付け性の確認ができないか」を考えることにした。
この本を読んでいると、僕がイメージしている「クルマづくりの現場」と、いま、実際に行われている新車の開発には、大きな違いができていることがわかります。
20年前から、試作車をつくらなくても車ができるようになっていたのか……
ちなみに、著者は、試作車をつくらなくても、安全性には問題がなかったことにも言及しています。
そして、トヨタの「原価」に対する厳格さには、読んでいて何度も驚かされました。
このCEという仕事、新車開発のトップとして、みんなの意見をまとめたり、会議室で報告を受けながら全体の方針を決めていく、というようなものかと思いきや、本当にいろいろなことをやっているのです。
2010年、これからのインドネシア経済発展を見据え、農村にもモータリゼーションの波が押しよせてくるだろうと、農民の生活実態を調べることになった。農村生活を体験し将来車が必要になるのか、どんな車が必要になるのかを調査した。インドネシアの将来の商品ラインナップを考えるうえで、トヨタウェイの現地現物を実践するまたとない機会となった。
軽トラック的な商品が頭にあったので、いろいろな農作物によって荷台への積載要件が出てくるのではと考えたからだ。日本でも青森県ではリンゴ箱サイズは軽トラの荷台の大きさと密接に関係している。訪問インタビュー32件(ジャワ4農村、スマトラ5農村)、泊まり体験計5泊(ジャワ2泊、、スマトラ3泊)を行う計画を立てた。私もジャワ、スマトラにそれぞれ1泊ずつすることにした。
ジャワ島で訪れたのは、東部の都市スラバヤから車で2時間くらいのシャボンという村だ。のどかな田園地帯の中の30戸くらいの集落を訪れた。
6軒のお宅を訪問し、生活の現況、今後の生活設計などを伺い、そのうちの1軒に泊めてもらった。まず驚いたのは1日5回のイスラム教のお祈りだ。泊めてもらった家の隣が集会所になっていて、当番が拡声器を通じ大音量でお祈り吟ずる。早朝のお祈りは目覚まし替わりだ。電気はきているが、煮炊きはかまどかプロパンガス。水は井戸から。ただし飲料水は封がしてあるプラスチックコップ容器にストローを差して飲んだ。
食事も特別なものではなく、普段と同じものを一緒に食べさせてもらえるようお願いした。
各部署から、さまざまな問題が持ち込まれてきて、その判断を求められたり、海外との折衝をしたりするだけでも大変そうなのに、こんなことまでやっているんですね、CEって。
1人の人間の仕事量としては、あまりにも多すぎるのではないか、と思いますし、常人にはつとまらない仕事だよなあ。
自分がデザインした車が量産され、街を走っているっていうのは、車好きには最高のロマンだろうけど。
著者は、CEの先輩から、「すべての部署の専門家になるのは無理だから、自分の専門領域を持ったうえで、あとは、どの部署の専門家とも話が成り立つくらいのレベルの幅広い知識を持っていればいい」とアドバイスされたそうです。
車って、デザインからエンジン、車体、オーディオ、最近はコンピュータなどさまざまな技術の組み合わせであり、「それなりに話ができる」レベルになるのも、並大抵のことではないと思います。
チームで仕事をする人、とくに、そのまとめ役になる人は、読んでみて損はしない内容です。
ここまでやらないといけないのか……と打ちのめされるかもしれないけれど。
- 作者:(株)OJTソリューションズ
- 発売日: 2015/02/23
- メディア: Kindle版