琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

「仲が悪かったドリフターズ」と嘘つきな記憶たち

http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/story.html?q=27gendainet07019507&cat=30

↑まあ、「ゲンダイネット」の記事なので、話半分ではあるのですけどね。
実際にこの番組で加藤茶さんがいかりや長介さんの悪口を言っていたのは事実のようなのですが、某mixiでこの記事を読んだ人の感想として、「ドリフターズがそんなに仲が悪かったなんてショック!」というものがけっこうあって僕は驚きました。
えっ、みんなそんなにドリフターズが仲良しだと思っていたの?って。

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20040321
↑で御本人が書かれているように、いかりやさんは、ドリフターズのコントをほとんどひとりの力で作っていたそうです。それで、「独善的だ」「作家の台本を採用しない」なんて言われてもいたようです。だから、同じ「ドリフターズ」のなかでも、いかりやさんは、むしろ「放送作家」的な立ち位置で、他の4人(あるいは、荒井注さんも入れて5人とすべきでしょうか)にとっては、「同じグループの中でも、ちょっと違う人」ではあったんですよね。そして、「ネタを作る人」としてのいかりやさんが、ドリフターズのなかでギャラの取り分が多かったというのは、たとえば歌手の作詞・作曲の印税(各3%)と歌手の印税(1%くらい)を考えれば、けっして異常なことではないのです。「ドリフターズ」として僕たちが見るときには「5分の1」ですけど、実際には、「いかりや長介は、ドリフターズの頭脳」だったのだから。
そして、「いかりや長介が舞台の上で面白くない」のは当たり前の話で、逆に、「放送作家向きの人だったのに舞台に上がって自分で演じていた」ということのほうが、特記すべきことなのかもしれません。優秀な放送作家が、優秀なコメディアンだとは限りませんしね。
それに、僕たちだって、子供の頃観ていた「全員集合」では、いかりや長介と他の4人が仲良しだったなんて、全然思っていなかったはずです。むしろ、仲悪そうにしか見えませんでした。彼らの世代間抗争こそが、ドリフターズのネタだったのですから。加藤茶志村けんがものすごく仲が悪かったというのなら、ちょっと「意外」ではありますけど。
でも、今の僕たちの多くは、その頃のことなど忘れて、「あんなに長い間仲良くやってきたドリフターズなのに…」とか思ってしまうのです。よく思い出して見てば、昔だって仲が良かったわけでもなさそうなのに。

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20040320
↑では、いかりやさんは、【誰一人、ずば抜けた才能を持つメンバーはいなかった。他人を蹴落としてまで芸能界で生き抜いていこう、という根性の持ち主もいなかった。テレビに出始めた頃に「クレイジーキャッツみたいになろう」とおもったくらいで、確固たる目標すらなかった。】と書かれています。それはたぶん事実なのだと思うし、ドリフターズの面々は、もし「ドリフターズ」にいなかったら、今の芸能人としての地位を得ることはなかったのではないでしょうか。「全員集合」の絶頂期はわかりませんが、今の加藤茶さんや志村けんさんは、そういうことが、全部わかっているのだと僕は感じています。志村さんはともかく、加藤茶さんには「放送作家」としての才能はあまり無いみたいだし。
そして、「全員集合」時代のギャラは安くても、あの巨額の「貯金」のおかげで、彼らがその後の人生で得たものは測り知れないはずなのです。

ドリフターズ」は「仲良し」じゃなかったけど、やっぱり「運命共同体」ではあったのだと僕は思います。そしてそれは幻滅するようなことじゃないはずなのに、やっぱり今の僕たちには、ドリフターズの記憶を美化するあまり、「ドリフターズは仲が良かった幻想」がとりついているんですよね。記憶というのは、時間によっていつのまにか変わっていくものなのだなあ、とあらためて感じます。

http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20060407-16234.html
↑についてもね、今の人間からすれば、2000年前も1700年前も変わらないかもしれないけれど、考えてみれば、その時代から300年も経てば、いろんな異説・風説が生まれてくるのが当然だし、あんまり「真実はコレだ!」なんて簡単に思わないほうが良いような気がします。

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