琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「原爆投下、しょうがない」

久間防衛相、講演で「原爆投下、しょうがない」(asahi.com 2007年06月30日)

【久間氏の発言要旨】

 日本が戦後、ドイツのように東西が壁で仕切られずに済んだのは、ソ連の侵略がなかったからだ。米国は戦争に勝つと分かっていた。ところが日本がなかなかしぶとい。しぶといとソ連も出てくる可能性がある。ソ連とベルリンを分けたみたいになりかねない、ということから、日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。8月9日に長崎に落とした。長崎に落とせば日本も降参するだろう、そうしたらソ連の参戦を止められるということだった。

 幸いに(戦争が)8月15日に終わったから、北海道は占領されずに済んだが、間違えば北海道までソ連に取られてしまう。その当時の日本は取られても何もする方法もないわけですから、私はその点は、原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。

 米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうるのかな。そういうことも我々は十分、頭に入れながら考えなくてはいけないと思った。

 まあ、露悪的に解釈すれば、「ロシアに占領されるよりは、はるかに待遇の良い奴隷になれたので、アメリカさんの奴隷にしてくれて感謝してます!」という話なのだと思いますが、映画『300』を観て(あの映画に「歴史解釈としての誠実さ」を期待するのにはムリがあるとしても)、「国としての威信とか自由」みたいなのを守るのって、ときにはものすごく大きな犠牲を要するものなのだな、と僕は感じました。

 当時生きていた人間たちにとっては、「アメリカの原爆使用を肯定するのか?」というのは、まさに、その人の「立場」によって大きく左右されると思うのです。

 広島や長崎で実際に被爆してしまった方々や大切な人を原爆で失った人たちが、原爆を肯定できないのは当然のことです。原爆というのは非戦闘員を無差別に虐殺するための兵器であり、アメリカが行ったのは「核兵器の人体実験」だったわけです。戦争にもルールがあるとすれば、「人類絶滅」に繋がる核兵器というのは、「ルール違反」だと僕は思います。
 しかしながら、戦争に行っていた僕の親族のひとりが、当時を振り返って、こんなことを言っていました。

 あのときは新型爆弾でたくさんの人が亡くなったとは聞いていたけれど、自分の正直な気持ちとしては、そのおかげで戦争が早く終わってくれて生きて日本に帰ってこられたのだから、原爆のおかげで自分は助かったのかな、と思うこともあるし、そう思う自分が嫌になってしまうこともある。

 僕は、久間前大臣の発言は、公人としては「不謹慎」極まりないと思いますが、ひとりの「生き延びた人間」としての実感なのだろうなあ、とも感じるのです。もしもの世界で考えれば、戦争が長引いていれば、僕たちの両親が犠牲になっていた可能性だってあるわけですし。

 アメリカだって「勝ち戦なのだから」などと言われても、1日戦争が長引けば、1日分「アメリカの良き父親や良き息子」たちの屍が増えていくのです。たぶん、当時戦場にいた兵士たちやその家族は、「原爆でもなんでも使って早く勝ってこの戦争を終わらせたい」と考えていたはずです。終戦直前で圧倒的に有利な情勢であっても、前線の兵士たちは「死の恐怖」を感じていたのではないでしょうか。彼らにとって、原爆は「救世主」だったのかもしれません。

 ただ、僕は広島で育ち、夏休みの登校日には被爆者の体験談を聞かされ、広島市原爆資料館に行ったときにはあまりの衝撃と怒りで頭が真っ白になってしまった子供だったので、たぶん、「客観的な立場」で「理論的に」この問題を語ることはできないのだと思います。でも、これだけは言っておきたいのです。

 原爆投下を「しょうがないな」と思っている日本人たちよ、君たちは一度くらい原爆資料館に足を運んでみたことがあるのかね? 原爆の「被害」を「死者20万人」とかいう「数字」だけを読んでわかったような気分になってないかい? 影だけになってしまった人間(だったもの)の姿や累々と積み上げられた人骨を見ても、「原爆はしょうがなかった」って言える自信がありますか? そもそも、今の世の中でとりあえず平和に生きている人間に「原爆の意義」を語る資格なんてあるの?

 どうか、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』という作品を、ぜひ一度読んでみてください。「被爆者」を作り出したのはアメリカだけど、戦後「被爆者」を最も忌避し、差別してきたのは「日本人」なのですよ。

 僕は核兵器は「人類にとってあってはならないもの」だと考えていますが、困ったことに、それはもうすでに存在してしまっています。そして、たぶん人類が絶滅するまで、世界の人々はそれを完全に放棄することはできないのではないか、という予感がするのです。
 いつも書いていることだけれど、人類の大部分は、戦争になったときに「原爆の使用を決める立場」じゃなくて、「ある朝突然核兵器を落とされて、一瞬のうちに跡形もなくなってしまう立場」なんだけどねえ……

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

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