琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

私の男 ☆☆☆☆


私の男

私の男

■内容紹介■(文藝春秋のサイトより)
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、美しく力強い筆致で抉りだす著者の真骨頂。

消費されて終わる恋ではなく、人生を搦めとり、心を縛り支配し、死ぬまで離れないと誓える相手がいる不幸と幸福。
優雅で惨めで色気のある淳悟は腐野花(くさりのはな)の養父。物語はアルバムを逆から捲るように、二人の過去へと遡る。震災孤児となった十歳の花を若い淳悟が引き取った。空洞を抱え愛に飢えた親子には、善悪の境も暗い紋別の水平線の彼方。そこで少女を大人に変化させる事件が起き……。黒い冬の海と親子の禁忌を、圧倒する恐さ美しさ、痛みで描ききる著者の真骨頂。お楽しみに!(SY)

こちらで内容の一部を「立ち読み」できます。


 「2008年ひとり本屋大賞」2作目。
 オビの「第138回直木賞受賞作」の金文字も眩しいこの作品、内容がかなりセンセーショナルなこともあってかなり話題にもなり、ものすごく売れているみたいです。直木賞を獲って以来、僕の近所の書店ではしばらく全く見かけなくなり、『スマブラX』レベルの品不足感でした。

 それで、この400ページ近い桜庭一樹渾身の作品を読み終えて僕が最初に感じたことは、「ああ、ようやく読み終えた……」という「解放感」だったのです。この小説、僕にとっていちばん面白かったのは、「第一章 花と、ふるいカメラ」で、読み進めていくうちにとにかくこの物語の「臭気」に気持ち悪くなってきたんですよね。
 いや、それはこの作品がつまらないというわけではなくて、これはまさに、その「臭い」を伝えるための文章なのだとは思うのですけど。
 あまりいろいろ書くとネタバレになりそうなので止めておきますが、正直、ミステリとしてはかなり「整合性」に欠けていて、よっぽど偶然の幸運に助けられないとこんなのムリだろ、と言いたいシーンもありますし、美郎には同性ながら「こういう女性に惹かれるのはわかるけど、『結婚しよう』とは思わないだろ……」と呆れてもしまいます。
 それでも、この小説を「人間が描けていない」と評した直木賞の選考委員たちの言葉に対して僕は、「あなたたちこそ、確実にこの世界に現在生きている、淳悟や花のような『人間』が見えていないのではないですか?」と言い返したくもなるのです。いや、僕にだって、普段は「見えていない」のですけど。

 ところで、僕がこれを読んでいちばん心に残ったのは、この言葉でした。

「世の中には、けして、してはならんことがある。子供にはわからんでも、大人が見本を見せんといかん。あの男も、あんたも、家族を知らんのだ。家族ってえのは、なにもあんなことをせんでも、いっしょにいられるもんなんだ。あれは、人間じゃない。わしは見た。ありゃあ、獣のすることだ。あんた自身は、悪い子じゃあない。だから、ほんとうに、忘れんといかんヨ。悪い夢だったと思って……紋別には、もう帰ってきたらいかんヨ。一度は孫の嫁にとまで思った子だ。可哀想な、子だ……。あんた、あんた……あんたヨォ……」

 この登場人物の「叫び」に共感した読者というのは、どのくらいいたのでしょうか?
 僕は正直、この人の「家族ってえのは、なにもあんなことをせんでも、いっしょにいられるもんなんだ」という盲目的な「家族信仰」が羨ましくもあったのと同時に、「いまの世の中では、家族って、そんな頑強な絆で結ばれているような関係じゃないだろ……」と、その「時代錯誤」っぷりに悲しくもなってしまったのです。僕にとっては、この人が信じている「家族」よりも、淳悟と花の「いびつな繋がり」のほうが、かえってリアリティがあるような気がしたんですよね……多くの場合、淳悟と花のような関係は、子供の側に大きなトラウマを残すだけの結果になるのでしょうが。

 「現実の自分には絶対できない疑似体験」ができる、とても素晴らしい小説であるとは思います。ただ、僕にとっては、やっぱりこのテーマはあまりに「重い」というか「『娯楽』にはなりえない話だし、読むことにあまり意義を感じられなかった」のも事実。
 あとひとつ気になったのは、淳悟の行動を「過去のトラウマが原因の性癖の歪み」だというふうに描かれているように思えたことです。僕はこの小説の「怖さ」の本質は、「すぐそばにいる人も、本当は淳悟や花のような関係を秘めているのではないか?」不安にさせることだと考えていたのですが、読み進めていくにつれて、「特殊な人間による、特殊な世界の話」に限定されていくような感じがしたんですよ。それはちょっと勿体無くない?

 しかし、最も怖いのは、あの真面目でおとなしい人に見える桜庭一樹という女性の頭のなかに、「フィクション」とはいえ、こんな世界が渦巻いている、ということかもしれませんね。

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